◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (14)
――アンジェラお嬢さまだけでも。
――古代魔法が優れているなんて間違いよ〜。
――生徒全員を救えるのか?
三人がそれぞれそんな事を考えている間に、列は進み前に並ぶ生徒は数人しかいなくなっていた。周りでは魔力が枯渇し、意識を無くした生徒や呆けた表情で地面に転がる生徒が多数。まるで死屍累々な有り様なのである。
と、そこで食い入るように計器を見詰めていたマレー教授が、ふと、顔を上げ列へと目を向けた。
「ほぅ、ゴーゴリ家の御曹子か。我の講義に参加するとは珍しい」
さすがに、真っ白な制服は目立つ。いや、その前から――生徒たちが集まった時から、マレー教授も気付いてはいた。青色の制服が群れる中に、ただひとり真っ白な制服を着た生徒がいるのだ。嫌でも目につく。だが、今までは、あえて無視をしていただけなのである。変に声をかけ、生涯をかけてようやく辿り着いた魔導研究の集大成ともいえる実験を、横から邪魔をされたら敵わないと考えたからでもある。とはいえ、目の前まで来ると知らんふりをする訳にもいかない。
「アレク君、知っていたかね。人が生まれながらに内包する魔力には、個々人それぞれに違いが有ることを」
「何が仰りたいのか、僕には分かりかねますが、教授?」
アレクにしてみれば、テロリストに協力していると思われるマレー教授である。何を言われるかと思っていたら、突然に奇妙な事を言う。実験に先立つ講義で似たような事を言っていたが、この時にこの場で向き合っての会話である。何かを隠す、或いは此方の関心を別の方向へとむけるため、それとも都合の悪い話を逸らすのが目的かと勘繰ってしまう。
「ふむ、分からぬか。やはりアレク君も、現代の魔法学に毒されておるようだのぉ。個々人の魔法属性、いや、この場合は魔力個性とも言うべきか。それこそが、エルロイの魔法文明を解き明かす鍵となる。知っての通り、体内にある魔力を外に向かって放出すると、それはただの無属性の魔力となってしまう。故に、火や風、水などの属性に支配される自然界には、なんら影響を与えることも出来ない。ただ、周りに吸収されるだけなのだ。優秀な会長でもあるアレク君には、今更な魔法学の初歩であるな。しかし、エルロイの民はこう考えていたのだ。では、体内にある間はどうであろうとな。僅かに残されているエルロイに関する文献を調べると、人それぞれに属性より更に細分化れた、魔力個性とも呼ぶべきものに分けられていた節がある。それを無属性に変えることなく、体外へと放出することによって自由自在に魔法を操っていたのだよ。まぁ、それをどのような方法で成し遂げたのかは、我にもまだ分からぬ。だが、この聖地にある魔導装置を動かすことさえ出来れば、その謎もいずれ解き明かす事も可能。この地には、現代の魔法学を大きく進歩させる可能性が秘められているのだよ」
熱い感情のこもった声ではあるが、まるで事実かのように坦々と話すマレー教授の口調は、辺りの空気を重々しくする。
メリルやサリーは、張り詰める空気に、ごくりと喉を鳴らす。だが、相手をするアレクは、呆気に取られるしかなかった。当然だ。此方を警戒して、何かを探ろうとしているのかと思っていたのだから。アレクは作業服の連中も気にしつつ、周囲にも気を配る。何か起きても直ぐに対応出来るように、身構えていた。その中でのマレー教授との直接会話、腹の探りあいが始まるかと気を引き締めていた。それなのに、マレー教授は講義を始めるかのように話し出したのである。もう訳が分からないと、唖然となるしかなかったのだ。
と、そこへ、どうだと言わんばかりに悠然と構えるマレー教授に、助手の声が掛かった。
「先生! 魔導装置ユグドラシルに魔力が通ります!」
「うおお!」
途端に奇声を上げ、もはやアレクの姿もマレー教授の眼中にはない。跳び跳ね駆けていくと、助手の前にある機器に飛び付いた。
「やったぞトッド! 遂に見付けたぞ。起動させる鍵となる魔力の種類と量を……」
「はい、先生。これで……」
トッドは長年に渡りマレー教授に仕えてきた助教授。笑みを浮かべると、マレー教授と共に研究の成果に喜びを分かち合う。
「うむ、思っていた通りだ。これで古代の魔導装置を起動させる事が出来る」
「とうとう、先生の理論が日の目を見ることに……」
喜色満面のマレー教授が、その視線をアレクへと向けた。
「アレク君、君はちょうど良い時に来た。これから起きる歴史的瞬間を目撃できるのだから」
そこでマレー教授がひとつ頷くと、助手たちが忙しく機材の間を動き回る。周りに置かれている機器類のスイッチを、パチリパチリと次々にオンへと切り替えていくのだ。
「先生、準備が整いました」
助手の声に、マレー教授の表情に緊張の色が走る。
「アレク君、見よ! これが古代の魔導装置ユグドラシルだ!」
その声と同時に、掴んでいたレバーをガチャリと降ろした。
その瞬間だった。
『巨人の腰掛け』の前に置かれていた魔結晶が、ブンと音を鳴らして淡い光を放った。
そして――周囲の空気がビリビリと震える。皆が立つ大地の底から、ゴォと地鳴りとなって地盤が鳴動する。
と、今度は、マレー教授が魔導装置ユグドラシルと呼んでいた『巨人の腰掛け』が――半切り株状しか残っていない大樹の残骸が、ブルブルと振動し始めたのだ。すると、その残骸の周りに小さな燐光が数個浮かび上がる。それが徐々に数を増やし大樹の残骸を包み込む。次の瞬間。
――ドンッ!
それは轟音だった。周囲の空気が、空が、大地が大きく揺れる。世界そのものが揺れているのだ。
「な、なに~!」
「ア、アンジェラさまぁ!」
「う、うおぉ!」
平衡感覚が保てるはずなど無い。メリルもサリーもアレクまでもが悲鳴を上げる。それは、マレー教授たちも一緒だった。予期せぬ世界の鳴動に、皆が悲鳴をあげる。
しばらくして、その揺れは徐々に収まっていく。ホッとして皆が顔を上げると、今度はあんぐりと口を開けた。
目の前に――そこにあったのは巨大な光の柱。魔導装置ユグドラシルと呼ばれていた大樹の残骸上に、溢れ出す光が奔流となり迸る。それが、天を突き抜けようにそそり立っていたのである。
「う、嘘ぉ!」
語尾を延ばすのも忘れたサリーの、驚きの声が響き渡る。メリルとアレクは、惚けた様子で光の柱を見詰めていた。