◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (29)
「ざけんなョ。俺が戻って来るまで、残しておけって言っただろ!」
「おやおや、ちょうど良かったかも知れませんね。マシュー君がいれば、この現場はもっと荒れていたでしょうから」
「なんだとう!」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて下さい。僕達も駆け付けたときにはもう終わっていましたから、マシューさんもそう怒らないで下さいよ」
角突き合わせていがみ合うのは、生徒会庶務長のマシューと会計監査長のスコット。マシューは制服をだらしなく着崩し、少し斜に構えて不満を口にする。スコットは眼鏡を押し上げ、レンズの向こう側にある瞳で冷たく嘲笑う。
そんな二人を狼狽えつつ宥めるのも、いつもと同じ風紀管理部部長のロブだ。相変わらずの生徒会役員の三人なのである。
彼ら三人が立ち話をしている噴水広場の周囲では、そこへ至る遊歩道や木々の間に立入禁止のテープが張られている。その周りでは治安局の制服に身をかためた大勢の兵が、火杖を構えて辺りを警戒していた。それ以外にも、噴水の側に集められていた学園の生徒を、治安局の人が簡単な事情聴取などを行っている。その後で、報せを聞いて駆け付けた親へと、生徒たちは順番に引き渡されているのだ。
それら慌ただしく騒がしい多くの人々の中でも、三人は一際目立っていた。貴族家の証である純白の制服を身に着けているのだから、皆が失礼にならない程度には、見るともなしに意識していた。
そんな周囲の雰囲気にロブが気付き、急にそわそわと落ち着きがなくなった。
「ほらぁ、皆の注目を浴びてますよ。二人共、ケンカは止めて下さい……もう、顔を合わす度に……」
「別に、わたしはケンカをする積りはないですよ。マシュー君の、日頃の態度や言動に注意を与えているだけです」
呆れるロブに、生徒会役員として当然の事をしていると言うスコット。それを聞いたマシューが「ふん」と鼻を鳴らし、これ見よがしに両手をズボンのポケットへ入れて、更に見た目の態度を悪くする。
「それならよォ。もう事件も解決したんだから、俺たちは帰っても良いだろう」
マシューが表情を歪め気だるそうに言う。その態度に眉をひそめたスコットが答える。
「別に、帰っても良いですけど。今回は帝国を揺るがしかねない事件だっただけに、例え貴族家の者といえど逃げるように帰れば、関係を疑われて必ず罰を受ける事でしょうね。あぁ、マシュー君の場合は、その方が良いかも知れませんね。何処かに閉じ込められ、その性格も叩き直されるかもしれませんから。それに学園も、静かで過ごしやすい場所になる事でしょうしね」
「逃げるって……ち、ホントに嫌味な野郎だ」
睨みつけるマシューを、スコットが涼しい顔で受け止めていた。
評価Aを餌に集められた生徒は被害者であり、今回の事件への関わりも薄いため、簡単な事情聴取のみで帰されていた。だが、多少でも関わりのある生徒会の面々はそうもいかない。会長に至っては、事件の中心にいたのだ。はいそうですかと、直ぐに帰す訳にもいかない。それに、事情が分かるにつれ事件のあまりの大きさに、最初に駆け付けた責任者では判断がつかないと青くなったのである。
慌てて治安局の上の人間を呼びに行かし、その間にも生徒の親が駆け付けたりと、現場は混乱した酷い状況になっていたのだ。
また睨み合う二人に呆れつつも、ロブがぼそりと呟く。
「でも、今回の事件にはおかしな点も多いです……」
その呟きに、スコットが眼鏡を押し上げ、少し考えた後に相槌を打つ。
「そうですね……あの突如現れた光の柱には驚きました。それに樹林の中に潜んでいた犯人の一味も、途中から妙な具合になっていましたね」
「妙なんてもんじゃないですよ。僕たちの放つ魔法が、全く効かなくなったんですから……」
スコットとロブの二人は、管理事務所周辺を警戒していた風紀委員と合流した後、樹林に潜むテロリストを掃討しつつこの噴水広場を目指した。だが、途中までは問題なく進むも、後少しの所で様相が一変したのだ。幾ら魔法を放とうが、或いは殴り倒しても直ぐに起き上がってくる。突然、相手が粘り強く頑強に抵抗しだしたのである。その様子は――。
「まるで不死身の怪物を相手にしているみたいで、本当に恐ろしかったですよ」
ロブが、ぶるりと体を奮わせた。
「不死身?」
マシューが、えっと驚く表情をする。治安局の先遣隊を案内してきた時には、戦意も喪失して逃げ出してきた少数のテロリストを捕獲する程度で、マシューが活躍する場はひとつもなかったのだ。普段はいがみ合うも、スコットの実力自体は認めている。そしてロブもいざとなれば、いつもと違う性格へと豹変する事も知っていた。その二人が、首を捻って今回は妙だと言うのである。ロブに至っては、相手は不死身だったとまで言う。だから不思議に思い、その反面、自分が戦いに殆ど関わっていなかった事が腹立たしく、不機嫌になってしまうのである。
「ち、いつまでやってんだか、早くしろよなァ」
面倒くさそうに言うマシューの視線が、『巨人の腰掛け』と呼ばれる場所へと向けられた。それに釣られてスコットとロブも視線を向ける。
そこでは治安局の人間に囲まれ、説明をする会長のアレクやスティーブン、それにフレイの姿も見えた。
その中にはアンジェラの姿もあったが、彼ら三人には認識もされていなかったのである。
次回で一章の終わりです。