◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (5)
公園内の小道を三人は歩いていた。アンジェラを真ん中に、両側からメリルとサリーが手を繋いで歩いている。サリーがアンジェラにちらりと視線を走らせた後、メリルに話しかけた。
「で、メリルちゃんたちは、なんで魔導列車で来たの~」
「う、それは……」
サリーが言いたいのは、貴族家であるはずのメリルたちが、何故個人用のゴーレム車でなく魔導列車で来たのかをたずねているのである。
アグラリア魔導学園は名門と言われるだけあって、入学してくる生徒の割合でいうと、やはり庶民よりも貴族家の子供か、名だたる企業の経営に携わるような裕福な家の子供たちが多い。それ以外は、サリーのように家が魔導工房をやっているか、その職人の子供。或いは親自体が、魔導士または研究者など魔導に関わる者の子供が殆どである。ただ普通に魔力を有するだけの子供には、敷居の高い学園でもあるのだ。
そして、魔導列車は庶民の足と言われるほどで、どちらかといえば低価な移動手段。だから、学園に通う生徒で、魔導列車を利用する者は少ない。現に、今日も魔導列車を利用していた生徒は数えるほどしかいなかった。
モンテグロ家は仮にも貴族位を戴く男爵家。アンジェラはそこのお嬢様なのである。それなのに魔導列車を利用している事が、サリーには不思議に思えていたのだ。ただ、そこには他意はなく、サリーも気軽にたずねただけだった。
だが、メリルはその男爵家に拾われ、アンジェラ付きの侍女として育てられた身。その主家を、悪く言うのも憚れる。だから、口を濁すしかなかったのである。
そしてそこには、口を噤だけの訳があった。
帝国貴族ともなれば、ゴーレム車程度を所有していても、それほど不思議ではない。ましてや爵位が男爵ともなれば、個人用の飛空挺の所有さえ認められている。それは、普通ならば男爵位の貴族家は領地持ちが当たり前だからである。
それだけ領地持ち貴族には特権があるのだが、モンテグロ家は特殊な貴族家でもあった。
元々モンテグロ家は、三百年前まで伯爵位を戴き、広大な領地を有していた。しかし、三百年前の戦乱において、帝国に対して不義理を働いた罪により領地は取り上げられ、爵位も男爵まで落とされた経緯のある貴族家なのである。
騎士爵など領地のない貴族家は、家格や職務に応じた支給金もあるが、本来であれば領地持ちの男爵にはそれがない。しかも、帝国貴族法で定める最低限の家臣団を形成し、体裁を整えなければいけない。入るお金はないのに、出て行くお金は多いのである。それでも数年前までは良かったのだ。モンテグロ家は、帝国創生の頃より続く名家。領地を取り上げられ降爵しても、それなりの財産は有していた。その財産で、小規模ながら商会を立ち上げ、それなりに潤っていたのだ。それが数年前に投機で失敗すると、多大な借財を負ってしまい、男爵家の家計は火の車となってしまった。はっきりいえば、現在の男爵家はゴーレム車の購入などあり得ないほど困窮していたのである。
「そう……お嬢様には、社会勉強も必要だから」
メリルも、そんな男爵家の内情を同級生とはいえ他人に話す訳にもいかず、適当にお茶を濁すしかない。
「ふ~ん……そうだね。アンジーちゃんには、それも良いかも~」
物言わずぼぉとしているアンジェラをちらりと眺め、サリーがそう返した。
「それで、さっきの話の続きだけど、マレー先生の実験って何?」
「えっ……呆れた〜。何も知らないで、特別野外授業に参加したの〜」
「ま、まぁ……」
学園は五年制の学舎。当然の如く、次の学年に進級するためには厳しい審査がある。受けている学科にもよるが、最低でも複数の学科でC評価を貰わなければいけない。だが、まともに話も出来ないアンジェラである。試験も一人では受けられない。魔力判定こそ評価は特Sだが、この半年で各学科の教授たちの評価は最低のE評価。当然といえば当然なのだが、このままでは進級が危ぶまれる。それを案じていたメリルだったが、そんな時に学園の掲示板で『特別野外授業の参加生徒募集』の張り紙を見付けたのである。そこには、学年やクラスも問わず参加は自由と書かれ、しかも出席者には魔法歴史学科の評価をAにすると書かれていたのである。それを見たメリルが何も考えずに飛び付き、学園からも離れたこの『戦勝記念公園』まで足を運んだのは、当然の結果だったのだ。
「まぁ良いわあ~、教えてあげる~。あたしもはっきりとは知らないけど、噂ではマレー先生って古代文明の信奉者なのよ~」
「古代文明って、もしかして……」
「そうアレよ~。子供向けのおとぎ話に出てくる超古代文明。今とは別系統の魔法が発達していて、今よりも栄えた文明を築いていたとかいう子供騙しみたいな話よ。あり得ない話、弓や剣を振り回して獣を追いかけてた野蛮な時代が、今よりも進んでいたなんてね!」
メリルは目を丸くした。話の内容よりも、途中からサリーが語尾を伸ばすことなく、逆に語気鋭くスラスラと話し出したことに驚いたのだ。それだけ、サリーが真剣に怒っているのだ。
「サ、サリー?」
「あっと……ごめ~ん。ほら~、あたしん家は魔導工房を経営してるから、ついね~。今の魔導工学の発展は、数多くの先人たちが努力と研究を重ね築き上げたものよ~。それを馬鹿にされてるような気がしてさ~」
サリーが照れくさそうに笑う。
「で、どこまで話たっけ~」
「マレー先生が、古代文明の信奉者って」
「そうそう~。で、この公園には、その古代文明の遺跡があるって言われてるのよ~。まぁ、眉唾な話だけどさ~」
「あぁ、その話なら私も聞いた事がある。あれでしょう、『巨人の腰掛け』とか言われている場所でしょう」
広大な公園の一角に、都民から『巨人の腰掛け』と呼ばれる場所があった。それは、樹齢が何年なのかも分からないような大樹の痕跡。かつてはまるで巨城の如く、その威容を誇っていたのだろうと想像できるほどのもの。しかし今はもう、その痕跡しか残っていないのだ。もはや大部分は朽ち果て、ひと抱えはありそうな数本の根と半切り株状に残された大樹の一部分のみが残されていた。その見た目はまるで巨大な椅子。その様子から『巨人の腰掛け』と呼ばれ、しかもその周囲には、明らかに人工物だと思われる四角く切り出された巨石がゴロゴロと転がっているのである。そのことからここには大昔、祭祀場があったのではと言われているのだった。
「だからね〜。マレー先生もそこで何かをするつもりなのかな〜と、あたしは思ったのよ〜」
「それって危険な事は――」
メリルがそこまで言った時だった。
――カーンカーンカーン!
間延びした鐘の音が聞こえてきた。それは、帝都の中央に聳える時計台から響く、時刻を知らせるための鐘の音。この鐘もまた魔導具の一種なのである。風魔法の力を借りて、帝都中に鐘の音を届かせていた。
「いけな〜い。もう九時よ〜。授業が始まるわよ〜」
「お嬢様、急ぎましょう!」
さすがに遅刻はまずいと、三人は走り出す。
「でも、サリーはよく参加する気になったわね」
メリルは走りながら、サリーに問いかける。さっき、あれほど怒っていたサリーの姿を見たからだ。
「だって〜。あたしにも評価Aは魅力だし〜!」
どうやらサリーの成績も、それほど良いとはいえないようだ。メリルはくすりと笑って、後は集合場所に向かって一目散に走るのだった。
◇
そこは『戦勝記念公園』内の一角。計画されて植樹された、整然と並ぶ樹林を抜けた先に、その小屋はあった。合板を組み立てただけの簡易工法で建てられた小さな小屋だった。入り口には『公園管理事務所』と書かれた看板が掛けられ、近くには大型のゴーレム車が停車していた。
周囲は静かなもので、ゴーレム車が停まっている以外は何も不自然なものは感じられない。が、ただひとつ普段と違った違和感があった。それは濃密な血臭が漂っていたのである。
そして小屋の中では――窓の雨戸まで閉めきった薄暗がりの中で、数人の男たちが息をひそめていた。
「それで、計画通りなのだろうな」
頬に傷のある男が、感情のこもらぬ低い声でたずねた。
「……あぁ」
返事をした男は、床にべっとり張り付いた血糊を見て、ごくりと喉を鳴らす。
「さっきここに来る途中で青を見かけたが、白もいるのだろうな」
「いや、それは……」
「なに! 約束では白も集めると言っただろう」
「ぼ、募集しただけで、集まってるかどうかまでは、はっきりとは……」
「ちっ、使えない奴だ。支払った金の分だけは、しっかりと仕事をしろ!」
頬に傷のある男が声を荒げると、周りにいた男たちが答えていた男を取り囲んだ。
「ひぃ……」
「まぁ良い。青でも盾ぐらいには使えるだろう。それより、本当にそこには魔導装置が有るのだろうなあ」
「そ、それは間違いない。魔力分布の統計と計算の結果、あそこに何かがあるはずなのだ」
「ふん、それが嘘っぱちだった時は分かってるだろうな」
「た、確かだ」
と、その時、間延びした鐘の音が鳴り響いた。
「どうやら時間のようだ。皆、段取りは分かってるな」
周囲の男たちが無言で頷く。
「お前も分かってるな」
「あぁ……わ、分かっているとも」
「よし、今からショータイムの始まりだ」
頬に傷のある男が合図をすると、男たちが円陣を組んだ。
そして――
「我らダナンに栄光を! そして帝国に死を!」
薄暗い小屋の中に、輪になった男たちの唱和する声が響くのであった。