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聖女さまは戦闘職をご希望です。  作者: 飛狼
第一章 聖女覚醒
29/35

◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (28)

遅くなりました。

いつもより少し増量。

「やはり……通用しないか」


 青くなるトッドの横で、エースがしかめた顔で呟いた。

 この魔導機兵に装備されていた連装重火弾砲を防がれ、トッドは絶句していたが、エースにはそんな気がしていたのである。先ほどまでの僅かな時間で、数々の奇跡のような現象や魔法を見せられたのだ。すでにエースの中では、どのような方法を使ったのかは知らないが、防御されることも想定済みだった。

 いわば、今の火弾砲は陽動。今から行おうとする攻撃こそ本番だった。


「トッド、しっかりしろ! まだ負けた訳でもない。次は、光子次元刀ライトサーベルの用意だ!」


 トッドが青くなった顔のまま頷くと、震える指をスイッチ類に伸ばした。

 魔導砲が遠距離での切り札であるなら、光子次元刀ライトサーベルは空間魔法を利用した近距離での切り札。その威力は凄まじく、その場にある空間ごと対象物を切り裂くのである。いかなる魔法であろうと、防御することすら困難なのだ。


「さすがにこいつは防げまい」


 水晶パネルの画面に映し出されるアンジェラの姿を見据え、エースは憎々しげに呟くのだった。



 アンジェラの側にいたメリルとサリーの二人は、ホッとしたのも束の間で、またしても驚きの声をあげることとなった。何故なら、目の前に迫った魔導機兵の両手首の先から、光の筋が伸びていくからだった。

 瞬く間にそれは、二振りの巨大な光の剣へと姿を変えたのだ。

 そしてそれを見たアンジェラも、今度ばかりは驚きの声を出した。


「あれは……まさか、聖剣?」

「違うよ。あれは、光子次元刀ライトサーベルで――」


 サリーがまた解説をするも、アンジェラは聞いていなかった。それほど驚いていたのだ。

 聖国時代には魔法戦での劣勢を挽回するため、対魔人用に多くの聖剣が鍛えられていた。魔人は異相空間とも言うべき魔界と、この世界とのふたつの空間に同時に存在していたため、通常の魔法戦ではその防御を打ち破る事が出来なかったのである。そこで生み出されたのが、聖属性に空間魔法を応用した聖剣なのだ。空間そのものを切り裂き、ふたつの世界に存在する本体を同時に滅ぼすのである。

 その聖剣と、今目の前で魔導機兵が両手に持つ輝く剣は、その聖なる輝きも漂い出る聖気までもが瓜二つ。いや、アンジェラのよく知る聖剣そのものだったのだ。


 アンジェラが形の良い眉を僅かにひそめた。


「あれは、少しばかりまずいかも知れませんわ。メリルもサリーも、わたくしの後ろへとお下がりなさい」

「お嬢さま?」

「え〜?」


 表情こそ微笑んだままだが、アンジェラの声には有無を言わさない強い意志が含まれていた。それを感じ取った二人が、思わず顔を見合わせる。


「でも、お二人ともご安心なさって。今からわたくしの本気の無敵魔法をお見せしますわ!」


 そう言うとアンジェラは、背後の聖樹にちらりと視線を送る。


 ――ごめんなさいね、聖樹さん。この場での争いが禁忌タブーなのはわたくしも知っています。ですが今回ばかりは、少しだけ目をつぶっていて下さいね。


 アンジェラにすれば、今までは『聖地不殺の魔法陣』の下では、誰も傷付く事もなかった。いや、誰も傷付けさせない自信があったのだ。だから、皆の魔力や体力が尽き果て、自然と争いが止むのを待っているだけで良かった。

 しかし、目の前に迫る魔導機兵の持つ光の剣を目にしては、それを看過する事も出来ず動く決意をしたのである。


「ここは、わたくしが大切にしていた場所。これ以上の狼藉は許しませんのよ」

 

 と、高らかに宣言して前に出たアンジェラに、光子次元刀ライトサーベルが頭上から振り下ろされる。


「無駄ですわ! 聖剣とは、明らかに似て非なるもの。それには、わたくしの加護でもある刻印が刻まれていないのですから!」


 叫びながら、アンジェラの指先が宙に何か文字のようなものを描く。

 と、その時。

 アンジェラへと迫る光子次元刀ライトサーベルが結界に触れた途端に、今まで透明だった結界が一際激しく輝いた。すると、光子次元刀ライトサーベルは音もなくフッと掻き消えたのだ。続けて横薙ぎに振るわれたもう一本の光子次元刀ライトサーベルも同じく、結界に触れた瞬間に消え失せたのである。

 誰も気付かなかっただろうが、アンジェラが指を動かした時に、頭上の『聖地不殺の魔法陣』の中に刻まれていた神文の一部が書き換えられていたのだ。

 それによって、本来はこの世界の中だけで展開されていた結界が、隣り合う異相空間にまで広げられていた。そのため、切り裂かれるはずだった空間そのものを保護し、反対に切り裂こうとした光子次元刀ライトサーベルを異相空間の彼方へ消し飛ばしたのである。

 それはアンジェラが指先をちょこっと動かしただけの簡単なものにも見えるが、実際は極めて精細で困難な作業が伴っていた。下手をすると、自分の体が消し飛ぶかも知れないほど。或いは、以前の聖女ラナイア時代のままでは、これほど短時間に再構築する事は出来なかっただろう。それほどの事なのだ。アンジェラの意識下に封じられ、ひたすらか細い魔力を引き寄せていた経験が生きたのである。今のアンジェラは以前よりも増して、精細に魔力を扱えるようになっていた。


「ですから無駄と……あ!」


 しかし、得意気だったアンジェラの言葉は、途中で悲鳴へと変わった。

 突進して来る魔導機兵に、勢いそのままに弾き飛ばされてしまったからだ

 確かに、魔法によって生み出された光子次元刀ライトサーベルは異相空間へと消し去ったが、物理的な衝撃は結界でまともに受けたのである。

 普通に考えれば、当然の結果。重量も大きさも、魔導機兵とアンジェラとでは十倍近い開きがあるのだ。棒でボールを遠くに飛ばすが如く簡単に弾かれるのは、誰の目にも至極当然の事なのだが――戦闘自体が未経験で大事に育てられていたアンジェラには、それが分かっていなかった。

 そもそもが、それだけの体格差があるにも関わらず、結界が有るとはいえ、真正面からぶつかり合おうと考える方がおかしいのである。もっともアンジェラ自身は無傷で、未だに弾かれたことが理解出来ずに「なぜー」と叫び声が尾を引き飛んでいく。

 と、宙を飛ぶアンジェラの周りに砂の粒子が渦巻き、柔らく受け止めた。その後、ゆっくりと降りてくるアンジェラの体を、抱き止めたのはスティーブンだった。


「あら、これは……だ、駄目ですわ」


 お姫さま抱っこされたアンジェラが、頬を染めて少しはにかんだ。


「あ、いや……大丈夫ですか?」


 それを見たスティーブンが、どもりながらも目を丸くしていた。咄嗟に土魔法を発動させてアンジェラを助けたものの、光子次元刀ライトサーベルの斬撃に魔導機兵の体当たりを受けてなお、全くといって良いほど傷を負っていない事に驚いたからだ。

 とそこへ、


「お嬢さまぁ!」


 焦った様子のメリルが駆け寄って来る。そして「ガルルル」と噛み付きそうな雰囲気で、スティーブンからアンジェラを奪い取った。


「どこも怪我はないですか」

「……だ、大丈夫ですわ」


 いつもと同じように、アンジェラの体を確かめるメリル。当のアンジェラは、さっきはドヤ顔を決めて大口を叩いていただけに、恥ずかしい姿を見られたと、今は照れ隠しに頬を膨らませて口を尖らせていた。


「そこ! まだ戦闘中だぞ!」

「気を緩めるな!」


 若干顔を赤らめぼんやりとするスティーブンに、普段通り甲斐甲斐しく世話を焼くメリルと、それをされるがままに不満顔のアンジェラの三人へ、アレクとフレイの突っ込みが入った。

 そしてサリーはといえば、魔導機兵を指差し叫んでいた。


「あれを見て~!」と。


 その声に促され、皆が視線を向けると――。




 皆がアンジェラに驚くその中で、一番に驚愕していたのは魔導機兵のコクピット内にいた二人だろう。


「ば、馬鹿な……トッド、どういう事だ」


 エースにすれば、信じられない光景を目にしたのだ。

 切り札のひとつでもあった光子次元刀ライトサーベルが、目の前で消え失せたのである。真っ先に考えたのは、トッドが何かの操作をミスしたかとの思いだった。

 しかしトッドは「あり得ない……」と、紙のように白くなった顔色でぶつぶつ呟き、左右に首を振る。完全に心ここにあらずなのである。


「ち、この馬鹿!」


 エースがしかめっ面で舌打ちして、トッドを殴りつけた。トッドが非難の目を向けるも、エースの怒りを含んだ眼差しにぶつかり、直ぐに視線を逸らすのだった。


「だいたい、あの女は何者だ!」

「あの生徒は……あ!」


 そこでようやく、トッドもアンジェラの事を思い出したのである。

 魔力値こそ入学時に特Sを叩き出したものの、周りからはゴーレム姫と揶揄やゆされる女生徒の事を。

 教授会でも話題に上がり、入学当初はその魔力値の高さから教授たちからも期待されていた。だが、蓋を開けてみれば、魂の抜けたようなその姿から教授たちの落胆も大きかった。今では教授たちも、見向きもしなくなっていたのである。

 そのゴーレム姫と呼ばれていた女生徒と、今の華やいだアンジェラとの姿が上手く一致しない。

 困惑の表情を浮かべていたトッドだが、その時にフッとある考えが浮かぶ。

 古代の魔導装置を起動した事によって、同時に古代の悪霊、或いは神霊がアンジェラに憑依したのではないかと。


「ひいぃぃ……直ぐに逃げないと」

「やかましい!」


 途端に悲鳴をあげるトッドを、またしてもエースが殴り付ける。そして、目の前のコントロールパネルに拳をドンと叩きつけた。


「こうなったら、最後の切り札を使うまでだ。トッド、魔導砲の用意だ」

「え……こんな所で使えば、自分たちも――」

「煩い! さっさと用意をしろ」


 またもエースの拳が飛ぶが、それでもトッドは躊躇して動こうとしない。

 魔導砲は威力だけを考慮すれば、今使った光子次元刀ライトサーベルをも遥かに凌駕する。しかしあくまでも、遠距離の対象物を想定した兵器なのである。もし近距離の相手に使えば、自分たちにも被害が及ぶのは当たり前。しかも今は、帝城の障壁を撃ち抜こうとしていたため、かなりの魔力を充填されている。それを目の前にいる相手に使えば、確かに相手は消滅するかも知れないが、自分たちも同じく消滅してしまうのは想像に難くないのだ。


「ええい、もういい! 後は俺がやる! お前は隅で震えていろ!」


 業を煮やしたエースが、トッドを押しのけボタンを押していく。

 すると、コントロールパネル上に、引き金の付いた照準器が迫り上がってきた。

 

「俺たちにはもう後がない。どのみち捕まって処刑されるなら、全員を道連れにしてやる。全ての魔力を注ぎ込めば、あの女も……は、はははは」


 震えるトッドの横で、エースの狂気に満ちた笑い声がコクピット内に響き渡った。




 ――キュイィィィィン。


 甲高い音を鳴らし、魔導砲の砲身に光の粒子が集まっていく。

 アンジェラたちが見つめる先で、魔導機兵が地に伏し腹ばいになっている。その背中に設置されていた魔導砲の砲身は、明らかにアンジェラへと向けられていた。


「まさか、ここで魔導砲を使う積りか……」


 アレクが愕然として、ゴーレム車に目を向けると、その周りに集まっていたテロリストたちも慌てているのが目に入った。そのことからも、エース独断の暴走だと手に取るように分かる。しかしそれは、脅しでは無いことをも意味する。

 もし魔導砲をこの地に向かって放てば公園そのもの、或いはそれ以上の被害をもたらすのだ。

 アレクは焦りが色濃く表れると共に、今までの出来事から自然とアンジェラへと注目する。それは他の者も、同じであった。


「皆さま、ご安心を。今渡こそ、わたくしの素敵に無敵な魔法で完璧に防いで見せますわ!」


 にっこりと微笑み、自信たっぶりに言い放つアンジェラだったが、また内心では冷や汗を流していた。

 自分の見知らぬ魔導機兵と呼ばれる兵器に、賢者や魔人を彷彿させる魔法。それに聖剣擬きに、今度はこれである。

 魔導機兵に蓄えられていた魔力は、地脈から汲み上げた純粋な魔素を魔力へと昇華させたもの。自然界に漂う不純物を含んだ魔力とは、明確に質が違うのである。

 そして、アンジェラのよく知っている魔力の気配だからこそ、その危険もまた知り尽くしているのだ。

 同じ魔力量でも、地脈から汲み出した魔力は通常の数倍、時には数十倍も世界に与える影響力を持つ。はっきりといえば、その魔力を使った魔法威力も、それに比例して数十倍へと高まるのだ。

 だから、皆を安心させる言葉を口にするも、本当のアンジェラは焦っていた。

 かつて祈りの間と呼ばれていたこの場所が完全に機能していれば、例え邪神であろうと跳ね返す自信はある。しかし今はかなめである聖結晶もなく、五芒星の魔方陣も崩れて完全からは程遠い。かつての万分の一も地脈の力を使えないのだ。果たして今の自分でも防げるのだろうかと、少しは不安になるのも不思議はなかった。

 しかしただ一点、昔のラナイアと今のアンジェラとの違いがあった。それがさっき聖剣擬きを異相空間に消し飛ばした時に気付いた、魔力を制御する能力の格段の進歩だった。

 だから、アンジェラは聖樹を介して地脈へと手を伸ばす。必ず制御して見せると。


 ――聖樹よ、お願い。もう一度だけ力を貸して下さい。


 アンジェラの願いに応えるかのように、聖樹が枯れた表皮をぱらぱらと落として、微かな振動を繰り返す。その様子はまるで、アンジェラのために精一杯の力を貸そうと、踏ん張っているかに見えた。


「カケマクモカシコキミムスビノ――」


 アンジェラが舌の上で祝詞のりとを転がし始めると、周囲の空気が一変し、張り詰めたおごそかな雰囲気が漂い出した。

 戦闘向きの技術や魔法を習得したことのないアンジェラが、唯一使う事の出来る攻防が一体となった魔法を使おうとしていたのだ。

 高まる緊張感に、アレクたちがごくりと喉を鳴らす。

 すると、腹這いになっていた魔導機兵の足下の大地に、神文が刻まれた魔法陣が浮き出る。そしてそれは、頭上直ぐの中空にももうひとつ。上下二枚の魔法陣が魔導機兵を挟んで構築されたのである。

 だが、魔導砲から響いていた甲高い音が最高潮に達し、遂に魔力が渦を巻いて砲弾を吐き出した。

 それを見た皆の口からは、一斉に悲鳴がもれる。

 が、同時に二枚の魔法陣から光が放たれ、白濁とした半透明の膜で魔導機兵を包み込んだ。

 アンジェラの魔法がぎりぎりで間に合ったのだ。そして吐息と共に、高らかに叫ぶ。


「【結界陣反転 絶】!」


 途端に、魔導砲から魔力弾を放ったはずの魔導機兵が、本体内部に向かってくしゃりと崩れていく。

 【結界陣反転 絶】は、魔法のことわりを反転させる魔法。本来は外部からの攻撃を跳ね返すはずの結界魔法を、逆に内部に向かって作用させるのである。 

 皆が唖然とする中で、魔導機兵がめきりめきりと紙細工が潰れるが如く、音を鳴らして内部に向かって崩壊していく。その巨大な体積を、見る間に小さくしていくのだ。

 そのコクピット内では、エースとトッドが断末魔の叫びをあげていた。

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