皇女ネーナニア
〔それより先ほど、『愚かな事』と言ったのは、その件ではない。ラーミァよ。立って、背をみせよ。〕
「はい。」
彼女は、言われるままに、立ち上がった。
〔背中を曝す。あわてるなよ。〕
イフィルが指を鳴らすと、ラーミァの服の背中部分が裂けて消えた。
背中の首のつけ根辺りに、何やらアザがある。
皇帝は、そのアザを凝視した。
〔ラーミァよ。其方の出生と、背中のアザについて話せ。〕
「はい、御使い様。養母であるラーファによると、わたくしは、先のハルシスの戦の際に、国境付近で拾われたそうです。この背中のアザは、その時から有ったと聞いております。」
ラーミァの言葉に、皇帝カラムス・マスト・ラージァニースは、目と口を全開にしていた。
「其方は、まさかネーナニアなのか?」
「姉上なのですか?」
ラーミァは、何を言われているのか解らない。
「ネーナニア?」
「ハルシスの戦の時に、行方不明になった赤子。余の娘だ。侍女達と共に帝都から避難したのだが、その後は消息不明だった。その背中のアザは、皇帝の子に刻まれる印。うむ!間違いない。」
「私が魔導帝国の皇女?」
ラーミァも仰天の展開に、ついてゆけない。
〔自らの娘を、その手で殺めようとしていたのだ。『愚かな事』以外の何ものでもあるまい?〕
「うっ、うぉぉぉぉー!」
己がやってしまうところだった事を思い出し、娘が見つかった喜びの分だけ、罪悪感が倍増され、皇帝は冠すら投げ捨てて、頭を大きく振り回した。
更にはバランスを崩し、倒れ込む。
[なぜ、小娘を助けた?首だけ飛ばさせて、アザを後から見せれば、さぞや面白い光景がみれたじゃろうに?]
ゼルータの言葉に、辺りが凍り付く。
〔カナンの事は、こちらの担当だ。シータの件以外は、あまり口を挟むな。〕
ゼルータが、猫の姿で、顔を洗う。
出過ぎたまねを自覚した様だ。
〔カラムスよ。そろそろ戻って来い。いや、皇太子カナシス。帝国にエデンの地の一部を貸し与えるゆえ、役職の大臣と文官を連れて同行せよ。カラムスは、しばらく使えん!〕
「はっ!直ちに。」
イフィル達側の入口は、吹き飛んだが、反対側に皇帝達が通った入口と階段がある。
皇太子は、急いでカーテンの影に潜り込んだ。
皇太子が出たのを確認して、イフィルは、ラーミァに手をかざすと、その服の破れた背中が、元に戻ってゆく。戦いで破れた部分も、元通りになった。
〔では、行こうか。〕
ラーミァにアイコンタクトをとると、壊れた扉の有った方へと歩いてゆく。
瓦礫だったそこは、みるみる下階への階段が形創られ、イフィルとゼルータが、当たり前の様に降りてゆく。
呆然と見ていたラーミァは、はたと気が付き、急いで後を追った。
後には、頭を抱えたままの皇帝と、失禁したままで、怯えて疲れきった兵士達が残った。
階下は勿論、大騒ぎになっていた。
皇帝の居た塔の部分が半壊となり、通路も壊れたのだ。
当然、怪我人、死者、行方不明まで居る。
更には謎の魔物まで現れたと言う話まである。
突如として出来た階段を降りてくる二人には驚いたが、最優先は皇帝と皇太子の安全だ。
一部の者に二人の後をつけさせ、大勢が階段を登って上部へと向かう。
「何処に行くのですか?」
ラーミァの問いに答えるのはゼルータだ。
[今の我々に、相応しいのは、何処じゃ?応接室しか有るまい?]
既に詮索済みなのか、ゼルータは、スタスタと先導してゆく。
見える範囲に、兵士が追随しているので、誰何する者も居ない。
幸い、塔から少し離れた応接室には、あまり被害が無かった。
イフィルは、ラーミァとゼルータをソファに座らせると、 別室へと向かった。
扉の外で、話し声がする。
先ほどの兵士達が見張って居るのだろう。
暫くして、イフィルがワゴンを押してきた。お茶の用意をしていた様だ。
「あっ。わたくしが致します。」
「いいえ。導師様は、ゆっくりおくつろぎ下さい。」
「ニャー」
いつものイフィルに戻り、ラーミァにお茶を差し出す。
ゼルータも、普通の猫の様に、皿に注がれたミルクを舐めている。
魔物騒ぎが有った場内で、もし、ここで猫が喋ったら、兵士が雪崩れ込んで来るだろう。
謁見の間での兵士達を思い出し、ラーミァがその状況に思い至るのに、時間はかからなかった。
お茶を終えてくつろいでいると、ノックの後に扉が開かれ、側使えが現れた。
「ラーミァ・ガーランド・ナジェス様でいらっしゃいますか?」
ラーミァが頷くと、扉の向こうから皇太子が姿を現し、続いてドレス姿の女性が姿を現す。
その容姿は、ラーミァに良く似ていた。
女性はラーミァを見ると、歓喜の表情で彼女に駆け寄った。
「ネーナニア。貴女なのですね?あの娘が本当に生きていてくれたなんて。あぁ、なんて事かしら。御使い様の慈悲に感謝を。」
「あの、わたくしは、まだ良く判らなくて。」
恐らくは、皇后なのだろう。
ラーミァに抱き付き、喜び、彼女の顔を何度も見直して撫でまわしている。
その皇后を、嬉しそうな顔で眺めていた皇太子は、彼女の後ろに控えるイフィルを見つけて、表情を堅くする。
「お見苦しい所をお見せして・・・・」
謝罪をして、膝を付こうとした皇太子を、イフィルが手を動かして制する。
使用人として振る舞う、イフィルの立ち位置で、察した皇太子が、ラーミァに視線を向けた。
「えーっ、母上。私にとっても感動の出会いなのですが、姉上には国是に関わる大切なお話が御座います。」
皇太子の言葉に、皇后は抱きついた手を離したものの、頑として隣を離れず、横から顔を眺めていた。
「ネーナニア姉上。先のお話しなのですが、出発は、いつ頃がよろしいのでしょうか?」
カナシス皇太子の問いに、ラーミァは視線をイフィルに向けた。
「恐れながら、殿下。不審者の動向も心配で御座います。出来るだけ早い出発が、よろしいかと存じます。」
カナシス皇太子は、少し考え、
「最速で、明日の昼過ぎになると、思いますが?」
「それで、よろしいかと存じます。護衛は、先の者達を御願い出来ますか?また、初めての者に倒れられては、困りますから。」
本当は、カナシス自身も、同行を辞退したいが、名指しだった。少しだが、道連れが出来た事に安堵を感じる皇太子だった。
「では、わたくしは、明日の準備を致します。母上、姉上もお休み頂かなくてはなりません。続きは、後日に。城内に新しく部屋を用意致します。」
「いいえ。交渉団の皆に、交渉の結果を、伝えなければなりません。わたくし共は、離宮へ戻ります。」
皇太子の提案を、イフィルが断る。
城では、皇帝や皇后が押し掛けるかもしれないと思い、ラーミァは、秘かに安堵した。




