◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (4)
メリルとアンジェラの二人が向かっているのは、『戦勝記念公園』と呼ばれる場所だった。
『戦勝記念公園』とは、三百年前にカインツ帝国が、この北メガリア大陸を統一した記念に設けられた緑地公園。昨今、発展と共に緑が失われつつある帝都内では、都民の憩いの場として人気のスポットでもあった。魔導列車の駅舎から出ると、目の前には幅広の幹線道路が横切っている。それを渡った所が、『戦勝記念公園』の入り口となっていたのだ。
メリルたちが、その幹線道路を横切ろうとしていると、聞き覚えのある声が背後から聞こえてきた。
「やっほう、メリルちゃん! おっはよう~!」
振り返ると、そこには良く知っている少女が――茶色い髪をボブショートに切り揃え、ツンとちょっと上を向いた鼻の周りには、小さなそばかすが散りばめられている。本人は気にしているかも知れないが、それを感じさせない活発そうな満面の笑顔を浮かべていた。そこにいたのは、同じクラスのサリー・クライン。美人というよりかは、可愛らしい感じの少女だった。
「あぁ、おはようサリー」
「アンジーちゃんも、おっはよう~!」
お互い挨拶を交わすものの、アンジェラだけは別の方向を向いたまま無表情だ。
「アンジーちゃんは、相変わらずだね〜」
「……時間さえかければ、きっといつかは……」
メリルの返事の最後は、消え入るように小さくなっていく。が、直ぐに笑みを浮かべて話題を切り替えた。
「それより、サリーも今の魔導列車で来たの?」
「ん、違うよ。あたしん家は、この近所だから」
「そうなの?」
「そうそう。このすぐ近くには工房団地とか呼ばれる場所があってね〜。あたしん家も、その中に有るんだよ〜」
「あぁ、家が魔導工房を経営してるとか言ってたわね」
メリルは、入学式の後にあったクラスでの初めての顔合わせで、サリーがそんな自己紹介をしていたのを思い出した。
「そうだよ〜。ちっさい工房だけどね〜。ちょうど、この駅舎の向こう側に有るから、魔導具が必要な時は寄ってね〜」
ちゃっかりと自分の家の宣伝をしながらぺこりと頭を下げる。そんなサリーに、さすがは商人の娘ねとメリルは苦笑いを浮かべた。
しかし、直ぐにサリーの顔には、にやにやとした笑いが張り付いた。
「何?」
「だから、あたしは駅舎の中を通って此方に来たんだよ〜。で、さっきから二人を眺めてわけ~」
「え……まさか」
「そ、さっきは派手に転んでたね~」
メリルが「あちゃー」といった様子で顔をしかめる。
「転ぶ時も一緒とかさ、ホントにお二人は仲良しさんだ〜」
と、大笑いするサリーに、ムッとした表情を浮かべるメリル。それでも構わずサリーは続ける。
「でも、スカート下のショーツまで、二人一緒のものをはいてるとは思わなかったよ〜」
「なっ……見えてた?」
「そ、ばっちり〜!」
と言ってまた大笑いするサリー。
これにはメリルも耳まで真っ赤になり、憮然とした表情を浮かべると、サリーを無視して歩き出した。
「何なに、怒ったの〜。ごめんごめん〜」
サリーが謝りながら追いかけるも、メリルはプイッと横を向く。
「だから、ごめんってば〜。ホントにメリルは真面目さんなんだから〜。あっでも、普段は勝ち気で真面目さんが、実はかなりの恥ずかしがりやさんとか、なんだか萌える〜」
とか言って今度はひとり悶えるサリーだった。それを眺めたメリルは、呆れるように言う。
「ささ、お嬢様、あのような馬鹿は相手にせず、さっさと行きましょう」
「ちょっ、待ってよ〜」
と、その時。
――キキイィィィ!
幹線道路に甲高い音が響き渡る。
彼女らを掠めるようにして、大型のゴーレム車が通り過ぎて行ったのだ。
元来ゴーレムは、土や石などで作成された人型を、魔力を用いて動かす兵器。主に戦場などで運用されていたが、それをゴーレム理論として発展させ、魔導工学と組み合わせて開発されたのがゴーレム車なのである。内部に据えられたゴーレム機関を動力とし、魔力によって車体下部に設置された四つの車輪を回転させて走るのである。今では一般向けの小型ゴーレム車も販売されていて、都内からは馬車などといった、風情ある前時代的な移動手段も姿を消しつつあった。とはいっても、その値段はまだまだ高額であり、余程の裕福な者か貴族階級に属する者しか手に入れるのは難しい。一般の都民にとって、ゴーレム車とは未だ高嶺の花なのである。
そのゴーレム車と三人はぶつかりそうになり、危うく事故になる所だった。馬車の数十倍は駆動力があるゴーレム車。まともにぶつかれば、大惨事になる所だったのだ。
「ちょっと〜! 危ないじゃない〜!」
メリルはアンジェラを庇うため覆い被さり、サリーは腰に手を当て怒鳴り声を上げていた。
大型のゴーレム車は、そんな三人を気にする事もなく、目の前で大きく右に曲がり公園内へと入って行った。
「何あれ、信じられない〜」
ぷんすか腹を立て怒るサリーの横で、メリルはアンジェラの無事を確かめながら声をかける。
「あのゴーレム車……公園内に入って行ったけど、確か公園は進入禁止だったはず」
「ん〜、もしかしたら、今のゴーレム車はマレー先生が呼んだのかもね〜」
「マレー先生が?」
「そ、噂だとマレー先生はかなりの実験好きらしいよ〜」
「そうなの?」
「そ、だから今のゴーレム車には、今回の野外授業で使う実験用の機材が積んでたのかもね〜」
「実験ねぇ……」
サリーの実験との言葉に、今一つぴんとこないメリル。アンジェラと手を繋いだまま、ゴーレム車が走り去った公園ゲートの向こう側を、目を細めて見詰めていた。