下界の信仰
他の世界では、信仰が先で其れを維持する為に権力が生まれたのか、権力を底上げする為に信仰が生まれたのか判らない。
しかし、この地では、信仰を維持する為に、一部の者に特別な力が与えられて、権力が生まれた。
王と神官は同じものであり、王は、後継者に代々伝える。
「この世界は、真の主が、御使いを遣わして、天地を創造した。」
偉い存在は、大抵が誰かに命じて事を成すものだ。
「この世が創造されたのは、将来的に、豊かになった世界を、真の主に捧げる為だ。やがて、真の主が降臨される。」
『世界』にも存在理由はあるべきである。
「御使いは、その為に大地を潤し、岩だらけの大地を豊かな緑にし、大地を暖める陽光を導き、生きとし生ける者を地に満ちさせた。」
荒れ地に種を運んだり、動物も生態系には必要な存在である。
「月は、それらを見守る為の御使いの座だ。全てに意味が有る。」
当然、創造主は被造物を管理する。その為の場所が必要だ。
『創造主は心の中に居る』や、漠然と『天から見ている』や『違う世界から』では、幼児しか納得しない。
監視所からは、視線を遮る物があってはならない。
天から監視する御使いが太陽に居るなら、月食の時に遮られるのは理に合わない。
遮られない、月に居るべきである。
「最後に、真の主の写し身である『人間』が地上に生み出され、真の主の新居に相応しいかが試された。今は静かに、真の主の降臨されるのを待つのだ。」
人間の存在理由を加える。
森の中でも世界の生態系は成立している。
客観的に、自然界に人間の存在する必要性は無い。
そして『人間』が主の写し身で有るが故に高貴なのだと定義する。
「これらの事を正しく伝え、世界を私物化する事の無い様に、暴走する者を抑える為に創られたのが、今日の王族である。」
最後に、人間の中で、自分達王族が存在するべき理由を述べる。
「其れを成す為に、王族に与えられた、事象を越えた力が『マスを用いた魔力』である。」
力無き権力は、やがて滅びる。
「『マス』は、創造主たる御使いが、世界を創造する為に撒いた聖なる遺物だ。魔力を持った者は、マスに願い祈る事で、大地を更に豊かにしたり、荒れ果てさせたり、変容させたり、操ったりも出来る。稲妻を起こして、敵を害する事も、身を守る事も。」
力の根源と使い方を教える。
「しかし、心せよ。力に増長し、本来の目的を見失い、王族の義務を怠れば、いずれは御使い様による粛清を受ける事になる。所詮は、この世をお預かりしている身なのだ。」
戒めを伝える。
聖典を前に、国王から教えを受ける、フーデルヒース王国の皇太子、ステファンは、かつて見た行商人を思い出す。
「それで、御使い様は、地に降り、人々を見回っておいでなのですね。」
国王は、神妙に頷く。
「あれは、御方の影に過ぎぬ。御身は、天の御所たる月におわすが、決して侮ってはならぬ。」
この地の人々は、月に向かって祈る。
月に創造主が居ると信じている。
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世の中には、必ず脱落者が存在し、その者達は自分達に不利益な存在を否定する集団を作る。
それは、宗教に限った事では無いが・・・・
かつて王族が、王の後継者を争い、分裂してしまった時、それらは一気に動き出した。
偉大な力を持つ王族ではあったが、それ以外の者は、圧倒的な数で、それに抗った。
王族でもなければ正しき理を教えられる訳もなく、簡単な神話として伝えられる内容に縛られたいと思う者は少ない。
ましてや、世界中にあらかじめ蒔かれた聖なる遺物『マス』により、大地は最低限の豊かさを保っている。
その為に、危機感も恩寵を感じる者も少ない。
根本的に、豊かな生活故に、人間が増え過ぎ、教育と制御が効かなくなってきているのだ。
そんな混沌とした者達の中には、かつての王族の一面しか理解せず、同じように豊かな生活と支配力を手に入れたいと望む者が現れる。
ある者は力で他者を統率し、ある者は財で組織力を作り、ある者は信仰で迷える人々を束ねる。
そうして生まれた信仰は、かつて王族が唱った物とは異なる。
違うと言っても、全く違う物ではなく、着地点が異なるくらいだ。
ここでの新興宗教は、唱う。
『真の主は、この地が気に入らなかったから、いまだに降臨されないのだ。古の契約は既に意味がなく、写し身である我々人間が、この地の主として君臨すべきだ。』
制約の無い生活は、自由と希望と、夢を与える。
結果的に貧しくなっても、心が豊かになったと思い込む。
ある意味では無法となり、自らを律する事の出来ない者達の圧倒的支持を受ける事になる。
脱落者が集まり、脱落する事が悪い事ではなくなり、更に増える。
そして、古き者と新しき者との対立が起きる。
正しいか、正しくないかではない争いが起きる。
自分側か、自分側でないかの、利己的な論点に至る。
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この種の生物は、本能と知性が入り乱れていて、兎に角、歪んでいた。
その様な『人間』と言う種を大地に放ったのは、御使いたる創造主に、どの様な思惑が有ったのだろうか?
いや、天地さえ創造してしまう御使いにとって、『人間』の質や行いなど、滅ぼせば済む些細な事でしかないのかも知れない。




