◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (13)
マレー教授と助手の指示に従い、次々とミスリル製の椅子に座らされる生徒たち。頭には幾本ものコードが繋がるヘッドギアを被せられ、手首や足首にも金属製のバンドが巻かれる。その横には計器類を眺めるマレー教授が立ち、口辺を吊り上げ妖しげな笑みが浮かぶ。
「くふ、やはり。くふふ、やはり現代の魔法学は間違っておった」
目を血走らせ、愉悦混じりの呟きが自然ともれ出ていた。いかにも狂魔導科学者らしい、怪しげな実験なのである。
生徒たちにしてみれば、いくら評価Aを貰うためとはいえ、危険が伴いかねない実験の被験者になるのは避けたいはずなのだが、助手に言われるままに不平を述べる事もなく唯々諾々と従うのである。
個人ごとの魔力の内包量等によって、威圧や魅力の継続効果の違いも出る。だから、生徒たちの中には効果の切れた者もいたが、教授の迫力やこの場の異様な雰囲気に飲まれ、もはや逆らう気力もなくなっていた。それに、まさか学園の先生が無茶をするはずもないとの思いもあった。だから今、生徒たちの脳裏に浮かぶのは、早くこの嫌な時間が終わらないかと、それだけだった。
マレー教授といえば、生徒たちのそんな気持ちをひと欠片も斟酌するはずもなく、逆に、嬉しげな声で助手を呼ぶ。
「トッド、この数値を見ろ!」
「先生、こちらも見てください。メーターの針が振り切れています!」
「おぉ! 何番の魔力だ!」
「5番と26番に、激しく反応しています」
「良し、その生徒は残せ!」
まるで玩具を与えられた子供のように、マレー教授の顔に喜色が浮かび、計器類の間を飛び回り眺めていた。
生徒が並ぶ列、その先頭では、順番に魔導具らしい椅子に生徒が座らされ、しばらくすると、もう用は無いとばかりに放り出される。その後は、よろよろと崩れ地面に倒れていく生徒たち。
そんな生徒の様子を、列の最後尾に並ぶメリルたちが、眉を寄せて眺めていた。
「アレク様、あのような生徒たちへの酷い仕打ち、放っておいて良いのですか?」
「……今は無理だ。それに、命まで取る積りもないように見える。今の所はだが……」
アレクが苦渋の決断でもするかのように顔を歪め、首を振る。
「でも、生徒の皆さんが倒れています」
「あれは――」
「魔力が枯渇してるのよ〜、しばらくじっとしてれば、徐々に魔力も回復して元気になると思うけど〜」
と、言いながらも、サリーもうかない顔で前方を見つめていた。
今の時点で、教授や助手の指示で機器を操作している作業員たちがテロリストだと知っているのは、アンジェラを別にしてメリルたち三人だけなのだ。今はまだ此方にバレている事を、テロリストたちも知らないはず。だから今の所は、生徒や此方にも手を出してこない。だが、それもいつまで続くかは分からない。テロリストたちの目的が、はっきりと分からないからだ。これからテロリストたちが起こすであろう行動や、それに巻き込まれる生徒と自分たちのことを色々考えると、アレクとサリーは暗澹とした気持ちになってしまうのである。
「彼らの目的はなんなのでしょうか?」
メリルが不審に思っている事を、二人にたずねた。メリルも、明確な答え返って来るとは思ってはいない。しかし、手を繋ぐアンジェラを眺め、胸の内に生じる不安にかられて、どうしても聞かずにはいられなかったのだ。
「お金~?」
「ふむ……マレー教授がどこまで関わっているかは分からないが……さっき『魔集のピアス』を通してチラッと彼らの会話を聞いた限りでは、彼らは『ダナン解放戦線』と呼ばれる過激派組織のようだ。僕が考えるに、多分だけど、僕や君たち生徒を人質にしての、単純な金銭目的だとは思われない。彼らは、帝国に何か要求を突き付ける積りかと……しかし、そうなると、よく分からないのがマレー教授とこの古代遺跡だ。やっぱり彼らの目的がはっきりとしないな……」
「もしかしたら、この遺跡から何かを見付けようとしているのかも」
「まさか~、大昔の遺跡だよ~。大した物が見つかるとは、あたしは思わないよう~」
サリーは魔導工房の娘。ある意味、魔法学や魔導工学の最先端を、幼い頃から見つめ続けていた。だからこそ、現在より大昔の方が魔法学は優れていたなど信じられないし、そんなおとぎ話に出てくるような物はあり得ないと言うのである。もし百歩譲って仮に、ここがマレー教授の言うように古代の遺跡で、或いは何かが出てきたとしても、研究の対象にはなるかも知れないが、過激派組織が欲しがるような物は無いと思っているのだ。
「確かに……そうだが」
「きっとそうよ~。この実験そのものが、生徒を集めるためだけの手段なのよ~!」
「ふむ、それも一理あるな……」
アレクは少し首を傾げ、メリルも一応の納得はする。しかし、だからといって、現在の状況はなんら変わらない。今のメリルにとっては、アンジェラを守ることこそ一番大事なのだとの思いが強い。目的をたずねたのも、アンジェラだけでも無事に助けられる方法はないかと思ってのこと。はっきり言えば、遺跡云々などどうでも良い。何か他に良い方法はないかと模索する。
「では、いっそのこと、生徒たち全員の魔力が枯渇する前に、全てを知らせれば……此方は百人以上はいるのです。全員で掛かれば、テロリストを排除できるのでは?」
良い案を思い付いたのではと、メリルの顔が輝いた。しかし、アレクは渋い顔をして見せる。
「無理だな。余計な混乱を招くだけだ。ここにいるのは、一、二年生が大半。三年生が紛れていても数人だろう。魔杖所持の許可を得ているのは、殆どいないはずだ。身に付けているアクセサリー系の魔導具が、数個もあれば良い方だろうな。それも、さっきのマレー教授の威圧に抵抗出来ないようなら、たかが知れている。そうなると、奴等の相手をするのは僕一人。さすがにそれは……」
アレクが身に付けているような指輪やピアスなどアクセサリーは、強化などの付与系の魔導具が殆ど。魔法で、外部に向かって何らかの現象を起こすには、放出系の魔導具である魔杖が必要となるのだ。魔導士の中には特殊な魔導具にて、個人が持つ特有の魔法を振るう者もいるが、概ね基本はアクセサリーなどの付与系と魔杖の放出系に大別される。しかし、魔導士が魔杖を使えば、人の命を奪う事も容易い。だから、魔杖を所持する魔導士は、許可証が必要となるのだ。もし、許可証無く魔杖を用いるような事をすれば、厳しく罰せられ、重罪を犯した者と同列に扱われてしまう。この許可証制によって、帝国は厳しく魔導士を管理をしているのである。
そして、学園の一、二年生は魔法学の基本を学ぶ段階。許可証が発行されるはずもない。魔法学の訓練は教師が立ち合いの元、学園から貸与された魔杖を用いて行うのである。上級生ともなれば、許可証を所持している者もいるが、下級生ではまずあり得ない。
ということは、この場にいる生徒で魔杖を所持している者など皆無。あり得ないのだ。当然、生徒たちの中に、テロリストへ対抗出来る者も皆無なのである。会長であるアレクを除いては。
「それに、周囲に隠れている連中はまだしも、あの作業服を着た連中はかなりの実力者揃い。僕でも全員を相手にするのは難しい」
アレクが『魔集のピアス』で、テロリストたちの魔力を探った所、周囲の樹林に隠れ潜んでいるのは、訓練は受けているように思えたが、その魔力自体は小さく感じられた。この連中は一般の軍人レベル。これは、生徒が逃げるのを防ぐために配置されたのだと、アレクには思われた。そしてこの程度なら、自分や生徒会の面々であれば制圧も可能と考えたのである。だが、主要メンバーと考えられる、教授の傍らで機器を操作する作業服の連中からは、かなりの魔力が感じられたのだ。それこそ、生徒会のメンバーと変わらないほどの。
「とにかく、今は助けが来るのを待つしかない」
とは言ったものの、アレクはいざとなれば、周囲に隠れる連中を倒して、生徒たちを脱出させるしかないと考えてもいた。しかしそうなれば、少なくとも混乱する生徒の半数が命を落とすことにもなりかねない。
アレクは生徒会長といっても、まだ学生でしかない。このような戦いでは、圧倒的に経験値が足りないのだ。メリルやサリーに対して余裕があるように見せてはいるものの、その内情は「どうしたものか」と煩悶としていた。