◇聖女様、お目覚めの時間ですよ? (9)
サリーの指にはまる指輪、それも魔導具だった。
「ほぉ、守護の指輪か。しかも、あのマレー教授の魔力に抵抗するだけあって、少なくともBランク以上の逸品」
「へへ〜」
指輪に視線を走らせアレクが感心したように言うと、サリーが嬉しそうに笑う。だが、すぐにアレクもへらへらと笑って返すと、両の手のひらをメリルとサリーへ見せびらかした。驚くことに、その指十本全てに魔導具らしき指輪がはまっていたのだ。
「まぁ、僕にはこれらがなくても、この程度の魔力波動に囚われることはないよ。こう見えても、魔力判定はAをもらっているからね」
と、得意気に自慢をするアレク。
しかし、サリーは別の意味でも驚いていた。
「おぉ〜! それってクラインシリーズ。しかも、十個全てをコンプリート!」
「ほぅ、これは殆ど知られていないマニア垂涎の名品。君は良く知っていたね」
「だって、それは家の工房で作られた製品だもの~」
「ん? 君はもしやドハル老の……」
「そ、孫だよ〜!」
――って、二人して盛り上がっている所に悪いけど、私はさっきから動けないんですけどぉ!
まともに動けないメリルは、目だけをキョロキョロと動かし、必死に二人に訴えかけるのだった。
この場にいる生徒たち全員がぴーんと張りつめた空気に包まれる中で、この三人の周りにだけはゆる~い空気が流れていた。
メリルたち四人が、生徒たちの後方でドタバタとやってる間に、実験に先立ちマレー教授の講義が始まっていた。
「さて、我は長年に渡り古代の失われた文明を追い続けてきた。それが神話などに語られるエルロイの魔法文明なのだ。諸君らも知っての通り、現在にまで続く光神教の源流は、元はそのエルロイの民にまで辿り着くと言われている。教会で語られる光の女神ラナイアに関する神話の中では、彼ら或いは彼女らエルロイの民は、神に匹敵するほどの魔力を振るい、天を翳らせ、大地を割穿ち、海原さえ干上がらせ、世界に暗雲をもたらす邪神ですらさえ討伐したと伝えられる。まぁ、我も大袈裟な話ではあるとは思うが……だが、我が注目したのはそこではない。神話の中で活躍するエルロイの民は、我らのように触媒となる魔石や魔導具などを用いる事なく、自らの意思でのみ魔法を振るっている事に、我は関心をもったのだ。まだ幼い頃、最初にこの神話に接した時に思ったものだ。これこそが、魔法学の真実ではなかろうかと。諸君、考えてみるが良い、我ら人は生まれながらにして、個人差はあるものの誰もが魔力を内包しているのだ。然るに、触媒がなければ如何なる現象をも起こすことは出来ない。考えてみると、これは不思議ではないか?」
朗々とした声で熱弁を続けるマレー教授。その熱意は途中から、偏執的な様相を見せ始める。興奮のあまり頬を上気させ、眼球は血走り、口から泡を飛ばして喋り続けるのだ。
それでも生徒たちは沈黙したまま、マレー教授から目を離せない。まるで、魅入られたように。
「ほぇ〜、魔力波動での威圧に今度は魅了ですか〜。あの先生、完全にいっちゃってますね〜」
サリーのあまりなまでの物言いに、アレクが苦笑を浮かべた。
「この魅了はそれほど強くは無いが、威圧の後には抵抗するのも辛かろう。しかしそれにしても、これだけの規模、帝国政府から下賜される研究費だけでは賄いきれるはずもない。やはり、マレー教授も……」
と、今度は渋面をつくり何やら考え込むアレク。
――って、だからぁ、私は動けないんだってばぁ! なんとかしてよぉ!
もはや視線もマレー教授に張り付いたまま動かせず、気をゆるめると意識すら保てないメリルは、胸の内で叫びつづけるのだった。
そんな三人をよそに、マレー教授の講義はまだまだ続く。
「――触媒がなければ用をなさない。生まれたときから備わっているにも関わらずにだ。だからこそ我は思ったのだ。今の魔法学が間違っているのではないかと。人が生まれながらに手足を動かせるように、本来は魔法も外部からの助けを借りずとも振るう事が出きるのではないかとな。故に、それからの我はエルロイの謎を追い求め続けた。僅かに残される古文書を解読し、各地に残る痕跡を尋ね歩いた。それこそ世界中をだ。時には人跡未踏の秘境にも足を運んだこともある」
そこでいったん言葉を区切ったマレー教授が、ぐるりと生徒たちを見渡しにやりと笑う。
「そして、長年の研究の末に辿り着いたのだ。彼ら彼女らエルロイの聖地を、遂に我は探し当てた。皮肉な事に、その聖地は幼い頃より我の目の前にあったのだよ。そうだ、この地、この場所こそが、エルロイの聖地だった! 後ろに見える『巨人の腰掛け』こそが、伝説で語られる世界樹ユグドラシルなのだ! 今日、我はエルロイの謎を解き明かし、魔法学に革命を起こす! そして我を馬鹿にした学界の連中をひれ伏せさせるのだ!」
マレー教授の偏執的なまでに、熱のこもった声が公園に響き渡ったのである。