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聖女さまは戦闘職をご希望です。  作者: 飛狼
第一章 聖女覚醒
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◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (23)

わたくしはアンジェラ。モンテグロ男爵家の……アンジェラ以外の何者でもありませんわ」


 メリルの顔を見て落ち着きを取り戻したアンジェラ。しかし途中で少し不安を覚えたのか、確認するようにもう一度メリルをちら見していた。


「そういう意味で聞いた訳では……今は良いか。それより――」


 アンジェラの様子に困惑の度合いを強めるアレクだったが、今はこの状況を打破するのが先かと思い直す。


「――アンジェラ、君はさっき許可なく、他人を傷付けることは出来ないと言っていたが、本当なのか?」

「えぇ本当ですわ。本来この地は世界の根源にも繋がる聖地。よこしまなる想念は悪しき影響を、世界に与えることにも成りかねません。ですから、ここでの争いは避けるべきなのですわ」


 何かを隠しているようにも思えるが、問えば聞いた事も無いような情報がぽろぽろと飛び出てくる。まるで、隠す気も無いようにも見えた。そしてその信じがたい情報も、ただの世迷い事、戯れ事と切って捨てるには、今起きている状況は異常すぎる。どうにも判断がつきかね、アレクもどこまでアンジェラを信じて良いか迷うところなのである。

 もっとも、アンジェラは自分が転生体なのは隠したいが、それ以外の内容には頓着していないのだ。というより聖女として大事に育てられていた彼女は、偽りを語り他人を欺く行為を最も苦手としていた。だから、問われれば正直に答えてしまう。それが態度にも表れ、アレクに妙な印象を与えてしまうのである。


「では、もしかして彼らも、この……まゆのようなもので守られているのか?」


 アレクが、じろりとテロリストたちを睨み付ける。纏う炎がひときわメラメラと燃え上がり、赤く熱した火の粉が辺りにまき散らされた。それは対峙するテロリストたちが、身動ぎして後ずさるほどだった。 


「繭?……あ、わたくしが施した結界のことですわね……えぇ、その通りです。この地で傷付け合い血を流すような行為は、もっとも不浄で忌避すべき行いですから……」


 アンジェラの口調が、途中から力なく弱々しいものへと変わった。アレクの眼差しが、非難するように変化したからだ。

 アンジェラにも、アレクが言いたい事は分かる。自分を取り巻く状況が分からないまま覚醒を果たしたものの、突然に攻撃を受けた。その上に、周囲の光景やメリルの態度を見ても、何が起きているのかは明らか。幾らアンジェラが世間知らずの聖女の転生体であっても、エースを始めとするテロリストたちが悪人であり、自分も含めた周りにいる生徒たちが襲われたのだろうとの想像は容易い。それに聖樹を中心とした魔法陣が壊れたままでの、かつて聖都を覆っていた聖呪結界を起動させた一件もある。アンジェラは平静を装っているが、危うく世界を危機に陥れる所だったのだ。覚醒して直ぐそれに気付き、慌てて結界を解除し、尚且つ周囲に漂う濃密な魔力も中和したのである。

 だからといって元聖女の身としては、この聖域での争いはとても見過ごす事のできない行い。咄嗟に、この場の争いを治めるため、中和する魔力をも利用した大規模な『聖地不殺の魔法陣』を展開したのだった。


 頭上に浮かぶ、アンジェラが構築したと言う魔法陣を、アレクはもう一度ながめる。


「アンジェラ、君が望むなら彼らを傷付けずに無力化するのも可能なのでは?」


 あれほどの大規模な魔法を行使する事ができるのだ。アンジェラの言う事が真実であるならば、傷付けずに捕縛するのも可能なのではとアレクが考えるのも無理はなかった。

 しかし――


「うーん、それは……」


 途端に、アンジェラは難しい顔をする。

 というのも、アンジェラは攻撃魔法に代表されるような、他者に悪影響を与える魔法は不得手なのだ。元々が、大聖堂で大事にされていた聖女。直接的な戦闘技術等を習い覚えた訳もなく、だから彼女が得意なのは絶対的防御のみ。彼女が先ほどから無敵と言っているのも、無効と意味を履き違えての事。いや意味自体は分かっているのだが、幼い頃より無敵の言葉が刷り込まれ、好んでこの無敵のフレーズを事あるごとに口にして、もはや口癖のようになっていたのだ。

 これには訳があって、それは幼い頃に聞いた英雄譚に端を発していた。

 それが無敵のロドリゲスと呼ばれる英雄の魔王退治の話なのである。当時の聖王国の子供たちの間で大流行した話でもあるのだが、その内容は弱き者を助け強き者を挫く、早い話が勧善懲悪のどちらかといえば子供向けのおとぎ話。しかし彼女はその話に深い感銘を受け、後には自分も無敵のロドリゲスのような英雄になりたいと、強い憧れをいだくようになったのである。

 その後は大人へと成長しても、その気持ちを忘れる事もなく、より以上に大きな憧れとなった。それに、彼女にはそれだけの実力も備わっていた。当時はすでに、絶対防御ともいえる結界魔法を身に付けていたからだ。それは例え、邪神の一撃さえも凌ぐと言われる程のものだった。だから、憧れの英雄ロドリゲスを真似て世界を旅しようとするも、聖女となっていた彼女にそれが許される訳もない。当時の世界には現実に邪神と呼ばれる存在がいて、魔の勢力が世界を席巻してからでもある。

 それでも異世界より勇者が召喚され邪神討伐の旅に出た時には、彼女も同行を熱望した。しかしそれも、周りからは懇願するように却下された。彼女は知らなかったが、その時にはすでに民衆からは英雄、いやそれ以上の存在の聖女として慕われていたのである。というのも、彼女の張り巡らす聖都を包む結界は、魔の勢力の侵入を一切許さず、あらゆる干渉も全て跳ね返すほどのもの。もはや光神と並び称され崇められる存在、民衆の心の拠り所となっていたからだ。当然、大聖堂の神官たちどころか、聖都の民衆が彼女を手放すはずがない。彼女のそばだけが、危険が満ちた世界で唯一の安心出来る場所なのだから。そんな理由わけで、神職の者たちだけでなく聖都の民衆からも、よく言えば聖堂内に大事に仕舞い込まれ、悪く言えば押し込まれていたのである。

 だから今生では戦闘技術の能力をも高め、今度こそは英雄と呼ばれる存在になろうと考えていた。だが今はまだ、守るのは得意でもテロリストたちのような者に手を出す方法があまりない。


「素直に降伏して、此方の指示に従って頂けないかしら」


 と、エースたちに問い掛けるぐらいしか、アンジェラは思い付かなかった。だからといって、それにエースが黙って従う訳もない。


「……くっ、魔法が利かないので有れば、他の方法を取るまで」


 エースたちには、アンジェラのそんな事情までは分からない。しかし、目の前で奇跡のような魔法を見せられたばかり。このままでは、簡単に捕縛されると思うのは当然。もはや残されているのは、死をも覚悟の特攻しかないと考えたのだ。

 高まっていた緊張感が、アンジェラの言葉で一気に崩れるのだった。

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