行商人の生活
ラーミァ導師は、イフィルジータという行商人と、王命により外国との交渉に向かっていた。
いや、イフィルという行商人は、ミアという見習いを連れて、行商の旅をしていた。
ミアは未熟だが、(社会)勉強と割りきって、一生懸命に働いた。
以前より筋肉が付いた気がする。
「毎回の事だけど、重いわぁ。」
生活の基本は『水』である。
生物は水なくしては生きては居れず、水の確保は死活問題である。
留まらず、旅して暮らす行商人にとって、水場の知識は秘伝とも言える。
そうして、その作業は、最下層である『見習い』の作業だ。
どこで、誰が見ているか判らない。
ミアは、バケツで運んだ水を、馬車の中の水桶に注ぐ。
最初はイフィルも同行して場所を教えてくれるが、水汲みが一回で終わる訳もない。
イフィルは、ミアに水場を教えると、水を味わい、大地を触って、草木や作物の成長具合を確かめている。
収穫量の変化は、商売の価格を左右する、重要な情報らしい。
「まぁ、いろいろ勉強にもなるけどね~」
呼ばれて豊穣の儀式をするだけの導師には、気にも止めなかった事だ。
水桶には木炭が沈められている。
毒消しと浄化の為らしい。
魔力を使えば、簡単な導師だが、魔力の無い者の生活を知る事は、他者を理解する上で重要だと、祖母に教育されていた。
行商人イフィルは、彼が水場から汲んできた水を馬に与えている。
「流石に、まだ恐いわ。」
馬を見たミアは呟く。
その馬は、普通の物より一回り大きい。
力もある。
イフィルか、猫のゼルータが居ない時に近付くと、牙を剥いて威嚇してくる。
「一人で水や餌をやるなんて、ムリムリ!」
飼い葉を食む、その口はミアの頭を喰い千切れる程にデカイ。ふざけても死ぬだろう。
水汲みが終わると、休憩をしながら食事を取る。流石に料理はイフィルの作業だ。
硬いパンか芋を主食に、肉類と野菜を少々食べる。野菜は保存が効かないので、無い時もある。
パンを水やスープに浸けて食べるという行為を、始めて学んだ。
味よりも、腹がふくれる事を優先する平民の暮らしを体験する。
「上に立つ者は、下々の者達の生活に気を止めてやらなければならない。力だけで押さえ付ければ、反感を買い、やがて対立する。」
食事をしながら、イフィルが諭す。
確かに、食料購入の為に農村へ寄った時は、導師としては見せてもらえない一面を目にする事があった。
「確かに、不満や、怒り。噂や平民の掟とかは、王族や貴族、導師の前では出さないでしょうからねぇ。」
ミアも、見てきた事を思い出しながら、同意する。
街暮らしの見習いという立場で、門外漢を誤魔化してはいたが、かなり浮いていたの間違いない。
「国境も近付いてきたから、これを渡しておきましょう。」
「これが、交易金貨ですか?」
手渡された袋には、数十枚の金貨が入っていた。
国から支度金として貰った金貨は、一部を銅貨に変えた。
自国の農村で農産物を購入するのに、金貨では話にならない。銀貨ですら使われていない。お釣りに困るのだ。
そして、残りの金貨は『交易金貨』という物に変えた。
簡単に言えば、昔の朝廷が分裂する前の金貨だ。
国が分裂してから、自国の産業を守るため、多くの国が独自の金貨を発行しはじめた。
金の容易な流出を防ぐ為だ。
金貨を使うにも、作り直しが必要になる。
当然、旧金貨の国内使用は禁止されているが、外国との流通の為替としてだけ、現在も許可されている。
国内で、金貨を交易金貨に替えて持ち出し、外国で現地金貨に両替する。
国内の交易金貨が減れば、外国との取引が難しくなるので、国内の物を輸出して、交易金貨を入手しなくてはならないという方法で、国内外の均衡を計っている。
行商人は、道すがら、日持ちする果実や農作物、干し肉類を農村で購入し、魔導帝国との関所が近くなると、日持ちしない葉物野菜やフルーツ、家畜などを購入する。
取引が頻繁な近年。関所近くの農村では、明確な品揃えの差別化、特化が著しい。
「値段も王都の倍近くしますね。」
ミアが値段を見て驚く。
「王都の様に、毎日順当に売れる訳でもないし、帝国で更に値を吊り上げて売るから、この値段にしなくては売れないし、この値段でも買っていく者が居るんだよ。」
食品の賞味期限による損失分と需要と供給のバランスが、食品商売には重要らしい。
馬車には、売る分と、行商中に食べる分とを分けて馬車に納める。
物価が高い農村を抜けると、国境は、直ぐに見えてくる。
「国境の関所は、誰でも通れるのですか?」
ミアは、勿論、国境を越えた事がない。
「商人の場合、普通は両国の商業ギルド発行の許可証が必要となります。」
「でも、イフィルはギルド加盟してないですよね?」
「まぁ、何事にも抜け道はあるもので、商業ギルドに加盟している商会が、外国との取引をする時に、ギルド加盟の行商人に頼むと、手間賃が高いので、通行証だけ手配して、安い野良行商人に運搬を頼むんです。」
勿論、野良行商人は、保障が無く、商品を持ち逃げされる可能性がある。
だから、高額でない商品か、信頼のおける野良行商人を選びはするが。
「帝国では、自国の農産物が高価なので、外国の行商人に通行証を手配して、農産物を買い付ける中小商会が、多いのですよ。」
帝国内の食料事情が悪いのは、知れ渡っているので、帝国も王国も、食料品に関しては規制が緩い。
十数年前は、食料品規制が厳しくて戦争になった位だ。
馬車は、国境関所の行列に並ぶ。馬車での列は、内部のチェックも有るので、なかなか進まない。
「なぜ、帝国の行商人が王国に買いに来ないのですか?」
「帝国の行商人が食品を買うとしたら、都市部の商会になりますが、それでは割高になります。」
ミアは、王都から今まで農村で取引をしてきた事を思い出していた。
「農村で買えば安いでしょ?」
「いつも日用品を売り歩いて、顔見知りの国内行商人なら兎も角、不定期に来る外国の行商人に、作物を売ると思いますか?」
確かに、取引は信用が第一だ。
行商人は、だてに国内を定期的に巡回してはいない。
「そして、我々は、帝国の商会に頼まれて商品を届けるのですから、うろうろしなくて済むのです。」
「何か、帝国側の行商人は不利ですね?」
「いいえ。逆に、農工具や金属製品は、帝国内の安い加治屋町で買い揃え、王国の商会に一括販売されています。商売も得手不得手が有りますから。」
聞けば納得の理由だ。
行列が暇なので、ミアがキョロキョロしていると、兵士の詰所が見えた。奥には兵舎も有る。
のんびりと行商人が通っていても、実は国防の最前線である事を再認識する。
やがて馬車は、王国側と帝国側の二つの関所を通って、魔導帝国へと入国した。




