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日常の終わり

宜しくお願いします。


西暦20XX年 3月 日本 某所


とある中学校では本日、卒業式が行われていた。


在校生による送辞が終わり、卒業生による答辞が始まる。

ある者は学校生活の終わりを惜しんで泣き、ある者は4月から始まる新生活に想いを馳せ笑う。


そんな中、一人の少年の目には薄っすらと涙が浮かんでいた。



(…式、長いなぁ。早く終わらないかな、ふぁぁ…)



と、欠伸をかみ殺して。


少年の名は『戸田玲音トダ レオン』といい、本日の主役である卒業生の一人なのだが。

残念ながら、玲音の中に感慨深いと言う気持ちは一切存在しないようだった。


というのもこの3年間、玲音にとって学校とはただ授業を受ける為の物だったからだ。

特に親しいと言える友人も存在せず、楽しかった思い出も無い。

卒業後は知人の伝での就職も決まっており、その職場も特に目新しい物も無い。

過去にも未来にも想いを馳せる必要が無いため、ただ一人ボーッと式に参加する事になったのだ。


先程『親しい友人はいない』と言ったが、別にイジメられていたと言う訳では無い。

根暗な訳でも無ければ、顔が悪い訳でも無い。

ゲームもするしアニメも見るが、せいぜい人並み程度であり所謂オタクと言う訳でも無い。

ならば何故?と言うと、玲音には悪癖が1つあったのだ。


それは…



(あーあ…もしオレが影○身の術を使えたら、こんな時に代わって貰えるのに。あ、でも正確が一緒なんだからどっちが行くかでもめるか?いや、でも…)



妄想癖である。


いや、妄想自体は誰でもするし悪癖と言うまででは無いのだが。

玲音の場合はとにかく顔に出るのだ、それこそ周りが引いてしまう程に。


呆けているなと思ったら急にニヤけたり、難しい顔をしてたと思ったら急に何かに納得したように頷きだす。

それを見た同級生達は『気味が悪い』と、玲音から距離をとってしまう。


玲音自身も自分の悪癖を理解し、治そうと意識していたがついぞこの3年間で治る事は無かった。

そうして今も妄想は表情にまで現れ、隣に座っていた女子生徒が怪訝そうな顔でチラチラと玲音を見ている。


女子生徒の3年間の締めくくりに、このような表情をさせてしまうとは何とも罪な癖であった。



ーーー



「あ、玲音!」



式も終わり、それぞれが記念撮影やら教師に別れを告げたりしてる中。

特に何もする事が無い玲音が校門から外に出ると、一人の女性が「やっと出てきた!」とばかりに声を掛けてきた。



「…カスミ姉ちゃんか、ひょっとしてずっと待ってたの?」



声の主は『神崎香澄カンザキ カスミ』と言う、玲音より3歳年上の女性であった。

玲音と香澄の家は隣同士であり、所謂『幼馴染』という間柄である。



「卒業おめでとう、これでもう社会人だね」

「ありがとう。まぁ…まだ働き出して無いから、正確には違うかな」

「細かいなぁ、玲音は。…じゃあ、今日これからウチくる?」



じゃあ、も何も話の繋がりが全くない。

周りで聞いてる人間が居れば、そんなツッコミもあったかもしれない。

しかし、玲音はなんて事無いように返事をした。



「いや、今日はやめとく。せっかくの学生最後の日だし、のんびりさせてもらうよ」

「えー、わざわざ迎えに来てあげたのに?」



香澄の拗ねたような声を聞き、玲音は苦笑いを返す。



「師範には『明日からお世話になります』って、伝えておいてよ」

「むー、分かったよ。…あーあ、お父さんも玲音が来るの楽しみにしてたのになー」



頭の後ろで手を組んで、つまらなそうに地面を蹴飛ばす香澄。

まるで子供の様な反応に、玲音は再度苦笑いで返した。


ここまでの会話である程度は想像つくだろうが、玲音の卒業後の働き先と言うのが『神崎家』なのだ。

簡単に『お隣さん』と言ったが、神崎家は古くからある家でかなり大きい屋敷である。

玲音が師範と言ったのは現当主の事で、香澄の父親である。


神崎家は武家の血筋であり、屋敷内には道場が有り近所の子供達に武術を教えたりもしている。

そして玲音も幼い頃よりその道場でお世話になっている為、その伝で卒業後に雇って貰える事になったというわけだ。


雇用の名目上は、神崎家の『使用人』となってはいるが…5年前に両親を亡くした玲音の後見人でもある現当主が、内心では保護養育の一環で仕事を与えたのだろう事は玲音も薄々気が付いている。


その為、労働条件はかなりのホワイトだ。

師範には頭が上がらないなぁ、等と考えながら玲音は香澄と共に家路へとついた。



「…ねぇ、玲音。本当にウチで良かったの?」



先程までの雰囲気とは一転、少し不安気な表情で弱々しい声を出す香澄。



「うん。師範の好意に甘える形になっちゃうけど、学もないオレにとってはかなりの好条件だからね」

「…そっか」



俯いて小さく呟く香澄、しかしその声にはどこか喜色が混じってる感じがする。



「だったら、やっぱり住み込みの方が良いんじゃない?」

「いや、家も隣なんだしその必要は無いだろ?」



使用人の朝は早い。

その為、神崎家には何人か住み込みで働いている者達も要る。

しかし…



「それに香澄姉ちゃんも居るんだし、住み込みは女性使用人限定じゃなかった?何も無いとは思うけど、ほら…オレだって男だし」



神崎家当主の師範は、一人娘である香澄を溺愛している。

使用人達の男女比は女性が8割で、残る男性もかなりの高齢の者ばかり。

外でも悪い虫が付かないように、香澄を四六時中監視している…とまでは言わないが、基本的に香澄が家を出れるのは学校行事の時と親同伴の時のみ。

義務教育を卒業してからの3年間は、殆ど屋敷の中から出た事が無いくらいだ。


そんな香澄が暮らす屋敷に、男の自分が住み込みで働く?

考えるまでもなく不可能だ。


でも、もし…幼い頃から憧れの人である、香澄姉ちゃんと同じ屋根の下で暮らせるならば…

そんな妄想に入り込みそうになって、玲音は慌てて頭を振る。


ちょっとした間違いが起きただけでも、物理的にクビが飛ぶ未来しか浮かばない。

笑みを浮かべたまま刀を抜き放つ師範の顔が浮かび、血の気がさぁっと引いてしまった。



「私は別に…玲音となら…それに、お父さんだって…」



何やら、顔を赤くしてぶつぶつと呟く香澄。

しかしその声は、顔を真っ青にしている玲音には届く事は無かった。



ーーー



学校から歩いて15分もすると、神崎家が見えてくる。

とはいえかなり広い敷地面積の為、まだまだ正門まで歩かなければいけない。

ようやく顔色が青から正常に戻った玲音は、神崎家の正門に着くと香澄へと別れを告げる。



「じゃあ香澄姉ちゃん、明日からよろしく」

「ええ、宜しくね。でもそうなったら、もう玲音と気安く話せなくなるのかな?」



それはちょっと寂しいな、と香澄が告げると玲音は小さく吹き出してしまう。



「香澄お嬢様におかれましては、私の様な者に対してお気遣いなさらなくとも…」

「ストップ!今日はまだ違うんでしょ?!」

「いや、慣れとかないとと思って」



慌てた様子で制止する香澄に、玲音は笑顔で返す。

腕を組んで頬を膨らませる香澄、見た目は大人びてるのに仕草は子供っぽいのが玲音にとってはツボである。



「…で、どうだった?言葉遣い合ってたかな?」

「うーん、何かちょっと違和感があったかも?」

「何で、香澄姉ちゃんも疑問系なんだよ」



神崎家の使用人として恥ずかしく無い言葉遣いを目指してみたが、どうやら香澄にとってもよく分からない様子だった。

『呼称さえ気をつけていれば、あとは普通の敬語でいいよ』と香澄から許可を貰い、少しほっとした玲音。



「じゃあ、また明日」

「うん、明日ね」



正門前で香澄を見送り、屋敷の扉へ向かうのを見届ける。

何度も玲音の方に振り返り、手を振る香澄。

本当に子供みたいだ、と玲音が笑みを浮かべた。



ーーー



…その時である。


玲音の足元に何やら幾何学的な模様が浮かび上がり、そこから光が立ち昇っていく。



「っ!なんだ、これ?!」



不意に聞こえた玲音の声、香澄は振り返り目を見開いた。



「玲音!!」



尋常じゃ無い出来事が目の前で起こっている、香澄は慌てて玲音のもとへと駆け寄ろうとする。

が、

…広い敷地が裏目に出たのか、正門へと戻って来たときにはもう光は収まってしまった。


何やら、薄っすらと見えていた地面の模様も綺麗さっぱりと消えていた。


まるで元から何も無かった、何も起きなかったかのように。



…そこに居た筈の玲音と共に。



「玲音…」



最愛の少年が目の前で掻き消えたショックで、香澄は地面へと膝から崩れ落ちた。

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