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聖女さまは戦闘職をご希望です。  作者: 飛狼
第一章 聖女覚醒
26/35

◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (25)

「どけ!」


 荒々しい声でトッドを押し退け、エースが座席に腰掛けた。

 持ち込んでいた魔導機兵は、元々が一人乗り用に設計されている機体。そのコクピット内は、当然のように狭い。

 すぐ横の壁に、へばりつくように押し付けられ、トッドの顔色は青くなっていた。


「……や、約束で――」

「黙れ!」


 口を開きかけたトッドを、エースは殺気混じりの視線でぴしゃりと撥ね付け黙らせる。


「ここで捕まれば、お前も内乱罪で処刑されるぞ。もう俺たちに最後まで付き合うしかない」

「そ、そんなぁ……」


 情けない表情を浮かべたトッドは、ここにきてようやく自分の引き起こした事の重大さを覚り、微かに体を震わせていた。

 トッドにすれば、元からエースたちの過激思想に共鳴して手伝った訳ではなかった。長年に渡るマレー教授からのパワハラに耐えきれずにいたところに、エースに儲け話があると持ちかけられたのだ。教授への意趣返しができる上に、一生遊んで暮らせる金が転がり込んでくると聞き、一も二もなく飛び付いたのである。

 依頼されたのは、教授への仲介及びこの場へと引き入れること。それと持ち込んだ魔導機兵の点検と、起動準備までがトッドの仕事だった。

 本来であれば今頃はもう、この場から脱出して飛行船の発着場へと向かっていたはずだった。そして、エースたちが帝城を破壊し帝都が混乱する頃は、用意されていた偽造旅券を使って、南大陸へと向かう洋上を飛んでいる予定だったのである。その後は帝国の力も及ばない南大陸で、悠々自適に遊んで暮らす、そんな夢をいだいていた。

 それら自分が思い描いていた計画が全て瓦解したと覚ったトッドは、コクピットの隅で青くなり体を震わせるしかなかったのである。


「もう後戻りもできない。お前も覚悟を決めろ!」

「……あああぁ」


 覚悟を決めろと言われても、トッドにはエースたちのような主義主張もなければ、最初から命をかける気持ちなどもひと欠片もないのだ。

 トッドは狭いコクピット内の隅で、今更ながら後悔を滲ませた悲痛の声を上げるのであった。

 そこへ、エースが悪魔のように囁くのである。


「だが、まだチャンスはあるぞ」

「……えっ?」


 俯き震えていたトッドが、エースの言葉に顔をもちあげた。


「トッド、お前が関与していたと知る生徒さえ抹殺すれば、後は逃げるなり、自分は関係ないと言い逃れする事も可能だ」

「生徒を……」

「そうだ。だから俺を手伝え。こいつを動かして、やつら学園の生徒どもを殲滅するのだ」


 エースが頬の傷をひきつらせ、凄みのある笑みを浮かべた。


 中には複数人で操る機体もあるが、エースたちが持ち込んだ魔導機兵は一人乗り用の機体だった。それなのに、トッドにも手伝わせようとするのには訳があった。

 帝国では魔導機兵のパイロットを養成するのに習熟訓練期間を一年と定め、その才ありと選ばれた者のみが過酷な訓練を行うのである。それほど困難であり、誰もが簡単に操縦できるものではないのだ。

 エースも一応の操縦方法は頭に叩き込んではいるが、訓練する時間的余裕もなかった。というより、訓練を行う場所すら無かったのである。下手に訓練をし、それが誰かの目にでも触れようものなら、直ぐにも治安局の知ることとなり兵が殺到しただろう。

 だからエースも、自分ひとりで魔導機兵を操るのに、一抹の不安があったのだ。

 そこでトッドの出番なのである。

 教授の助手を長年に渡り務めるものの、元々は魔導科学の研究者。他の教授の下で学んでいれば、もしかすると名を成していたかも知れないと思えるほど優秀だった。それもあって、不満が暴発するほど蓄積されていたのだが。

 トッド自身は知らなかったが、エースの本来の計画でも最後まで手伝わせる積もりだったのである。最初から、トッドの思い描いていた夢などなかったのだ。


 少し希望が持てたからか、トッドの強張っていた顔が僅かに明るくなった。それを見たエースがにやりと笑う。


「それで、魔力はどれほど充填できた」


 尋ねながらエースは、操縦用のヘルメットを被り、目の前のコントロールパネルにあるスイッチ類を、パチリパチリと次々にオンへと切り替えていく。


「かなりの量は確保できたが、やはり帝城の障壁を魔導砲で撃ち抜くには少し足りないと思う」


 すぐ横で、計器類をチェックしていたトッドが答える。その表情からは、さっきまでの怯えや迷いはもはや消えていた。


「そうか……帝城や帝都の事はもう後回しだ。先ずはこいつらを――」


 エースが頭上にあるボタンを押すと、ブンと音を鳴らして周囲の水晶パネルに光が灯る。その画面に映し出されるのは、未だ争いの真っ最中であるアレクやテロリストたち。コクピット内に、全方向に渡りぐるりと外の様子が映し出されていた。


「――全て、皆殺しにしてやる」


 エースの瞳が、映し出されるアレクたち――いや、その背後に立つアンジェラの姿を捉えてギラリと光る。

 もはやエースの頭からは、帝城の事も、帝国打倒の大義すら吹き飛んでいた。今は全ての計画を台無しにした女生徒、妙な魔法を使うアンジェラ憎しにり固まっていたのである。


 実のところ、エースもまたある意味ではトッドと同じだった。

 トッドが教授に不満を抱えていたように、エースもまた、帝国に対して耐え難いほどの不満を抱えていたのである。

 エースが所属する『ダナン解放戦線』は、帝国内のダナン州と呼ばれる地方を解放するのを目的とした地下組織だった。元々ダナンの地は、遊牧民が緩やかに支配する平和な土地。それを武力でもって、強引に併合したのが帝国だった。

 だが、それは三百年も昔の話なのだ。

 しかし、未だに元からいたダナンの民への、差別迫害が続いていた。

 というのも、ダナンの民は他の民族と違う身体的な特徴があったからでもある。

 それは尻尾。ダナンの民は生まれながらに、尻尾を有していたのである。だから生粋の帝国の民からは、一段階下の民族として『有尾人』と馬鹿にされ蔑まされ続けてきたのだ。

 帝国の融合政策の進んだ今でも、その差別は更に増した酷いものへと変わっていた。

 世代を重ね混血化も進み、今では生まれた時から尻尾を有している者も少ない。現にエースも尻尾のない世代だった。しかも、魔導に関しては他の者よりも優れていた。それでも出生がダナンの血筋だと分かると、途端に酷い差別をうけ、まともな職にもありつけない有様なのだ。

 いつしかその哀しみは憎しみへと変わり、帝国そのものへと向けられていた。だから、『ダナン解放戦線』へとその身を投じたのである。組織に入ってみれば、周りはみな同じような境遇の者ばかりだった。そして、今回の計画に参加したのである。

 エースから見れば、何不自由なく魔導学園に通う生徒は、自分とは真逆の存在。もっとも憎むべき存在でもあったのである。


「くくく、皆殺しにしてやる。あの女も、膨大な魔力を溜め込んだ魔導機兵には敵うまい」


 エースの表情に、暗い笑みが広がる。


 排気口から、プシュー と圧縮された空気が吐き出され、金属の摩擦が奏でる駆動音を響かせ魔導機兵が動き出す。その背後には、エースの暗い憎しみの炎が燃え上がるのも見えるようであった。


 だが、エースはここでまた、計算違いをしていたのだ。アンジェラの力を見誤っていたのである。

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