◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (10)
「相手を甘く見ていたようだ。完全に後手にまわったか……」
腕を組み渋い表情を浮かべたアレクが、ボソリと呟く。
その横ではメリルとサリーが――
「もう、予備の魔導具があるなら早く貸してくれれば良かったのに」
「ごめんごめん~。ほら~、メリルがぷるぷるしてる姿は、なんだか萌えてね~、つい~」
「……も、萌えって……」
予備の守護の指輪を借りたメリルは、呆れてがっくりと項垂れる。その前では、すまなそうな顔をしながらも、大口を開けて「だはは」と笑うサリーがいた。
誰もアレクの言葉など聞いていなかったのだ。
「……ちょっと君たち。せっかく僕が格好良く決め台詞を言おうとしてるのに……」
アレクが情けない表情を浮かべて、ぼやいた。
「だって~キザったらしくて見ていら――」
「ちょっとサリー!」
慌ててサリーの口を塞ぎ、メリルが「一応はお貴族さまなんだから」とこっそりと耳元で囁く。
「一応って……それも聞こえているよ」
「も、申し訳ありません、アレク様」
「僕は、こんな物も身に付けてるからね」
アレクがふぁさりと髪をかき上げると、その耳にも魔導具らしき青いピアスが張り付いていた。
「おぉ〜、それも家のクライン工房製の集音のピアス〜?」
いち早くそのピアスに食い付くサリー。
「その通り。これもドハル老が製作した逸品で、僕の魔力の波長に合わせて調整された、世界でもただひとつの僕専用の魔導具、『集魔のピアス』だよ」
「うひゃ〜、お爺ちゃんのオリジナル〜?!」
穴が開くほど見詰めるサリーに、アレクが苦笑いを浮かべた。
「それにしても、君たちは酷いなぁ」
「だって〜、見た目がチャラくて軽そうだし〜。態度や動きが大袈裟でわざとらしいのよ〜。かなり格好悪いわね〜」
「サリー! 言い過ぎ!」
メリルがサリーを咎めるも、アレクはわなわなと体を震わせる。
――怒りに体を震わせている?
「アレクさま、すみません。サリーは――」
さすがに怒ったかと思ったメリル。相手は貴族様なのだ、後で何をされるか分かったものでない。焦ったメリルが代わりに謝ろうとするも、途中で呆気にとられた。
アレクが「何がおかしかった。教えられた通りに……」と、ぶつぶつと呟いていたからだ。
「本当に、格好悪い?」
「え……いえ、そのぉ……」
メリルとしては、はっきりと答える訳にもいかず、要領のえない返事になってしまう。だが、アレクにはそれで十分だったようだ。ガーンと頭の上に感嘆符の付きそうな様子で、よろよろと後ろに後ずさる。
「貴族らしい振るまいを、教えられた通りに……周りからも何も言われなかったのに……」
「皆は、気をつかってたのね〜」
サリーに止めのひとことを言われると、アレクはがっくりと膝を突いた。
「だから〜、それが大袈裟だってば〜。まるで帝国劇場の舞台俳優みたいだよ〜」
「もう、サリーったら」
「大丈夫だって〜。お爺ちゃんがオリジナルの魔導具を作ってあげた人に、悪い人はいないはずだから〜。でも、代わりに謝ろうとしてくれてありがとう〜」
照れたように頭を下げるサリーに、メリルも嬉しくなる。
学園に入学してから半年、いやその前から、生まれた時からアンジェラの側に仕えてきたメリル。ここにきて、初めて本当の意味での友達らしい友達を得た気がしたのだ。
「君たち、盛り上がりかけている所に悪いが、どうやらもう時間が無いようだ」
「え!」
「おぉ〜、今度は本気〜!」
すくりと立ち上がったアレクが、前を見据えたまま言った。そこには、さっきまでの情けない姿はない。
「冗談はこれぐらいにして、君たちには少し謝らなければいけないようだ」
メリルたちに目を向けたアレクの瞳には、今度は真剣な光が宿っていた。
メリルとサリーが顔を見合わせ、「冗談?」「あれが素だと思うよ〜」と、ぼそぼそと囁きあう。
「だから、それも聞こえてるって……まぁ、良い。今は時間がおしい。ほら、マレー教授の話がもうすぐ終わる」
アレクに促されて、メリルたちも前方に目を向けると、確かに実験に先立つ説明も終盤に入っているようだった。
「――一ヶ月あまりに渡る調査の結果、伝説はさておきこの『巨人の腰掛け』は、かつてはエルロイの魔法文明を代表するような巨大な魔導装置だった事が分かった。しかも、今もまだ稼働が可能なことも分かったのだ。だが、いくら魔力を流そうとも起動することがない。そこで我はもう一度、原点にかえってエルロイの民について調べ直した。エルロイの魔法文明とは自然と共生することにより発展した文明。それは現在の我らの物質文明とは大きく違い、人の精神性に重きをおいた文明だったと考えられる。長年の研究で分かった事はエルロイの民は、我らが魔石を属性ごとに仕分けするように、人の精神に根差す魔力も、個人ごとに属性で振り分けていたと考えられることだ。そこで諸君らの出番だ。諸君らが次々に魔力をこのユグドラシルの樹に与え、その変化を計測し――」
マレー教授の言葉に反応して、後ろにいた助手たちが前に出ると、生徒たちを並ばせようとしていた。
「マジで〜。本当にこれって古代遺跡だったの〜」
サリーは驚くも、メリルにはここが遺跡であろうが無かろうが、あまり関係がないと思っていた。それよりも評価が本当に貰えるかの方が大事なのだ。だから、さっきアレクが「謝る」と言ったひとことの方が気になった。
「アレク様、さっきの謝るとは?」
一瞬、僅かに顔を歪めるアレク。
「僕であれば、何かあっても君たちを守れると思っていた」
「え?」
「守る〜?」
「そうだ。その自信もあった」
「どういう事ですか?」
「黙っていて悪かったが……公園管理事務所は襲撃されたようだ」
「え、嘘っ! あ!」
その時、メリルはさっきの出来事を思い出した。どこからか白い制服の生徒が現れ、アレクに何かを耳打ちしていたことを。あれがその知らせだったと気付いたのだ。思わずアンジェラの手をギュッと握るメリルだった。