降臨
はじめて、まともなバトルシーンです。
周囲から、一斉に光が走る。
いや、炎や断続的な衝撃波も来る。
「くっ!」
ラーミァは耐えていた。
幾つもの魔力の盾を重ねて、全方位をカバーしているが、盾は外側から次々と破壊され、内側で再構成しては外側へ押しやっていた。
攻撃魔法より、防御に重点を置いて訓練した甲斐は有った。
しかし、繰り返される術の再構成に、頭が追い付かなくなり、思考能力が削られていく。
もう、後ろで膝を付いているイフィルを気遣う暇すらない。
頭の中が白くなってゆく。
「時間の問題だ。包囲を解くな!」
皇帝の声にイラつきを覚える。
条件反射的に、術を繰り返すが、意識が途切れてきた。
比較的、今回の結界と相性の悪い衝撃波が、身体に届き、法衣すら引き裂く。
痛みで、更に思考が乱れる。
「もう、ダメ!」
ラーミァは、床に両手を付いて、うつ伏せる。
もう、死ぬと思った。でも楽になれるとも感じていた。
だが、身体の痛みは消えなかった。更なる痛みは無いが、床を見ながら、彼女は死んでいない事を自覚した。
「貴様も魔導師か?」
ぼんやりする思考の中で、皇帝の声がするが、理解出来る思考能力が、今は無かった。
どれ程の時間がたったのだろう?
ラーミァは、鎧を着た兵士達の、荒い呼吸音で意識を取り戻した。
「お目覚めですか?お姫様。」
何とか起き上がったラーミァが目にしたのは、立って彼女に手を差し伸べるイフィルと、バテて片膝を付いた兵士達だった。
「有り得ん!途中からとは言え、精鋭部隊二十名の力に耐えるなど!いや、マスが足りぬだろう?」
皇帝も皇太子も、驚愕を通り越して恐怖に引きつっていた。
イフィルは、ラーミァを起こすと、ユックリと皇帝を見据える。
〔久しいな!カラムス。皇太子の時以来か?〕
ラーミァは気付いた。
イフィルの声も瞳の色も変わっている事に。
「まさか?イータ様?」
皇帝は目を剥き、汗だくになって、青ざめている。
玉座の後ろに身を隠した。
〔愚かな事を。〕
「祈っても助けては頂けず、生きる努力を邪魔しにみえたのですか?」
皇帝は、玉座の後ろのカーテンから、巨大な宝石が付いた杖を出すと、同じくカーテンに隠された太い綱を引いた。
ゴーン ゴーン ゴーン
城内に鐘の音が響く。
皇帝の前に居た兵士達が逃げる様に左右に散らばる。
杖を持った皇帝が、玉座の前に戻ると、玉座の前に杖を突いた。
杖の石突きの当たった床に、丸い印が見える。
「御使い様!お手向かい致します。」
杖の宝石が輝く。
イフィルは、起こしたラーミァを再び床に押し倒した。
轟音と共に、目が潰れる程の閃光が走る。
鼓膜が震えて体が揺れる。
静けさが戻った謁見の間で、振り返ったラーミァが見たのは、城の壁を幾つもぶち破り、外まで貫通した穴だった。
焼き切られた断面が、まだ赤くくすぶり、煙があがっている。
「きっ、キャーッ!」
そして、その中央に立つイフィルの姿。
直立したままだが、上半身は消し飛んでいる。
ラーミァが、あまりの光景にガクガクと震えて立ち上がれない。
「やった!やったぞ!城の魔導師五百名と、溜め込んだマスの力を、全て使いきって、障害を排除した!」
皇帝も震えていた。
杖に体重をかけて、何とか立っている。
息づかいも荒く、満身創痍である。
あまりの衝撃に腰を付いていた兵士達から、ポツポツと声が上がり、やがて雄叫びと変わる。
「オー!オー!オー!」
自分達が、何と対峙したかも解らずに、男達は難敵が倒れた事に興奮して叫び続けた。
「えっ?」
それは、ラーミァの小さな声だった。
辺りから黒いモヤの様な物が、イフィルの下半身に向かって集まり出した。
「ひっ!」
安堵していた皇帝の顔が、再び恐怖に歪み始める。
吹き飛んだイフィルの肉体が、ビデオの逆再生の様に、ユックリと戻ってゆく。
鳴り止んだ歓声の前で、衣服すら、その行商人服の汚れまで、入室した時のままに、元に戻った。
〔経典に記されておるだろう。これは『影』だ。私は、ここに居ない。〕
イフィルは微笑みながら、諭す。
誰もが、立ち上がれず、腰を付いて震え、失禁して泣いている者すら居る。
気絶している皇太子は、幸せな方だろう。
〔そんな小さな力で、抗えると思って居たのか?〕
イフィルは、手の平の内側に、1センチ程の小さな光を作ると、先ほど空いた穴の方へ、ゴミでも捨てる様に投げた。
その軽い行為とは真逆に、小さな光は、遥か彼方へ飛んで行った。
同時に、塔の上半分。ちょうど、入って来た扉から向こうが、引き摺られる様に光と一緒に飛び去った。
塔が崩れなかったのは、奇跡だろう。
例え崩れても、彼だけは無事だろうが。
壊れた壁からは、光と瓦礫が帝都の外壁にぶつかるのが見えた。
途端に巨大な光と爆炎が見え、時間差で音と振動が伝わる。
帝都の四分の一くらいの面積が消し飛んだのではないだろうか?
[反物質まで使うか?愚か者。調子にのり過ぎじゃ。]
玉座の上から、声がする。
背凭れの上に居たのは、青黒い猫。ゼルータだった。
背凭れから飛び降りると、皇帝の手放した杖の宝石を咥えて、イフィルの前に歩み寄った。
[勝手に持ち出しよって!馬鹿者が・・・面倒じゃ、お主が持っておれ。]
イフィルが宝石を受け取ると、手の中に沈む様に消えた。
「み、御使い様なのですか?」
ラーミァが、平伏して訪ねる。
〔如何にも。私がイータだ。〕
[儂がゼータじゃ。小娘。]
ラーミァの頭には、既に常識が消し飛んでいるので、猫が喋ろうと、気にする余裕は無い。
ひたすら平伏して、頭を床に擦り付ける。




