皇帝との謁見
遅れながら、交渉団は帝都に到着した。
イフィル達は、到着を城の正門近くの宿で待っていた。
窓から、大通りを眺め、先触れの動きを観察していたのだ。
ラーミァは法衣姿で、交渉団の通過に合わせて大通りに出る。
宿を出る時に、宿主が驚いたのは当然だろう。
部屋から、純白の法衣を着た貴族らしい振る舞いの、見慣れぬ少女が出てきたのだ。
いや、顔は見た顔だが、髪や装いが別物だ。
別人かと思ったが、同行している男は、前と変わらない。
従業員も、口を開けたまま眺めている。
現地兵に前後を。王国兵に左右を守られた馬車に向かい、法衣姿のラーミァが片手を上げる。
「行列を止めろ!」
御者が声を上げて行列は止まった。
馬車の中から、外を覗く姿が見えると、王国で見覚えのある大臣が降りてきて、礼をする。
「ラーミァ様。御待たせしました。」
側面を固めていた兵隊が道を開け、ラーミァに頭を下げる。
「遅かったのですね。どうしたのですか?」
「ご説明は、中で致します。」
大臣は、ラーミァを馬車の中に誘う。
「私は、こちらで。」
イフィルが、そう言って馬車の横に立った。
ラーミァは、それを確認すると、馬車の席に腰を降ろす。
大臣が扉を閉めて天井を叩くと、馬車は再び走り出した。
「王の御前で、従者殿が仰った通りになりました。王都を出てから二回。国境を超えてから一回。謎の賊に襲われ、一度、王都へ戻ったくらいです。導師様は、大丈夫でしたか?」
遅れた原因は、予想の範疇を越えなかった様だ。
事前に予測していた事と、相手が、実際には乗っていないラーミァを探していた事で、被害は最小限に抑えられたそうだ。
「時間はかかりましたが、何も問題なく到着致しました。そちらも、大臣が御無事で何よりです。」
ラーミァの労いに、大臣は頭を下げた。
先触れが走った事もあり、馬車は止まる事無く、城へと入っていった。
国境から先触れがあったからと言って、直ぐに外国のトップが会見に応じてくれる事は無い。
一同は、広間で軽食を振る舞われ、個々の部屋へと案内される。
あてがわれたのは、離宮の一つで、悪い言い方をすれば、丸々監禁である。
離宮の周りには、隙間無く兵が配置され、一切の出入りが出来ない。
食事の食材や使用人等は、全て離宮内に用意されていた。
そんな警備兵を通して、会見は明日の午後と通達された。
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翌日の食後。迎えの使者がドアをノックした。
「特使代表の、ラーミァ・ガーランド・ナジェス様。皇帝陛下が御会いになります。ご同行下さい。」
廊下には、使者と警備兵しか居なかった。
「他の交渉団員は?」
「陛下は個別に御会いになります。」
ラーミァには、国交と交渉方法は解らなかったが、単独と言うのは有り得ない。
不慣れな部分を補う為に、大臣が宛がわれた筈である。
それに・・・
「陛下のお申し付けとあれば、他の者は仕方ありません。しかし、わたくしの使用人だけは同行せよと厳命を受けています。男性なので、同室は兎も角、あの者が居ないのでは、何処へも赴けません。」
ラーミァの気配に、使者は兵に指示をして走らせた。
「承知致しました。例の行商人ですね。今、お連れします。」
頭のキレる大臣でも、彼女を守り切れる兵士でも無いので、支障がないと判断したのだろう。
直ぐに、イフィルが呼び出され、部屋の扉の前に、控えた。
「では、案内をお願い致します。」
「承知致しました。」
二人の特使に、城内だと言うのに十名の兵士に左右を囲まれ、恐らくは城の中央部へ向かう。
いや、塔の上部と言うべきだろう。
逃亡防止だろうか?こんな高さから飛べる人間も魔導師も居ない。
大きく、重厚で豪華な扉がノックされた。
「ラーミァ・ガーランド・ナジェス様と従者がおみえになりました。」
使者の声に、中で返答があり、左右の警備兵が扉を開く。
扉からは、赤い絨毯が真っ直ぐに伸び、先の高台で玉座へと繋がる。
左右には、完全武装の鎧越しでも判る、戦い慣れた屈強な兵士が二十名くらい並んでいる。
ラーミァ達は、絨毯の上を進み、玉座の前で片膝を付いて頭を垂れる。
ほぼ同時に、入って来た扉が音を立てて閉じられた。
「御初にお目にかかります。フーデルヒース国王の名代として親書をお持ちしました。ラーミァ・ガーランド・ナジェスでございます。拝謁を得まして恐悦至極に存じます。陛下に御使い様の祝福がありますよう御祈り申し上げます。」
「遠路遥々、ご苦労であった。余が皇帝カラムス・マスト・ラージァニースである。其方はナジェスと申したが、ラーファ殿の親戚か?ラーファ殿が見えると思っていたが?」
皇帝は、身を乗り出して、ラーミァの容姿を覗き込む。
「養女にございます。祖母は高齢故に、弟子でもある、わたくしが参りました。」
ラーミァは、再度頭を下げたタイミングで、絨毯の具合いや、窓の無い部屋の様子を横目で見回した。
絨毯にはマスが全く無く、窓が無いので風も通らない。
左右の兵士達は、その鎧の下に十分なマスを蓄えているのだろう。
闘いになれば、瞬殺だ。
皇帝の横に座っている少年は、皇太子だろいか?冠は無いが立派な身成りをしている。
「そして、これが国王からの親書でございます。」
ラーミァの言葉に、イフィルが箱に入った親書を差し出し、兵士の後ろに控えていた側仕えが出てきて、受けとる。
箱と中身を確かめた上で、書面を広げて皇帝へと見せた。
暫く考えて、皇帝は口を開く。
「我が国が、エデンへと開拓を拡げる件を存じているとは、王国も耳が速いな。だが、我が国には、我が国なりの理由がある。人の世界を乱す訳ではないのだ。目を瞑っていてはもらえぬものか?」
「御使い様の意に反します。」
ラーミァは顔を上げて、睨む様に返した。
「其方等には、我が国の現状が理解出来ぬのだ。」
横に居た皇太子が、口を挟む。
皇帝が、皇太子を視線で叱り付け、しかし、否定はしない。
「我が国の民は、餓え、国は紛糾しておる。我々には道が無いのだ。」
ラーミァは怯まない。
「わたくしは、この従者と共に、行商人に身をやつし、帝国内の民草の生活を、この目で見て触り、舌で味わって参りました。そちらの方々より存じ上げていると申せるでしょう。」
皇太子らしき少年が、顔を真っ赤にして怒りを我慢している。
「陛下には申し訳ございませんが、貴族でもない、わたくしどもからすれば、歴史的に見ても、帝国の紛糾は、支配者の責任と存じます。」
王族も貴族も、歴史的事実を知っているが、その責任を取るべき存在が自身である為に、言及出来ない。
平民達は、歴史的事実を知らされていない為に、責任を追及出来ない。
厄介なのは、ある程度の地位が有るのに王族に関係しない者で、歴史的事実に詳しい者だ。
行政が、上手くいっている王国なら問題ないが、上手くいっていない帝国では、厄介この上無い存在だ。
「とんでもない者を送り込んで来たな。」
皇帝は、眉間にシワを寄せていた。
小娘なら、手玉に取れると思っていたが、これなら大臣の方が増しだったと後悔していた。
「では我々は、このまま自滅を受け入れるべきなのか?御使い様が助けてくれるのか?王国が何とかしてくれるのか?」
ラーミァにも、王国にも、出来る手段は限られており、それが有効な効果をもたらすとは、言い難かった。
下手をすれば、共倒れになり、旧朝廷に不満を持つ者に攻め込まれる。
「まぁ、結果は同じだ。カナシスよ。政は、正しく、清い事ばかりではないと、心に刻め!」
皇帝は苦虫を噛み潰した様な顔になり、皇太子は嫌な物を見る様な表情になる。
皇帝の合図で、側仕えが、書状と箱をラーミァ達の前に投げ捨てる。
「余は、書状を受け取ってはおらぬ。」
完全武装の兵士達が、皇帝の前に進み寄り、ラーミァ達に対峙する。
半円形に、取り囲む形だ。
「確か、王国からの使節は、帝国内で、何処ぞの者とも知れない賊に襲われたのであったな?」
兵士達の翳す手元に、魔法の光が現れて、大きくなってゆく。
「まさか?そんな!」
「何用で見えたのかは知らぬが、残念な事だ。幸いにも馬車は回収出来た様だが、御悔やみを申し上げよう。」
ラーミァは、法衣の下の布袋に手を当てる。
非常時に備えて力を貯めておいたマスが入っている。
皇帝の講釈のお陰で、術を展開する時間は稼げていた。
「王国からの使者は到着しなかった。殺れ!」




