〈翻訳〉の耳飾り
スマホからの投稿
「して、レオン殿。この様な時間に、いったいどうされましたかな?」
王宮に戻って、食事と湯浴みを済ませたレオン。
今日あった事を報告しておかなければいけない、とクリスティーナに頼んで王に会わせて貰う。
と言っても、この時間に謁見の準備が出来る訳も無く。
執政室に居るとの事で、そちらでの対面になったのだ。
謁見の時に着ていたきらびやかな服や、首に負担の掛かりそうな大きな王冠は着けていない。
風呂上がりなのか、質の良さそうなガウンを身に纏い。
先程まで走らせていたペンを机に置き、レオンへと向き直り話かけた。
「はい、夜分に申し訳ありません。実は今日、少し不思議な事がありまして」
「不思議な事、とな?」
コレを…と結局クリスティーナに渡せなかったイヤリングを取り出し、王へと渡す。
「…なんの変哲もない、ただの耳飾りのようだが?」
受け取った耳飾りをマジマジと見つめる王、しかし外見を見た限りではなんの変哲も無さそうだ。
「クリスティーナ、オレに掛かってる〈翻訳〉を切って貰えるかな?」
「はい。効果を打ち消せーーー〈解呪〉」
事前に説明していた訳でも無いのに、特に疑問も抱かずにレオンに〈解呪〉を掛けるクリスティーナ。
『ど、どういう事だ?今、魔法言語が…』
「王様、オレの言葉が分かりますか?」
『…何?!先程〈解呪〉されたのでは無かったか?!』
〈解呪〉を受けたにも関わらず、王の言葉が理解出来た。
やはりあの時の光はそういう事だったのだ、とレオンは再度〈翻訳〉を掛けてもらってから王へと話かける。
「どうやら、そのイヤリングは〈翻訳〉の魔道具になったようです」
「そ、そうか。これは魔道具…ん?魔道具になった?」
レオンの台詞に、耳聡く反応する王。
「はい。元はクリスティーナにプレゼントしようと思っていた、ただのイヤリングだったのですが。手に持って〈翻訳〉の魔道具だったら…と、妄想したら実現してしました」
「っ?!」
「なんと…それは本当か?!」
座っていた椅子から立ち上がり、身を乗り出してレオンに問う。
この世界における魔道具とは、遺跡や迷宮から見つかる物であり。
人の手によって生み出された、という話は聞いた事がない。
そもそも、魔道具を研究しているのが国立道具研究所であり。
人為的に作り出そうとして出来たのが、道具と呼ばれる物なのだ。
王のこの驚きようは、当然の事と言える。
なお、レオンの後ろでは。
別の理由で目を見開いている人物がいるのだが、それがレオンの目に入る事は無かった。
「しかし、レオン殿の技能は…ただの道具創造だったはず。いったい、どうやって」
ああ、やっぱり道具創造ってハズレ技能なのね…。
と、今更ながらがっかりと思うレオン。
しかし…自分が思っている事が正解ならば、自分にはピッタリな技能になる。
「おそらく…スキルレベルが上がったのでは?」
「技能…位階?」
王の反応は、あまりよく無かった。
というよりも、レオンの言っている意味がよく分からないといった感じだ。
「あ、あれ?スキルにレベルって無いんですか?」
「…聞いた事が無い」
慌てて後ろを振り返り、クリスティーナの顔を見る。
「私も、聞いた事がありません…」
「マジっすか…」
どうやら、レオンの予想はハズレらしい。
スキルにもレベルがあって、それが上位になればなるほど新しい事が出来る様になる。
それならば、道具創造が上位になれば能力付与みたいな事が出来る様になってもおかしく無いのでは?
と、レオンは考えていた。
「え、じゃあ…剣術とかのスキルって成長しないんですか?持っている人は、全員同じくらいの技術なんですか?」
技能に位階が無いと言う事は、つまりはそういう事なのか…と、咄嗟に聞いてしまったレオン。
「…………そう言われて見れば、同じ技能持ちでも差はあるな。事実、クリスティーナが所属していた”宮廷魔術師”の者は全員〈魔力操作〉持ちじゃ。その中でも、特に優秀な者に”筆頭”の称号を授けてる訳じゃし…」
どうやら、レオンの言葉に思う所があるのか。
王は顎に手を当て、ブツブツと呟く。
すると今度は、後ろに居たクリスティーナから声がかかる。
「長年〈解析〉を使って、様々な能力を見た来たのです。ですが、その中に技能位階と言うものはありませんよ」
自分が見逃していたのでは無いか、と疑われてると思ったのか。
慌てた様子で、強めに発言するクリスティーナ。
「そう言えば…」
「なんでしょう?」
〈解析〉と聞いて、ふと疑問を思い出す。
「”彼の者の能力を識り、解したく”…って正確な詠唱なんですか?」
「…え?」
「いえ〈翻訳〉の時は”彼の者は全ての言語を理解し、使い熟す”じゃないですか?だったら”彼の者の全ての能力を識りたく、曝け出せ”とかの方が深く分かりそうな気がしたんで。まぁ、あくまでもそうじゃないのかな?って思っただけですが」
レオンの台詞を聞き、唖然とするクリスティーナ。
「…詠唱改変、ですって?ちょっと待って、ひょっとして〈翻訳〉って”魔法言語”も翻訳されているのですか?!」
少し経って我に返ったのか、慌てた様子でレオンに掴みかかるクリスティーナ。
「ちょ、ちょっと落ち着いて!」
「っ!!…あ、ごめんなさい」
顔と顔の距離がとても近くなっていて、レオンは真っ赤になってクリスティーナを宥めた。
クリスティーナもそれに気付き、やや頬を染めてゆっくりと離れた。
「魔法言語…って、詠唱の事ですか?」
クリスティーナは静かに頷く。
「だったら、はい。どうやら、翻訳されているようですね」
「そう言えば、先程の〈解呪〉の詠唱。余にも聞こえておった、どうやらこの耳飾りの〈翻訳〉によるものじゃな」
「なんという…」
魔法を使うのは簡単では無い、という話はしたと思う。
その理由の3割程を占めるのが、魔法言語の暗記である。
こちらの世界の”公用語”とはまた違う、魔法を発動させる為の専用言語。
日本語が一文字に複数の意味がある言語とすれば、こちらは一音に複数の意味がある言語。
例えば同じ”あ”と言う音でも、あとあとあで3種の意味があったりする。
更にああとああなど、音が増えれば増える程複雑になる。
2音だけでも9種の意味が出てきたりして、使い熟すのはまず不可能。
なので”暗記”であり、魔法を使う為の難関でもある。
「それが、簡単に理解出来てしまうなんて…」
クリスティーナが、目に見えて落ち込んでいる。
一応〈翻訳〉自体複雑な魔法で、使えるのは国内でクリスティーナのみである。
誰にでも使えられる魔法と言う訳ではないし、〈翻訳〉の詠唱を覚えられるならば他の魔法の詠唱なんか楽勝で覚えられるだろう。
と、一応フォローしておく。
「だから、そう気を落とすでない」
王が。
何とか気を取り直したクリスティーナは、王とレオンに向かって顔を上げる。
「ならば、今ここで〈解析〉を掛け直そうと思いますが宜しいでしょうか?」
「う、うむ。レオン殿、如何かな?」
「は、はい。是非お願いします」
顔を上げたクリスティーナの、目尻に光る何かを目にした2人。
これで、断る事が出来る男はそうそう居ないだろう。
王は、手に持った耳飾りをクリスティーナに渡した。
「では…我、クリスティーナ・フローライトの名において命ずる。彼の者の全ての能力を、我に曝け出せ〈解析〉」
レオンが言ったのとはまた少し変えて、詠唱を行ったクリスティーナ。
クリスティーナが魔法言語を意識して声に出すと、それを自動的に詠唱へと変換してくれる耳飾り。
〈翻訳〉を受けているレオンには理解出来たが、王には何を言っているかさっぱり理解が出来ないようだ。
クリスティーナの両手から放たれた、淡い光がレオンを包み込む。
「…レオン・トダ…ヒューマンのオス…聖歴203年秋の…」
「おっと、書記がいないから余が書かねばならんのか!」
慌てて、机においてあった紙へペンを走らせる王。
残念ながら〈翻訳〉の魔法では、文字の読み書きは適応外のようだった。
ーーー
「申し訳ありません、陛下!」
トランス状態から戻って来たクリスティーナは、慌てて謝罪した。
「よい、余もすっかり失念しておった。そう言えば、書記の手が必要なんじゃったな」
そう言って、本当に気にしてない様にクリスティーナを許す王。
それよりも、いま書き終えたばかりのレオンの能力が気になるのか手元の紙から目を離さない。
「ふむ、これは…確かに〈解析〉の精度が上がっておるな。二人も見るがよい」
「は!失礼します!」
「はい、分かりました」
そう言って、二人が目にした紙にはこう書いてあった。
ーーーーー
レオン・トダ H♂ 203/A2/28
年齢:15歳
位階:1
【身体値】
体力:C(200/200)
魔力:D(5/75)
筋力:E(50)
知力:F(20)
敏捷:E(40)
器用:D(65)
【技能】
道具創造(MAX)
↳形成
↳付与
↳限界突破
↳魔道具創造
↳制限解除
↳全魔道具使用可
ーーーーー
「これは…」
「形成っていうのが、道具研究所でやってた事ですかね?付与っていうのが今回の耳飾りに行った事か…」
レオンは自分の能力を見ながら、色々と考察しているようだが。
クリスティーナとしては、目を白黒させている。
今回の〈解析〉では、今まで分からなかった情報がかなり出てきた。
まずは身体値は、今までA〜Fの”評価”のみだったのが”数値”まで出るようになった。
確かに同じ評価でも人によっては差があったものだが、まさかこのように細かい数値が設定されているとは。
そして、技能の位階。
今回の場合、MAXの表記になっていて位階が有るかはっきりとはわからない。
だが、今まで技能の横にそのような表記はなかったのだ。
これは、レオンの予想が当たっていたと考えるのが良さそうだ。
「ふむ、どうやら今までの〈解析〉は不十分な物だったと言う事か」
「も、申し訳ありません。この罰は如何様にも…」
今まで不十分な〈解析〉を行っていた、というのは偽りの情報を…とまではいかないが、正確では無い情報を王に伝えていたという事。
意図していた事では無いといえ、厳罰を受けるのは当たり前…と、クリスティーナは顔を青くして謝罪した。
そこへ…。
「いやいやいや、クリスティーナさんは悪く無いでしょ。話の流れ的に、詠唱の解読や改変ってほぼ不可能なんでしょ?だったら、今回の件は功績でこそあれ、罰する事じゃない筈…ですよね?王様!!」
「し、しかし…」
慌てて口を挟むレオン、その慌てぶりはついつい王へと叫んでしまうほど。
うーむ、と少し悩む素振りを見せ。
王はクリスティーナを見据え、口を開く。
「情報と言うものは、時に千金にも価するものである。それを正確に把握し、余へと伝えるのが仕える者の務めである」
「はい。私はそれを守れず、今まで陛下へ誤った情報を伝えておりました。ですので、如何な処罰をも受け入れる所存です」
「王様?!」
王の台詞に、粛々と頭を下げるクリスティーナ。
今にも飛びかからん勢いのレオン。
一拍置き、二人に目をやると「しかし…」と王は続ける。
「今までの〈解析〉の詠唱を開発したのはそなたではなく、今は亡き古の賢者である。その様な過去の者を罰する法など無く、また今回はレオン殿の言うとおり”新しい詠唱”を開発した功績はそなたにある」
「王様!!」
「…陛下、では」
レオンは打って変わって喜色の声を上げ、クリスティーナはゆっくりと顔を上げる。
「うむ、よって。そなた…クリスティーナ・フローライトには一切の非は無く、更には是をもって褒美を授ける事とする」
もちろん、レオン殿にもな。
と続け、王はニカっと笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!」
「は!謹んでお受けします!」
報奨の式典は日を改めて行うとして、褒美は何が良いか考えておくようにと王に言われる。
「えーっと、ちょっと今は思いつかないんで考えておきます」
「陛下の御心のままに」
こうして…レオンの技能によって創られた魔道具は、少しの波乱をもたらした。
そうして、これから更に大きな波乱へとなって行く事は…今は誰も分からなかった。
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