魔物の襲撃
スマホからの投稿
カン!カン!カン!カン!
耳飾りの件で、一波乱あった翌日。
まだ日も出てない程の明け方、けたたましい鐘の音が鳴り響きレオンは目を覚ました。
「んぅ?いったい、何が…」
「レオン様、魔物の襲撃です!起きて下さい!」
ドンドンドン!と激しいノックの音と共に、ドアの外からクリスティーナの声が聞こえる。
その物騒な内容が耳に入り、レオンは慌ててベットから飛び起きた。
そして寝間着のまま、扉を開けクリスティーナと顔を合わせる。
「魔物の襲撃?!ここもヤバイんですか?!」
「いえ、今は王都の外壁で応戦している所です。今まで破られた事は有りませんが、緊急時に備えて頂きたく」
王都の中まで入り込まれた事は無いようだが、もしもの為に避難はしておくのが常道との事。
レオンは頷き、身支度を整えると部屋から出た。
クリスティーナはいつものメイド服では無く、魔術師の服装で手には杖を持っている。
「レオン様には申し訳有りませんが、道具研究所にある避難所へ向かって頂きます」
王城にある避難所は王族のみしか利用できず、王宮に仕える戦闘職は全て派兵されるとの事。
つまりここに居ては危険だと、王都内各所にある避難所…その中でも行きなれた道具研究所へ避難するように指示された。
王城を出てすぐクリスティーナと別れ、道具研究所へと向かうレオン。
一瞬、クリスティーナと共に防衛へ向かおうかと考えたが…自分の能力では足手まといだと、頭を振り考え直した。
そして走る事10分、道具研究所へと辿り着く。
息を整え、中へと入る扉を開けると…凄まじい怒声が鳴り響いた。
「てめぇら、ちんたらやってんじゃねぇぞ!!」
あまりの声の衝撃に、後ろへと転びそうになったレオン。
しかし、ぐっと堪えてその声の主へ話掛ける。
「所長!!」
「あん?レオンか、こんな時に何しに…いや、ちょうどいい!おめぇも手伝え!」
避難しに来ましたー、とは言えそうに無い雰囲気。
どうやらここも、一種の戦場であった。
「前線に送る資材が微妙に足りてねぇ、特に”矢”の様な消耗品がな」
所長に連れられ、作業場へと向かうレオン。
そこには篦に使う木材や鏃に使う鉄材、更には弓摺羽などに使う羽根が山盛りにされてあった。
「だから、お前さん達にはこっちを頼みたい。オレは向こうへの補給に走る」
そう言って既に出来た矢を束ねて一塊にし、抱えて外へと飛び出していった。
「…まぁ、オレもここの所員だしね。文句は無いんだけど、さ」
ばたばたと一方的に話をして、返事も聞かずに飛び出していった所長。
レオンの言うとおり、所員の一人として有事の際は仕方が無いのだ。
時間外労働がうんたらかんたら、そんな言葉が通じるのは元の世界でもホワイトな職場だけである。
「…よし。じゃあ、やりますか!」
心機一転気合を入れて、おそらく所内泊をしていたのであろう先輩方と肩を並べて矢の作成に取り掛かるレオン。
木材と鉄材と羽根を手元に寄せ、順次〈形成〉を行って一本ずつ矢を作り出していく。
次第になれてきて、先輩と同様に一度に10本。
更には一度に100本を作り出せる様になって来た頃、所長が一度帰ってきた。
「おう、次のは出来てるか?」
「所長、早いですね。やっぱり…空気抵抗が少ないから?」
レオンは所長の方へ向き、頭を見ながら声を掛けた。
「馬鹿野郎!冗談を言ってる場合じゃねえんだ、真面目にやれ!」
「すいません!取り敢えず、これだけできてます!」
ピシっと敬礼をして、矢の束に指を指す。
「おう、これだけ有れば一回分になるな。よし、なら持っかい走ってくるぜ!」
そう言って、矢を一纏めに束ね始める所長。
「矢ばっかり作ってますけど、弓は大丈夫なんですか?」
「おう。いや、弓も消耗品だからな…ぶっちゃけ、そろそろヤバいかもしれん。次の分が出来上がって、時間が有れば作って貰っていいか?」
弦が切れたり弓幹が折れたり、限界以上の負担が掛かれば当然弓だって壊れる。
そろそろヤバい、との事なので慌てて作成する。
所長が飛び出して数分で先ほどと同じくらいの量の矢を作り、弓の作成へと入る。
と、そこで一つの問題が発生した。
「やべ、弓の素材って何だっけ…」
元の世界でレオンが触った事が有るのは、カーボン製の弓で弦はケプラーだった。
(カーボンなんかある訳無いし、科学繊維なんてどうやって作れば…)
軽くパニックになって、周りを見る。
先輩達は矢の生成に集中していて、とても声をかけられる雰囲気では無かった。
(えーっと、確か弦は麻でも行ける筈…竹弓専用だったっけ?あれ?麻弦は薬煉が絶対だっけ?うわ、薬煉って何で出来てたっけ??)
1人で悩めば悩む程、泥沼にハマるレオン。
(竹、竹…ねぇし!!じゃあ木で、って単一弓は弱いらしいから複合弓で…ってわかるかー!!)
次第にイライラしてきて、適当に素材を集めて来る。
(もう知らん!弓柄は木で弦は麻だ!屈曲型の短弓で、麻は一本を長く繋いで縒り合わせる!こうすれば薬煉も要らんだろ、知らんけど!!)
矢に使われてた木材とはまた違う、少し粘りのある木材を弓へと形成したレオン。
半ばやけくそ気味に形成したそれは、まぁまぁ見た目はしっかりとした弓になっていた。
(これで量産してやるよ!!)
一つ、また一つ…と次々に出来上がる”なんちゃって弓”。
所長が帰って来る頃には、20張りの弓が出来上がっていた。
「おう、次の分出来てるか?」
「所長、相変わらず早いですね。やっぱり…人より少し重量が軽いから?」
レオンは所長の方へ向き、頭を見ながら声を掛けた。
「だから、冗談を言ってる場合じゃねぇって言ってるだろうが!」
「すいません!出来てます!」
再度、ピシっと敬礼するレオン。
「弓も取り敢えず20張り、自信は無いけど出来てます」
そう言って所長に手渡すと、ふーん…といった感じで品定めをされた。
「ま、悪くねぇんじゃねえか?これだけあるなら弓使いだけじゃなく、”魔術師”の奴らにも渡してやれそうだな」
「魔術師に?」
魔法を使って戦う魔術師がどうして弓を必要とするのか、疑問に思い首を傾げるレオン。
「ああ、魔術師の使う魔法に〈魔力矢〉というのがあってな。当然弓が無くても使えるんだが、命中率と消費魔力が有るのと無いのでは大きく変わるらしい」
聞いた話だがな、と付け足す所長。
「ふうん…名前からして、魔力で作った矢を魔力で飛ばすとかそんな感じかな?で、弓が有れば飛ばす魔力を節約出来て…更には矢を番える分、狙いもつけやすくなると」
「お、おう。そういう事だろうな…ってかお前さん、ひょっとして弓を使えるのか?」
まぁ、一応は。
そう答えたのは、失敗だったかもしれない。
だったら、こっちだ!と腕を引かれ戦場へと連れて行かれる羽目になったのだから。
ーーー
王都東部、外壁内。
狭間の様になっている小窓から、次々と魔物に向かって矢や魔法が飛び出している。
もう空は明るくなってきて、かなり長い時間を防衛しているのがわかる。
未だに王都内への侵入を許して居ないのは、レオンにとって奇跡と思える程。
何故ならば、まだ外には数える事を諦めてしまう程の大群が押し寄せてきてるからだ。
「うっわ、これヤバくね?!」
小窓に案内され、そこから覗いたレオンは思わずそんな声を上げる。
「良いから、ちょっとでも数を減らす事を考えろ!」
「了解です!」
そんな台詞を咎める様に、レオンを怒鳴りつける所長。
ピシっと敬礼を返した後、いそいそと準備を始めた。
よし、準備完了!とレオンが声を上げると、所長から怪訝な声が掛かる。
「お前、そりゃあなんだ?ふざけてるようにしか見えないんだが?」
「え、そうですか?真面目にやってますけど」
そう言って手を拡げ、全身を見せつけるレオン。
そのレオンには、両肩と両腰…都合4つの矢筒が装着されていた。
何かおかしいですか?と首を傾げるレオンに、所長は大きく溜息をついた。
「まぁ、いい。取り敢えず少しでも数を減らしてくれ」
「了解です!」
そう言ってピシっと敬礼をしたレオンを尻目に、所長は次の補給物資を取りに戻った。
連れてきたのは間違いだったか?とふと頭に過ったが、まぁ少しでも足しになればいいかと即座に切り替える。
明るくなってきたにも関わらず、人気の無い王都内を全速で駆け抜け道具研究所へ。
レオンが抜けた分、矢の補充速度は遅くなる。
再び、道具研究所内に怒声が響く様になった。
ーーー
物資を担ぎ、再度外壁ヘ。
先ほどまでは外壁内は閑散としていた筈だが、何やら様子がおかしい。
外壁内へと群がる兵士達、もしかして壁をよじ登って侵入されたのかと所長は慌てた。
「おい、一体どうしたんだ!!壁の外は?!」
「おお、これはゲイン殿。どうも魔物による進行速度が遅くなっているようで、白兵戦力を減らして我々も援護要員へと回る事に」
進行速度が遅れている、という事は。
まだまだ魔物は襲撃してきているが、距離のある所で足止めをされているという事。
「って事は、冒険者達が遊撃に出たって事か?」
「いえ、中からは誰も出ていません!それに外部からの帰還という訳でも無さそうです」
それじゃあ一体何が原因だ?と首を傾げた時、兵士の一人が声を上げた。
「どうやら先ほど、かなり腕のいい弓師が配置されたようで…一矢につき3〜4体の魔物を屠ったり、一度に5〜6射程の矢を放っているのが見えました!」
それを聞いた所長が出した一言。
「…はぁ?」
である。
魔物の進行が遅れる程の距離で、3〜4体を纏めて貫通?
一度に5〜6本の矢を放って、それが全て命中?
いったいどこの冒険譚だそれは、というのが所長の心中である。
兵士の話を軽く聞き流して、急いで外壁内へと入っていく。
そこで目にした者に、所長はおろか兵士達も口を開いて固まってしまった。
「神崎流弓術・剛射連撃!」
右肩の矢を弓に番えたと思えば、すでに矢は放たれており右腰へと手は向かっている。
その矢が弓に…左肩…弓…左腰…弓、一周回ってまた右肩。
流れる様にして、次々に矢が放たれていく。
魔物を貫いて後ろの魔物へ、と一矢につき複数の魔物を屠っていく。
それが全ての矢で行われている事は、小窓から見ただけでも分かる。
やがて、全ての矢を打ち尽くしたのか。
忙しなく動いていた手が止まり、ふう…と小さく息を吐いたのが分かった。
そして…。
「さて、と。次の矢は…って、所長?」
「…はっ!!レオン、お前!どこが『まぁ、一応』だ!めちゃくちゃ使えるんじゃねえか!」
矢を補充しようと振り返り、所長とばったりと目があった。
ら、怒鳴られた。
「いや、まだまだ未熟だって師範にも呆れられてて…」
「これで未熟って、お前さんの師匠はどれだけ厳しいんだよ…」
王都中探しても、こんな無茶苦茶な矢を射るやつ居ねぇよ。
と、所長からツッコミが入る。
「いやぁ、まだオレじゃあ”矢を途中で曲げたり”とか”飛んでくる矢の先端を打ち抜いたり”…ましてや”掴んで打ち返す”とか出来ないし」
「それが出来たらもう人間じゃねぇよ!」
弓師じゃ無くて超人的な何かだ!
と言われて、レオンはある意味納得する。
「ああ、そういや師範は化物みたいな人だからなぁ。納得した!」
「もう頭痛てぇ…」
頭を抱えて、小さくため息を吐く所長。
「やっぱり弓術は難しい!」
「だから、それは弓術じゃねぇって!」
どこかズレたレオン…いや、師弟の事はもうこれ以上ツッコむのは止そうと決心する所長であった。
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