◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (11)
「でも、どうして……」
「君たちに心配させたくなかったのと……事件に関わってるかどうか、まだ分からなかったから」
吃驚してたずねるメリルに、アレクが少し言葉を濁して答えた。しかし、すぐにサリーが濁した部分を指摘する。
「マレー教授ね〜」
「……そう言うことだ。だが、今は少なくともある程度は関わってると思っている。あの後ろで機器の準備をしている連中、あの男たちからは僕に向けられる悪意が、びんびんと感じられる」
数瞬、言葉を詰まらせ返事したアレクは、二人の意外な鋭さに驚いていた。
「悪意?」
「あぁ〜、お爺ちゃんのピアス〜」
「その通り。このピアスは、あるキーワードを設定すると、距離の問題はあるもののそれに引っ掛かった会話を全て拾い集めてくれる。で、今は僕に関する話を集めるように設定してある」
「あ、彼らの会話が聞こえた?」
「あぁ、僕を標的に定めたようだ」
「アレク様を?」
「それどころか、生徒たち全員もだ」
「あたしたちも〜」
「どうやら、彼らは帝国に仇なすテロリストのようだよ」
「えぇ、テロリストって……」
「うひゃ~、大変じゃない~」
「おっと、静かに。やつらに気付かれる」
慌てて逃げ出そうとするサリーを、アレクが腕を掴んで制止した。
「実はこのピアス、音を拾い集めるだけじゃない。気配を、人の発する魔力も感知する優れた魔導具でもあるんだよ」
そう言うと、アレクは周囲に林立する樹木に視線だけを向けた。
「正確な人数までは分からないが、どうやらここは既に囲まれているようだ」
ここは緑地公園。周囲には、人が潜んでいられるような樹林が沢山あるのだ。
「あ、それでさっきは謝ると……」
「あぁ、あの時点でなら、君たちだけでも逃がす事は出来たはずだった。でも、僕は事件を甘くみて出来るだけ騒ぎを小さくしようとした。そこらの犯罪組織程度なら僕らだけでも叩き潰せたし、学園の外聞や生徒たちがパニックになって怪我をしても困ると思ってた。けど……失敗だったよ。どうやら相手は、僕の想像以上だったようだ」
アレクの表情には後悔の色が滲み出て、すまなそうに二人に向かって頭を下げた。
メリルとサリーがまた顔を見合わせる。
二人にしてみれば、領地持ちの高位貴族のその子息があっさりと頭を下げた。その事に驚くと同時に、これからどうしようかとお互いの顔色を窺ったのである。
「どうすれば……」
「君たちにはすまないが、しばらくは大人しく指示に従うしかない。そうして、出来るだけ時間を稼ぐんだ」
「時間をですか?」
「あぁ、公園の近くには生徒会の人間も待機しているし、今頃は治安局にも知らせを走らせているだろうから」
「おお〜、もしかして生徒会直轄の風紀委員会も〜?」
学園の生徒会とは、高位貴族が中心となって運営される組織。時には皇帝の一族すら参加していることもあるのだ。学園上層部である教授会或いは理事会でも、おいそれとは口を挟む事は出来ない。その下部組織である風紀委員会もまた、まともであるはずがない。風紀委員会とは、生徒会が管理をする学園唯一の実働部隊なのである。その実力は、卒業後に軍の最精鋭でもあるレンジャー等の特殊部隊に配属されることからも分かるように、帝城守護の近衛にも匹敵していた。そのため、本来は学園の風紀を乱す生徒を取り締まるのを旨として組織された部隊ではあるが、その背景や実力から、学園外にまで影響力を及ぼす程なのである。しかも、現在の風紀委員長は、歴代最強とも噂される猛者でもあった。
「あぁ、確かに、風紀委員の連中も待機はさせているが……」
「うおぉ〜、委員長も〜?!」
「う、うむ、僕がいた時はまだ到着していなかったが、あいつは何時も遅れて来るので、今頃は皆に合流していると思う」
「あたし〜、大ファンなの〜!」
瞳をきらきらと輝かせて迫るサリーに、アレクは思わずたじたじと後ずさる。
「サリー!」
見かねたメリルが、後ろから羽交い締めにして押さえるも、それでも「フンカフンガ」と鼻息は荒い。
「サリー、落ち着きなさい!」
「メリルはよく落ち着いてられるわね〜! 委員長っていえば、この間も帝国銀行を襲った賊を、たまたま居合わせてた委員長が、バッタンギッタンに叩きのめしたのよ〜! 今じゃ帝都中のヒーローなんだから〜! それが今からその活躍が直で見れるかと思うと……もう大興奮なのよ~!」
と、騒ぎ立てるサリーに、メリルとアレクは呆れるのだった。
「それにしても、君たちはこの状況でよく落ち着いていられるね」
アレク感心したように言った後で、不思議そうに首を振る。メリルとサリーは、今年入学したばかりの、まだ十五歳の一年生なのである。普通の生徒であれば、こんな状況に陥ったならパニックになってもおかしくない。アレクにとっては有難い事ではあるが、こうも落ち着いていられることが不思議で仕方がなかった。
「あたしは~、お爺ちゃんの関係で、小っさい頃から一癖も二癖もある連中を相手にしてたしね~。お爺ちゃんのお客さんの中には迷宮探索者とか頭のネジがぶっ飛んだ連中もいたから、もう荒事には慣れちゃったよ~」
「えぇと、私は一応の戦闘訓練も受けていますし、何よりアンジェラお嬢様の無事が第一。今は自分の事よりも、命にかえてもお嬢様をお守りする決意をした所です」
アレクは、そんなものかと一応は納得して頷くと、貴族家の間でも噂になるアンジェラをちらりと眺める。そこには、人形姫、或いはゴーレム姫と噂に名高いアンジェラが佇んでいた。周りの騒ぎを知ってか知らずか、いつもと変わらずあらぬ方向に視線を向けたまま物言わず静かにである。