◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (24)
陽光の照り返しに、刃がギラギラとした禍々しい輝きを放つ。
テロリストたち全員が、懐からナイフを取り出し構えたのだ。
エースたちテロリストにとって幸いだったのは、強化系の魔法は打ち消されていないことだった。だから直接的に相手をねじ伏せる、肉弾戦を仕掛ける積りなのである。
「あの女が元凶だぁ! 抹殺しろぉ!」
エースの号令にテロリストたちが、アンジェラへと殺到する。
が、アンジェラの前には、アレク、メリル、サリーの三人が立ち塞がった。
「僕も貴族の嗜みとして、それなりに戦闘訓練も受けている。例え魔法が使えなくても、君たちのような犯罪者には遅れはとらない!」
「お嬢さま、お下がり下さい。ここは私にお任せを!」
「あたしも〜、爺ちゃんの客に色々と教えてもらってるからね〜。簡単には負けないよ〜」
アレクは軽い足取りで上体を立て、胸の前で両拳を構えるアップライトスタイル。メリルは腰を落とし、体を半身に開き待ちの体勢。サリーはどこから取り出したのか、指貫グローブを両手に嵌めて拳を打ち鳴らす。
三人の中で真っ先に動いたのは、意外にもサリーだった。
「先手必勝〜」
と、するすると足を滑らせ地を這うように移動すると、小柄なのを利用し更に体を沈め、テロリストが振りかざすナイフの下を掻い潜る。低空を飛ぶように駆けていたサリーが、突如飛び上がりその額で男の顎を打ち抜いた。跳ね上がりもげるかのような勢いで頭を後ろへと倒す男。
だが、別の男が横からナイフの切っ先を向けてくる。しかしサリーは慌てる事なく、目の前で仰け反る男の胸を蹴り付け、更に上へと飛び上がりその切っ先を躱す。しかもその男を飛び越え様に、ついでにとばかりに後頭部へと蹴りを入れていた。
「へへ〜、あたしも会長さんに負けず劣らず、実は装身具系の魔導具をたくさん身に着けてるのよ〜!」
サリーが、にへらと得意気な顔をアレクに向けた。
サリーの祖父は隠れた名工と言われる工学士。孫を心配するあまり、これでもかというほど孫を魔導具で強化していたのである。さすがに放出系の魔導具は持たせなかったものの、強化系の魔導具をアレク以上に身に着けていたのだ。
「さすが、ドハル老の孫だけはある。僕も負けていられないな」
これが常に、どこか余裕さえ見せていた理由かと納得し苦笑いで応えるアレク。負けじとサリーの後に続き、テロリストへと突撃する。
こちらはサリーのように重ね掛けで強化し、真っ正面から近接してドカドカと打ち合うスタイルでなく、完全に一撃離脱の戦闘スタイルである。
ダメージが無いと分かっていても、目の前に迫る炎には怯んでしまうものだ。アレクが纏う炎にテロリストたちも一瞬、ギョッと身を竦ませる。しかし戦いに於いては、その一瞬が命取りとなるのである。その隙をついて、アレクの拳が的確に急所を捉え突き刺さる。
そしてメリルもまた、
「アンジェラお嬢さまに降りかかる火の粉は、この私が全て振り払う!」
と、先ほどまでの涙が嘘のように、その表情はきりりと引き締まり常以上に張り切っていた。
十年以上に渡る念願が、遂に叶ったのである。後はもう、アンジェラとお喋りを楽しむだけ。そのためには、目の前の敵を命にかえて排除するのみ。
アンジェラの前に陣取り、群がるテロリストたちを次々と投げ飛ばす。ナイフが突き出されるも、少しも臆する事なく相手の手首を掴み極める。そのまま手首を捻り上げ、軸足一本でくるりと体を回転させて投げを打つ。これらの連続した行程を一瞬で成し遂げるのだ。相手の力を利用した護身術を、メリルは極めていた。テロリストたちは魔導具で速さや力を強化しているだけに、それがそのまま我が身へと跳ね返り激しく地面へと叩き付けられるのだ。
しかもメリルは他の二人と違って、強化系の魔導具もなしに行うのであるから驚きである。武術の天才、いや幼い頃よりたゆまぬ訓練を行っていた賜物なのだ。
魔法が使えないとはいえ、相手は学生が三人だけだと侮っていただけに、その実力の高さにテロリストたちも驚愕していた。
「く、おのれぇ……」
「思っていたより大した事はなかったな」
エースが苦々しい表情を浮かべ、アレクからは余裕の言葉がもれる。
だが、アレクたちの余裕もそこまでだった。
打ち倒され転がっていたはずのテロリストたち――それが、まるで迷宮を徘徊すると噂されるアンデッドの如く、ゆらりと起き上がってくるのだ。
「な、馬鹿な……」
「嘘ぉ……」
「うひゃ〜」
その様子に、今度は三人から驚きの声が上がる。
「あのぅ……ですから、私の無敵魔法の影響化では、如何なる攻撃でも他人を傷付けるのは不可能ですわ」
三人の背後から、申し訳なさそうに声を掛けるアンジェラ。
『聖地不殺の魔法陣』の下では、魔法以外の物理的な攻撃でも人を傷付ける事は不可能だと言いたかったのだが、その声は三人には届かない。
離れた場所からの魔法戦であればいざ知らず、近接しての直に拳での叩き合いである。双方が興奮して、意外と外からの声は聞こえないものなのだ。
「ならば、倒れるまで叩き伏せるのみ」
と、アレクたちが立ち向かっていくと、エースもまた声を荒げる。
「えぇい、何をしている。囲め! 全員で一斉に掛かって動きを封じろ!」
誰も傷付かない、もはや戦闘なのか訓練なのか判断の迷うような争いが続き、混乱の収拾もつかない状態となっていた。
とそこへ、今度は幾筋もの雷が、バリバリと音を鳴らして走り抜けると、テロリストたちに突き刺さる。
「おらおらぁ! 悪即斬……って、あれっ!」
新たに乱入してきたのは、書記長のスティーブンと風紀委員長のフレイヤ。
しかし、放ったはずの雷が、アンジェラの施した結界に吸収され消えて無くなり、フレイヤが愕然としていた。その横では、スティーブンがぺこりと頭を下げ会長へ挨拶をする。
「会長、遅くなりました」
「いや、ちょうど良い所にきた。こいつらが主犯、捕縛すれば全てが解決する」
「了解です」
「あ、待て。言っておくが、ここでは今、魔法が使えない」
素早く要点だけを伝えるアレクに、スティーブンが一瞬だけ眉をひそめるも、直ぐに黙って頷く。
「フレイ! 魔法は禁止だ。近接戦闘で、直接敵を叩き潰すぞ!」
「了解っス」
スティーブンに軽いノリでフレイが応え、二人も乱戦へと参加して混乱は更に大きくなる。
「だから……この聖地での争いは禁忌だと言ってますのに……」
聖樹の前で、ひとり蚊帳の外に置かれたアンジェラが口を尖らす。
しかし実際の所は、メリルやサリーの二人は別にして、アレクだけは『集魔のピアス』のお陰でアンジェラの声も聞こえていた。しかし、この状況の中では対処のしようがない。敵がはいそうですかと、素直に白旗を上げる訳も無いのである。アレクとしてはアンジェラを説得して、テロリストたちだけその防御魔法を外したい所なのだ。が、今はテロリストの対応に追われ、その余裕が無いのである。
だから、争い自体を止めようとしているアンジェラには悪いがと思いつつ、力ずくで相手を捩じ伏せ拘束しようと考えていた。
だがこの時、アンジェラ以外に乱闘から抜け出している者が、もうひとりいた。
テロリストを率いるエースである。
フレイヤが放った雷は誰にも被害を与える事はなかったが、敵味方に関わらずある程度の混乱は与えていた。その隙に、大型ゴーレム車の上に聳え立つ、魔導機兵に向かって走ったのだ。
魔導機兵は帝城破壊への切り札。しかし、古代の魔導装置からの魔力補給を断たれた今は、そう何度も使えるものではない。だから取っておいたのだが、今はもうそんな事を言ってる場合ではないのだ。
膨大な魔力を溜め込んだ魔導機兵を、アンジェラやアレクたちに向けて使う覚悟を決めたエースだった。
「トッド開けろ!」
その声に、魔導機兵の胸部が金属音を響かせて開いていく。それを眺め、にやりと笑うエースであった。