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聖女さまは戦闘職をご希望です。  作者: 飛狼
第一章 聖女覚醒
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◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (15)

 『戦勝記念公園』は、帝国が北大陸を統一した記念に造られたと言われるだけあって、かなりの大きさを有していた。計画されて植林はされているものの、ちょっとした森のようにも見える。網の目状に遊歩道は整備されてはいるが、一旦樹林の中に足を踏み入れると迷いかねない。実際に年に数回は、まだ幼い子供が迷子となり大騒ぎになる事もしばしばなのである。


 樹林の合間を縫い赤い色が流れる。まるで、熱した炎が森を蹂躙していくようだ。

 残像が尾を引き、鋭角な波状に踊る赤。と、突然にその赤い色がぴたりと止まった。そして、豪快な気声が辺りに響き渡る。


「せりゃあぁ! 【雷掌らいしょう】!」

「ぐはっ!」


 樹木の陰に潜んでいた男が、低い呻き声を上げた。男の脇腹に軽く掌打が当たったのだ。それだけで糸の切れた人形のように、くたりと倒れた。

 男を見下ろし笑みを浮かべるのは、風紀委員長のフレイヤ・レヴェン。背中で束ねられた燃えるような赤く長い髪が、風に靡く。緑あふれる樹林の中では、その赤色がよくえ美しい。だが、その鮮やかさは逆に敵の目を引き、よいまとになるのである。

 途端に、ボッボッボッと鈍い音が響く。周囲の空気が焼け、焦げ付いた匂いが充満する。

 フレイヤに殺到するのは、雨あられと降り注いぐ無数の火弾。


「【雷波招来らいはしょうらい】!」


 魔法を発動させる鍵となる言葉キーワードを口にして、胸の前で手のひらを打ち鳴らすフレイヤ。たちまちその手の間には、球形のプラズマが生じた。が、次の瞬間には、それが弾ける。バチッと音を鳴らして周囲に撒き散らされるのは、いかずち。幾閃もの稲妻が走り、全ての火弾を迎撃する。

 これがフレイヤの持つ魔法特性。手の甲から肘の関節まで覆う、特製の手甲型の魔導具を触媒として雷を操るのである。


 一口に魔法といっても、魔力が豊富にあれば使えるというものでもない。魔導具を触媒として行うからには、そこには様々な技術が伴う。対象への照準や魔力の集束、その速度や範囲までを瞬時に計算し組み立てなければいけないのだ。それは扱う魔法の属性によっても異なるため、それこそ数限りなく技法が存在するのである。だから魔導士といえど、複数の属性魔法を扱うのは困難を極めるのだ。

 それが魔法学の常識なのだが――いかずちは複数の属性を操らなければ発動しない。だから、帝国の中でも使い手は限られるである。その中でもフレイヤは、手足のように自由自在に雷を操る希有な存在。触るだけで容易く相手の意識を刈り取り、全身に纏うと瞬発力を数十倍にも引き上げる。

 そこには発動させるまでに複雑な工程が存在するはずなのだが、フレイヤはそれらを直感でやってのけるというのだから驚きなのである。もはや、魔法というより異能に近い。

 因みに、昔は魔法学といえば徒弟制度が主流であった。優れた魔導士が弟子を取り、魔法を発動させる技術を秘伝、奥義と呼び、限られた者にだけ伝えられていた。そのため魔導士の数が圧倒的に足りず、各分野の産業に流入するなど想像も出来ないほどだったのである。そこで帝国が導き出した答えが、魔導学園。設立するまで魔導士協会の反対など紆余曲折はあったが、今では各地に魔導士を育成するための学校が設立されている。現在は徒弟制度そのものも形骸化され、広く門戸は開かれているのだ。かつての秘伝奥義の多くはマニュアル化され、多くの者が魔法学及び魔導工学を学んでいた。ある程度の魔力は必要とされるものの、今では誰もが魔導士、或いは魔導工学士の道へと進めるのである。だからこそ帝国は魔導国家として発展し、北大陸を統一する事が出来たのだ。現在は、そうして魔導士、魔導工学士として巣だった多くの者が各種の産業に進出し、帝国は更なる発展をしようとしているのである。


 火弾が消失した時に発生した煙が晴れると、そこには無傷のフレイヤが立っていた。その口元には不敵な笑みが浮ぶ。

 そこへ、後方から怒鳴り声が届く。


「フレイ! 突出しすぎだ!」


 声を発したのは、スティーブン。右手に持つのは土属性の結晶石が嵌め込まれた魔杖である。

 スティーブンは土属性の魔導具を触媒とするのに特化しているのだ。

 周りには細かい砂の粒子が数多く漂い、時にはそれらが激しく渦を巻き、時には厚い岩盤となりあらゆる攻撃を弾く。物理、魔法を問わずに防ぐ、鉄壁の防御となるのだ。


「フレイさん、あんまり張り切って相手を倒しすぎると、後でマシューさんがへそを曲げますよ」


 スティーブンの背後に隠れ声を出すのは、ロブである。見た目に反して、振るうのは闇属性の魔杖。ここに来るまでに、既に数人の敵を影魔法で倒していた。

 ロブが言うマシューは、今はここにいない。近くの治安局分所へ事情を知らせるためと、応援を呼ぶのに走らされたからなのだ。その際、「駅舎ではフレイに美味しい所を持っていかれたからな。俺が戻るまで敵を殲滅するな!」との言葉を残していった。その言葉を、ロブは気にしていたのだ。もっとも、スティーブンがマシューを走らせたのは、直ぐに誰彼となく張り合って問題を起こすので、今回の戦いから外す意味もあったのだが。


「マシューの事は、気にしなくても良いでしょう」


 そう言って冷笑を浮かべるのは、スコット。彼の右手に握られている短剣が、近くの樹木に突き刺さっている。その短剣から冷気が流れ、樹木を完全に凍らせていた。そして、足元にも凍り付いた敵が転がっていた。

 スコットは冷気を操る氷魔法が得意なのである。右手に持つ短剣が、その触媒となる魔導具だった。

 樹木の上に潜む狙撃手を、樹木ごと凍らせたのである。

 言葉を発しながらも、冷徹な目を周囲に向け敵を索敵していた。


「ごめ〜ん。久し振りに遠慮なく暴れられるから張り切り過ぎたかも、あははは」


 と、反省の色が少しも感じられない声でフレイヤが返事をした時だった。


 ――ドオォン!

 

 轟音と共に、大地が、空が、世界が激しく揺れた。


「な、なんだ、これは!」


 たちまち平衡感覚を失う4人。たまらず、地面に転がった。

 そして暫くして揺れが収まり、立ち上がった彼らは声を失う。

 何故なら、樹葉の隙間から、天にも届く巨大な光の柱が見えていたからだ。


「……なんだあれは?」


 呆然とする4人だったが、真っ先に正気に戻ったのはスティーブンだった。


「あれは『巨人の腰掛け』の辺りか……スコット、マシュー!」

「……あ、私としたことが」

「……え、は、はい」


 スティーブンから声をかけられ、夢から覚めるように気を取り直すスコットとマシュー。


「お前たち二人は管理事務所に向かい、その場にいる風紀委員たちと合流後、周囲の敵を掃討しながらあの光の柱を目指せ!」

「了解した」

「あ、はい。分かりました。でも、スティーブさんとフレイヤさんは?」

「会長が心配だ。俺とフレイは、このまま森を突っ切り、最短であれを目指す!」


 スティーブンが光の柱に目をやり、僅かに顔を歪めた。

次回はいよいよ…………だと良いなぁ。

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