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オティリーの世界

作者: 灰色

私には、兄がいる。

とても、嘘吐きな兄が。

兄様は、泣かない子供だった。文句を言わない子供だった。大人の言う事を良く聞いて、誰にでも優しい、子供だった。周りの大人達は兄様を良く褒めていた。良い子だって。優しい子だって。私もずっとそう思っていたから、兄様みたいになりたかったから、一生懸命、真似をした。そしたら、周りの大人達は私の事も褒めてくれる様になった。嬉しかった。兄様程じゃないけど、少しだけ兄様に近付けた様な気がしていたから。兄様も褒めてくれるかなぁと思って、其れを兄様に言うと。

「……そうなんだ? 凄いね、妹ちゃん。偉い偉い」

そう言って、頭を撫でてくれた。撫でて……くれたのだけれど、ちょっと手付きが乱暴で、数本毛が抜けてしまって、痛かった。…………私が、気が付いたのは多分、其の時から。

兄様は、きっと。


「どうしたの? 妹ちゃん」

……作ったみたいな優しい声で、現実に引き戻された。兄様の後ろには、高校のお友達が沢山居る。家が広くて部屋が沢山有るから、勉強会をするのに都合がいいのだと、兄様は言う。兄様はそんな事しなくても勉強が出来るのに、そんな事を言う。

「…………あっ、え、えと、ごめんなさい……邪魔、だよね。直ぐに、出るから……っ」

私は、人見知りだ。

人が怖い。五つも上の兄様の友達は、当然私より五つ年上で、身体も大きいし、男の人だから苦手なのだ。すると。

「え? もう行っちゃうの? ……寂しいなぁ、僕」

薄く笑って、兄様は私の肩を引き寄せた。背筋が凍る。別に、力はそんなに強くは無い。無い、けれど、指先に込められた力が、冷たい体温が、静かに怒気を含んでいるのが、解るから。兄様の友人達は、笑っている。微笑ましい光景を見る様に、兄様をからかったりすら、している。兄様自身も、とても楽しそうに見える顔をして、私に笑い掛けたりしている。

嘘だ。

兄様は、嘘で出来ている。

私が他人を苦手なのを知っていて、わざと引き止めているのだ。最初は、小さな違和感だった。確かに兄様は私に酷い事は言わないし、酷い事はしないのだけれど……言葉の端々に、私を何処か馬鹿にする様な言葉を混ぜるのだ。飽く迄、冗談に聞こえる様な調子で。……被害妄想だと言われてしまいそうだから、誰にも言わないけれど。きっと、誰に言っても信じては貰えないだろう。普段の兄様はとても「良い子」だから。

兄様は確かに凄い人では、有るのだ。自分で言うとおり、人に出来て、兄様に出来ない事は、無い。其れくらい、凄い。けれど。じゃあ、どうして私の肩を掴んで、離さずに居るのだろう。

どうして、私は、兄様に嫌われているのだろう? 鈍臭くて、おどおどしているから、見ていて不快なのだろうか? ……其れは、仕方ない気もする、けど、だったら、関わらない様にすればいいのに……。

兄様は、ちぐはぐな人だった。

勿論、何時もはそう見えない様に気を付けていたけれど。…………本当はとても短気で神経質なのに、大らかな振りをしたりだとか。騒ぐ事は嫌いなのに、楽しんでいる振りをしたりだとか。…………勿論、そういった振りが悪いとは言わないけれど…………少なくとも素直に為り過ぎて迷惑を掛けてしまうよりかは、ずっといいのだろうけど…………。

きっと、楽しくも何とも、無いんだろうな。

内側に籠ってしまって、殆ど誰とも話せない私と、どっちがいいんだろう? そんな、どうしようもない事を考えて、私は少し笑ってしまった。どっちも全然良くないのに。自分の周りに人が沢山居る事に慣れていない私は、良くこうやって思考の中に沈んでしまう。そうすれば、周りの人の声や動きが気に為らなくなるからだ。

「…………あれ……大丈夫? 気分でも悪いのかな……」

兄様は心から妹を心配する兄の振りを続けていた。髪を梳く様な指の動き。其の手付きは優しいものだったけれど、ほんの僅かに爪が立てられていた。意識しなければ気が付かない位の、ほんの小さな悪意。…………若しかしたら、兄様自身も気が付いていないのかも知れない位の、小さなもの。……兄様は、凄い人だ。周りの人全員にきちんと気を使って、不快にさせない様に、自分が好かれる様に、努力をしている。そう。兄様は嫌われるのが、嫌なのだ。誰からも好かれていたいのだ。例え、自分が嫌っている相手にすら「良い子」だと思われたいのだ。……あぁ、そうか。私に優しい振りをすれば「こんなにどうしようもない愚図な妹すら見捨てない優しい兄」でいられるから、だから。吐き気がする程嫌いな私にすら、彼は笑い掛けるのだ。自分の嫌悪感すら捻じ曲げて。思いを無視してまでも。

何て、強靭で強くて、脆くて弱い人なんだろう。

自分自身の意思すら嘘で塗り固めていて、息が出来ずに苦しんでいる人。多分、私は彼の空気穴なんだ。見下してもいい相手で、少し位馬鹿にしても気が付かないだろう愚かな妹だと、思われているのだ。…………そっか。うん。じゃあ、其の、唯一八つ当たりの出来る妹が居なくなってしまったら、兄様はどうなってしまうんだろう? 

周りの人に訴えても如何にもならないから、私は諦めていた。だって、実際に兄様は私に何かをした訳では無かったから。でも、もし私の考えが当たっていたら、正しいとするなら。其れなら、私は。

「……うん。だいじょうぶ……人がいっぱいだから、ちょっと緊張しちゃった……だけ、だから」

小さく笑って、私は兄様に頭を下げた。

「ありがと……お兄ちゃん」

兄様にとって都合のいい妹に見える様に。

そうすれば、多分。此れからもずっと兄様は私を馬鹿だと思い続けるだろう。其れで良い。

其れで良いんだ。

本当に必要な時に、都合のいいサンドバックが居なくなったら、ねぇ。

――――どうなるの? 兄様?


実際、兄妹で尚且つ兄の性格が悪かったら、好きに為らないよな……? じゃあ切っ掛けは何だったんだろう? という疑問を自分で解消する為に書きました。……此れだけだと意味が解らないかもしれません。申し訳無い……。

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