朝ごはん
この作品は男女比の狂った世界のお話です。
肌に合わないと思った方はブラウザバックをお願いします。
ノリと勢いで書き始めた作品ですので、着地地点が不明ですがそれでも良いよ!という方はよろしくお願いします。
――――この世界は何かがおかしい。――――
その日は高校三年の春休み初日。
高校の卒業式が終わり、これから訪れる大学生活を想像して少し浮かれていたのかもしれない。
朝早く起床して、地元を離れる友人と遊ぶための準備をしていた時、リビングから自分を呼ぶ母の声が聞こえた。
「蓮〜!朝ご飯出来てるわよ〜!」
「今行くー。」
丁度準備が終わったので返事をして、ドタドタと階段を降りて一階に向かう。
その途中、階段にまで満ちていた朝食の良い匂いに思わず立ち止まってしまった。
……少しだけ鼻の奥がツンとした。
高校生でいられる期間はもう1ヶ月を切った。
俺は大学入学と同時に一人暮らしを始める。
なので母が作った朝ご飯を食べる機会は自ずと減っていく。
廊下まで満ちた朝ご飯の匂いを嗅ぐのも。
温かくて優しい味がする手作りのご飯も。
そして何より自分を呼ぶ母の声を聞くのですら少なくなってしまう。
寂しいような何とも言えない感情が湧き上がる。
感慨深くなってしまい思わず目頭を押さえた。
今まで鬱陶しく感じていたはずの全てが胸を締め付けてきて苦しかった。
「蓮〜?ご飯冷めちゃうよ〜?」
「ごめん、今行くからー!」
平静を装いながらリビングのドアを開け、机に並べられた朝飯を食べ始める。
昨日までなんとも思わなかったはずなのに。
何度も何度も目頭が熱くなったが、その度に必死になって涙が溢れ落ちるのを堪えた。
…そんな俺に母は何も言わずに優しく微笑んでいた。
反抗期の時には荒れたが、今の家族仲は良好だ。
両親と姉と自分の四人家族。
至って普通の家庭である。
今日は父親と姉が仕事だったため一緒に朝飯を食べなかったが、いつもは家族全員で食卓を囲むのがうちの決まりだ。
とても優しい家族だ、なんて考えたらまた涙が溢れ落ちそうになってしまった。
朝食の後、部屋に戻り準備を終えて玄関に向かいつつリビングにいる母に声をかけた。
「今日は何時に帰ってくるの?晩御飯いる?」
「まだ分かんない。」
「それじゃあ分かり次第で良いから携帯に連絡入れといて頂戴ね〜!出来るだけ早めにお願いね。」
「おう。行ってきます!」
「行ってらっしゃい、気をつけてね〜!」
友人とは家から少し離れた駅前で待ち合わせなので早めに出発をした。
帰る時に家族にコンビニスイーツでも買って帰ろうか、と思いながら駅に向かって歩く。
駅に近づくと友人は既に待ち合わせ場所にいて、こちらに手を振っているのが見えた。
今日は"高校生"というのを最大限に生かして、高校生料金で遊べる場所を回りまくって遊び尽くす予定だ。
友人とはもうかれこれ6年の付き合いになる。
小中高と一緒だったが、同じクラスになったのがキッカケで中学から仲良くなった。
…良いことも悪いことも共有してきた親友であり、全てを曝け出せる唯一無二の存在だ。
そんな友人とも大学で離れる。
寂しさを胸に押し込めて今日という日を楽しもうと走り出した時。
――女性の大きな悲鳴が辺りに響き渡った。
「きゃああああああああああああ!!!!!」
声のした方を見ると、女性の近くに包丁を持った男が立っていた。
今日は平日だが朝の早い時間帯だったため、通勤途中の社会人や春休みに入った学生達などがいて駅には大勢の人たちがいる。
騒がれたのが嫌だったのか、その男は勢いをつけて叫んだ女性のお腹を刺し、女性は血を流してその場に倒れ込んだ。
一瞬だけ静まり返った駅前は、徐々に警察や救急
車を呼ぶ声や野次馬が集まり出し騒然としている。
黒い帽子を深く被り、いかにも不審者スタイルの男は何を思ったのかいきなり包丁を振り回しながら暴れ始めた。
………駅前に次々と悲鳴が響き渡る。
友人は大丈夫だろうか。
そう思い、パッと辺りを見回し姿を探す。
――――――いた。
そこからはスローモーションの様な世界だった。
包丁を持った男が何故か友人がいる所に向かって走り出していたのだ。
驚いた人々の悲鳴が聞こえる。
走る速度を上げて友人のいる場所に向かったのだが、体が重く、時間がゆっくりと進んでいる様な感覚に囚われた。
周りの人達の動きも止まって見えた。
俺は無我夢中で体を動かした。
走って。走って。走って。走って。
……辿り着いた。
男とどちらが先に着いたのかは分からなかった。
背中の辺りに鈍い痛みを感じる。
ジワジワと熱い感覚が体を駆け巡り、抜けていく。
俺は刺されたのか。
覆いかぶさる形で抱きついている友人を見る。
その顔は、泣いているかのように歪んでいた。
………その瞬間、死ぬことを悟った。
どのくらい時間が経ったのか分からないが、もう何の音も聞こえない。
視界も真っ暗になり意識を手放しかけたその時、家族や友人、お世話になった人達の顔が見えた気がした。
途切れそうな意識を必死に繋ぎ止めた。
愛情を沢山注いで育ててくれてありがとう。
酷い言葉を沢山言ってしまってごめんなさい。
いつも気にかけてくれてありがとう。
一緒に馬鹿やってくれてありがとう。
心にもない事を言って傷付けてごめんなさい。
見捨てずに向き合ってくれてありがとう。
先に死んでしまうことになってごめんなさい。
……言葉が、想いが溢れ出して止まらない。
伝えたくて一生懸命に口を動かした。
「……ありがとう。」
そう絞るように言い終わった時。
俺は意識を手放した。