道具創造
聖歴218年 春の3月1日
地球で言うところの5月1日、この国の気候は日本とほぼ同じらしくじわりじわりと陽射しも強くなり始めた。
朝晩はまだまだ肌寒いのだが、もうすぐ夏が来るなーと思える程度には昼間は暖かい。
そんな中、今日も王城から道具研究所に向かって歩いて出勤する。
時刻は間もなく三の刻…日本で言う6時になろうかと言うところ、薄暗い空が徐々に明るくなり始めた時間帯。
レオンが通勤路にしている道の脇では、露店や屋台を広げる準備が行われている。
気が早い人は、もう既に店を開いていたり。
レオンのような、この時間帯に出勤している人達相手にひと稼ぎしておく腹積もりなのだろう。
朝食用に軽食を売っている店、昼食用にかなりボリュームのありそうな物を包んでいるお店。
既に開いているお店は、どうやら飲食系が多いようだ。
そんな中、異彩を放つお店にレオンの目が止まった。
「おや、兄ちゃん。最近よく見かけるね、新成人かい?」
と、声をかけてきたのはそこの露店の主で太っ…ふくよ…豊満な肢体を持ったおば…お姉さんであった。
「ああ…うん、そんな感じ。先月からこの近くで働きだしてね、通勤路なんだ」
「そうかい。いつもはもっと遅くからやってるんだけど、今日は早く起きすぎちゃってね。よかったら見ていってよ」
品物を見れば分かるのだが、一応聞いておく。
「ここは何屋なんだ?」
「見れば分かるだろ?装飾品屋さ」
敷物の上に小さなテーブルの様な物が有り、そこにところ狭しという感じで並べられている装飾品達。
ああ、やっぱり。
と納得する半面、露店で装飾品っていうのも珍しいなと思う。
日本では逆に、露店と言えば装飾品と言うイメージも有るが。
(何かサングラスかけてアロハシャツ来たドレッドヘアの胡散臭いおっちゃんが思い浮かんだ)
殆どが無許可でやってるアレである。
しかしこの世界の治安は日本程良くないし、高価な嗜好品扱いである。
それらを露店で売るとなると、色々問題がありそうな物だが。
そんなレオンの心中を、表情から見抜いたのか。
「ああ、心配は要らないよ。商品全てに〈認証〉の魔法をかけてあるからね、私の魔力でしか解除出来ない様になってるから盗んだ所で1ウェンにもなりゃしないよ」
それに、登録者以外の人が長いこと持っていると…ボン!だからね。
と、握った拳をパッと目の前で開くおば…お姉さん。
「へぇ。じゃあ、お…姉さんは魔導師なんだ」
「いやいや。私はただ魔法が使えるだけで、魔導師なんかじゃ無いよ」
おば…お姉さんが言うには、魔導師を名乗る為には戦闘で使える魔法を習得しなければならないらしい。
ボン!も充分な殺傷力がありそうだけど、そういう事じゃ無いそうだ。
「で、兄ちゃん。何か買ってくかい?オススメは…この耳飾りなんかどうだい?彼女さんへのプレゼントとかにもってこいだよ!」
「うーん…」
確かに、お姉さん(慣れてきた)のオススメするイヤリングは中々良い造りをしてると思う。
残念な事に彼女はいないが、女性への贈り物にしたらきっと喜んで貰えるだろうな…とは思う。
(香澄姉ちゃんならきっと似合うだろうな、スタイルも良いし美人だし…昔から何を着ても、何を付けても似合ってたからな)
ぼやーっと頭の中に香澄の顔を浮かべては、少々だらしの無い顔になっていくレオン。
ブンブンと頭を振るってリセットすると、今度は別の女性の顔が浮かぶ。
(ん?なんでクリスティーナの顔が…いや、まぁ確かに綺麗だしこのイヤリングだって似合うだろうけど…いやいや、でも香澄姉ちゃんと比べたら!…いい勝負してるけど。いやいや…いやいやいや…)
先程とはうって変わって、難しい顔でブンブンと頭を振るレオン。
怪訝そうな顔で見つめるお姉さんの視線に気付き、慌てて咳払いをした。
こんなふうに色々と妄想したところで、もっと根本的な問題がある事に気づく。
「良い耳飾りだと思う、けど…ごめん。今はお金が無いんだ」
「そういや先月からっていってたね、初任給もまだなのかい?」
残念、という雰囲気を隠しもしないお姉さんにコクりと頷くレオン。
「なら仕方ないね、また今度だ」
「ああ、次の機会に」
そう言って露店から離れ、再度研究所までの道のりを歩く。
まだまだ時間的には余裕があるのだが、その足はついつい速度を上げてしまう。
それはまるで、先程脳裏に意図せず浮かんだ人物の影を振り払う為かの様に見え無いこともなかった。
ーーー
「〈道具創造〉!」
作業台の上に盛られた土に向かい、手を翳して魔力を放出する。
すると、淡い光に包まれた土が『うにょうにょ』と動き出して形を作り出す。
出来上がったそれは壺…いや、大きさで判断すると瓶であろうか。
魔石と呼ばれる物をはめ込むか、魔力を流すと水が湧き出てくる道具だ。
初めて見たときは「魔道具とかマジファンタジー」とテンションを上げたレオンであったが、大男の説明によると『魔道具』では無くただの『道具』扱いとの事。
その差は何かと言えば、単純に規格の違い。
普通の物品に魔法陣を刻み込み、魔石や魔力を動力として発動するのが『道具』であり。
魔法陣が刻まれて無い…もしくは『明らかに魔法陣を刻めない大きさの物』にも関わらず、魔力を動力にして発動してしまう物が『魔道具』だ。
要するに…道具は『どうやって?』に対して理由が説明出来て、説明出来ないのが魔道具と思っていれば間違いないだろう。
「おう。ずいぶんと慣れてきた様だな」
レオンが瓶を1つ造り終えた頃、背後から声がかかる。
「…所長」
振り返った先には、坊主頭の大男がいた。
「最初の頃は、魔力を流す事すら出来なかったって言うのに…」
「おかげさまで。ここに来て半月、ようやく水瓶が造れる様になりました」
そうか、中々に筋がいいじゃねえか。
と言いながら頭を撫で、口角を上げる坊主頭…所長。
「所長の頭には、スジが入ってませんもんね」
「誰の頭がメロンだ、コラ」
「おっ、青筋が浮いてきた」
「てめぇのおかげさまでなぁ!」
『ビキビキ』と言う効果音が聞こえてきそうな程に、怒りの表情を顕わにする所長。
初日の時はビビってしまったレオンであったが、半月もすれば所長の人格に慣れてしまった。
そもそも本気で怒って無いようで、軽く謝るだけですぐに表情が戻るのだ。
「で、何の用です?ただ様子を見に来た、って訳じゃあないでしょう?」
まったく生意気な坊主だ…あ、坊主はオレか!
等と、もはやお決まりの流れをスルーするレオン。
「今日は1日だろう?…ほら、給料だ」
そう言って、懐から小さな袋を取り出しレオンに渡す。
「え、もう給料日ですか?」
「ああ、ウチは末締めの翌月始め払いになっている」
だから、半月分しかねぇけどな。
と、口角を上げる所長。
「まぁ、今月も宜しくな。1ヶ月しっかりと働けば、生活するのに不自由はさせねえからよ。ウチがそんな薄い給料しか渡さねぇ、って思われたら癪だからな。…あ、薄いのはオレの髪か!」
と、頭を撫でる所長。
「それじゃあ『薄い』じゃなくて『無い』になっちゃうじゃないですか、それは困りますねぇ」
「…てめぇ、言うようになったじゃねえか」
怒りもせずに口角を上げる所長に、レオンも笑みを返す。
少ないとはいえ、人生で初めて得た給料は…レオンに確かな充足感与える物だった。