3 ダンジョンにはつきものです
ざくざく。ざっくざく。
ふみはダンジョンの壁を掘っていた。
「お砂を掘ってー。お砂をつんでー」
「ぽぽ。ぽぽぽ」
「お山を作るー。お城を作るー」
「ぽぽぽぽぽ」
お砂場遊びの歌を歌うと、やわらかたちが楽しそうに音を出す。それが面白くて、ふみは何度も繰り返し歌っていた。
魔王と側近からお願いされたお手伝いは、『このお部屋を大きくすること』だった。
ふみが気がついたときにいたこのお部屋は、やわらかたちが住むための場所らしい。
でも、やわらかは勝手に増えたり成長したりしてしまうから、だんだんきゅうくつになってきたのだそうだ。
きゅうくつがたいへんなのは、ふみにもわかる。ふみも、最近おじいちゃんから新しいおままごとセットをもらったから、おもちゃ箱がいっぱいで、なかなかフタがしまらなくて、たいへんなのだ。
壁はカチカチで冷たくて、ふみのお砂場遊びセットで掘れるかなぁと思ったけれど、側近がよそ見をした隙に、魔王がさらさらのお砂に変えてくれた。
お部屋が広がるとわかったやわらかたちは嬉しそうで、飛び跳ねたり、歌ったり、お砂の中にごろごろしたり。
お砂だらけのやわらかは、わらびもちに似ていておいしそう。お母さんにお願いして、明日のおやつはわらびもちにしてもらおう。ふみが心に決めた、ちょうどそのとき。
「んん?」
シャベルで掘っていた壁に、ぽっこり穴が空いた。
穴に顔を近づけて、砂の壁に手を当てて、ぐっと押してみると――
「わわっ」
壁が崩れて、ふみはバランスを崩した。
転びそうになった直前、急いでやってきたやわらかが、平べったくなってふみと地面の間に入って、クッション代わりになってくれた。痛くない。
「ありがと」
「ぽぽぽん」
そこは、広いお部屋だった。
今までいたやわらかのお部屋が、三つ分はありそうな大きなお部屋。だけどそのお部屋には誰もいなくて、不思議なことにドアもなかった。
入ってみようと足を踏み出しかけたとき、
「止まりなさい」
振り返ると、側近がいた。魔王も。
やわらかが呼んできてくれたらしい。
「こんなところに隠し部屋があったとは。何千年をこの迷宮で過ごしたわたくしも、知らなんだ」
「ふみよ……待つがいい。罠がある……やもしれぬ……」
感心したような側近の言葉と、魔王の言葉。
「スライムたち。部屋を検めてきなさい」
「ぽぽ」
やわらかたちは側近の指示に従って、我先にとお部屋の中に入っていった。
大きなやわらかはとろとろ流れるように、小さなやわらかはぽよんぽよよんと高く跳びながら入っていく。
しばらく待っていたけれど、何かが起きることはないようだ。
まだダメかな、まだかな、とふみはうずうずする。
やがて側近が「うむ」と頷いた。
「問題ないようですね」
「わーい!」
ふみもお部屋に飛び込んだ。
すべり台もブランコもないけれど、新しい場所はそれだけで楽しい。叫びながら走っていったふみを、やわらかたちが迎えてくれた。
たくさんのやわらかたちと広いお部屋で遊ぶ。大きなやわらかの上で、トランポリンのようにぽよんぽよん跳ねていたとき――
不意にふみは、部屋の隅に置かれた木箱に気がついた。
「ねえ、あれ何かな?」
「どうした、娘」
やわらかに尋ねたのだけど、側近もその質問を聞き留めたようだ。ふみを見上げている。
「あのね、お部屋の奥のすみっこに、箱があるの」
「箱?」
「あれ、中がからっぽだったら欲しいな。ふみね、今持ってるおもちゃ箱がぱんぱんだから、あれくらいの大きさの箱が欲しいかも。ちょうだい?」
「…………」
側近は答えなかった。ただ無言で部屋の奥へ歩いていって、それを見つけ、まじまじと観察し始める。
すこししてから側近は、箱に手をかざし、もごもごと何かを言った。
ぱちんと音がしたと同時、自動的に箱の蓋が開いた。中に入っていたものは――
黒い、棒?
「こ、これは……!」
側近は、箱から一歩距離を置き。
引きつった、震える声で、こう言った。
「魔剣【破滅に導きし剣】……!」
「なぁに?」
また聞きなれない言葉だ。ふみはまた首を傾げた。
けれど、今回聞きなれなかったのはふみだけではなく、魔王も同じ気持ちだったらしい。
「……側近。これを……知っているのか……」
「は。先の大戦で、一人の魔女が生み出した、呪いの剣にございます」
答える側近の声は、未だ震えている。
「先代魔王の武器の一つでしたが、大戦末期にいずこかに封印されたと伝わっております……娘よ。この剣、我らには心強いが、主らには恐怖の対象となろう。斬り伏せた者の血を吸い成長を重ねる、恐ろしき魔剣……!」
なんということか……!
その恐ろしさはふみにも伝わった。全身がぶるり、と震える。
もし、もしもふみが、そんなものに襲われたとしたら――!
「ぷちってなってかゆくなるね……!」
「そういうレベルのやつではない」
「かゆくても掻いちゃいけないんだよ」
「そういうレベルのやつではない」
つらいのだ。掻くとおかあさんにめってされるし。
「それはともかく――これは我らにとって、たいへん価値のあるものである。よくこの部屋を見つけたな、娘」
「……ふみよ……よくぞ、見つけた。礼を言うぞ……」
これで、おわびになっただろうか。
二人が喜んでくれたのがわかって、えへへ、と笑った。今度は側近も「不敬である」とは言わなくて、口がふんわり笑ったのが見えた。
ふみが乗っているやわらかも嬉しいみたいで、ぽよぽよぷよぷよ揺れている。
それはまるで、おかあさんにおんぶされているときみたいで、ふみは、なんだか、だんだん、眠たくなってきて……
*
「あら、こんなところで寝ちゃったの、文美」
やわらかな声がして、ふみはぱちりと目を開けた。
やわらかみたいにやわらかだけど、やわらかよりもあったかい。声は触れないものなのに、どうしてやわらかいとかあったかいとか感じられるのかわからないけど、でも、ふみにはそれが、やわらかで、あったかくて、だから、とっても大好きなのだ。
ふみの、おかあさんの声。
「あれぇ」
ふみを覗き込んでいるおかあさんの顔を見ながら、ふみは不思議に思った。
ここはおうちの玄関で、ふみは、靴を履いたまま眠ってしまっていたようだ。いつのまにおうちに帰ってきたんだろう?
「ほっぺたにまで、お砂たくさんくっつけて。たくさん遊んで、疲れちゃったのね」
「まおさまはどこ?」
エプロンの端っこでほおを拭いてもらいながら、おかあさんに尋ねる。
おかあさんは、首をかしげた。
「まおさま? だぁれ?」
ふみはおかあさんに、迷宮のことを話した。
たくさんのやわらかがいたこと。魔王と側近がいたこと。迷宮で宝物を見つけたこと。たくさん喜んでもらったこと……
それを聞いたおかあさんは、ほほえんで、
「楽しい夢を見たのね」
と言ってくれた。
夢。夢、だったのだろうか?
思ったとき、ふわ、とあくびが出た。
「まだおねむなのね。お昼寝用のお布団とパジャマ出してあげるから、一度、お手手洗っていらっしゃい」
「はぁい」
おかあさんは、ふみが不思議に思うこと、なんでも答えを知っている。
夢。おかあさんの言うように、やわらかたちはふみの夢だったのだろうか。だとしたら、眠ったらまた、やわらかたちに会えるだろうか。
また、おめめがとろんとしてきた。これは良くない、起きている間にお手手を洗わないと。
メリーのお砂をぱたぱた払って、お靴を脱ぐためべりべりをはがして――そのとき。
玄関にあるものが置かれているのに気づいて、ふみの眠気は吹き飛んだ。
これは。
確かに!
「おかあさーん!」
やっぱりあれは、夢じゃなかったのだ!
脱いだお靴を揃えることも忘れ、ふみはおかあさんのところに走っていった。
ふみの目を覚ましたもの、それは。
魔王たちと約束したもの。
ふみが「ちょうだい」と魔王たちにおねだりしたもの。
玄関の端、靴箱のかげに、こっそり置かれている――
ちょっぴり砂のついた、古い古い、宝箱。