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オルガの結婚  作者: えんとつ そーじ
一章 オルガの告白
5/12

4. オルガ、作戦を練る(1)

.


 王城から馬車に揺られておよそ三十分。城下町を少し外れて郊外に行けば、ちらほらと大きな邸が見えてくる。

 封建制から王制へと移り、この国が変わったのは制度だけではなかった。それまで領地に城を持ち、そこで暮らしながら土地などを管理していた貴族達の中から、王や上流貴族と交流を持とうと王城で騎士を目指す者、また官吏を目指す者が現れ始めたのだ。

 これらの王城へ出仕する人々は王都での生活を余儀なくされるので、結果として比較的まだ人の手の入っていない郊外に彼らは暮らす為の邸を建てた。

 オルガの乗る馬車が向かう広大な邸もその例に洩れず、邸の主は官吏として王に仕えている。――ただし、その主は王に呼ばれれば出勤をしはするが、大抵は在宅で仕事をするという変わり者であった。



*・・・*・・・*・・・*



 正門を通過して五分と走らないうちに、馬車は玄関口に到着する。王都は広さに限界があるから、どの貴族の邸も広大なそれと引き換えに庭園まで広くすることはできないのだ。

 御者の手を借りることなく、慣れた身のこなしで馬車から降りたオルガは、まっすぐに正面玄関へと足を踏み出す。一歩、そしてもう一歩目を踏もうとした時。

「オルガ、いらっしゃい! 待ってたわ!」

 溌剌とした大きな声が横手から投げかけられる。元気でありながら完璧な上流階級の発音に、オルガは誰が自分を呼び止めたのかすぐにわかった。

 足を止め、期待を込めて表情を緩めながらそちら――庭園――へ振り向く。オルガの予想通り、そこには簡素なドレスの上に土で汚れたエプロンを纏う娘がいた。彼女こそ、オルガと恋愛小説を貸し借りしては物語の行く末について語り合う同士こと親友である。ちなみに今は手には大きな籠を下げている。中に花が見えるから、庭園でなにか収穫していたらしい。

「ご機嫌よう、エリーゼ」

 貴族の挨拶ではなくひらひらと軽く手を振ると、視線の先にいた親友はつば広の帽子の下で満面の笑みを浮かべた。ついで、オルガへと駆け寄る。そんな無邪気な親友を、オルガは笑みを苦笑に変えて迎える。

「また土仕事をしていたの? 彼に怒られるわよ?」

 茶化すように叱れば、エリーゼは「いいのよ、ちょっとくらい動いた方が身体にいいわ」と言ってカラッと笑う。

「……まぁ、そうだけど」

 呟いたものの、太陽の下でエリーゼがどれくらいの時間作業をしていたのか気になった。ゆえに、その答えを求めてエリーゼをちらりと観察する。

(……少し汗を掻いているわね)

 今日の気候は心地よい。オルガのように階段を数十段と上れば汗を掻くけれど、晴天とはいえ風が吹けば涼しい気温だから外で多少の作業をしていても汗はあまり掻かないだろう。ということは、エリーゼが作業した時間は数分という単位ではない筈。

 オルガは嘆息を漏らした。

「エリーゼ、どれくらいの時間外にいたの? 少しなら誤魔化せるかもしれないけど、十分じゅっぷんを超えたら間違いなくあの男に怒られるわよ。それか、拗ねる」

 ああ、考えるだに面倒くさい。未来を危惧して小言を並べたものの、エリーゼの反応は鈍い。誤魔化すように首を傾げるだけなのだ。

「もう……」

 オルガはこれから数分後のことを想像すると、溜息を零さずにはいられない。そうして仕方なく、一秒でも早く邸内に戻るよう親友を急かすのだった。


 エリーゼは邸の案内を使用人には任せず、自ら買って出る。それはいつものことで、エリーゼがオルガをこうして自室まで先導してくれるのは、一秒でも長く自分といたいからだろうとオルガは思っている。エリーゼはオルガと過ごす時間を大切にしてくれる。そしてそれはオルガも同じで、エリーゼに会う為、頻繁にこの邸を出入りしているから、つまり二人は両想いなのだ。友情だけれど。

「オルガがなかなか来ないから、花を摘んで待っていたの。だってせっかくの花盛りの春だもの!」

 外に出ない方が損をするわ、と前を歩くエリーゼが閑談を始める。オルガは数度目を瞬いた。

(……そういえば、春、だったわ)

 すっかり頭から抜け落ちていた。心に余裕がなくて、自然の変化にすら気がつかなくなっていたらしい。そのことに、エリーゼの言葉で認識した。

 エリーゼが手に提げる籠の中を覗き見る。そこにあるのは、色とりどりの花。オルガは植物に詳しくないから花の名前などわからないけれど、それらは紫、赤、薄紅と「私を見て」と言わんばかりに美しく咲き誇っている。それなのに、オルガの灰色の瞳はそのどれも拾うことができなかった。

(やっぱり、エリーゼに会うと癒されるわ)

 彼女はいつだってオルガの知らない世界を、見過ごしてしまう世界を見せてくれるのだ。

 自然と口元が綻ぶ。そしてオルガは言葉をついだ。

「そうね、もったいないわね。でも、花といってもがくより上ばかり摘んでいない?」

 エリーゼもあえて籠の中身をオルガに見せるようにして、少しだけそれを傾けながら頷く。

「ジャムとかお茶にしようと思って。あ、砂糖漬けもいいわね」

 味を想像したのか、彼女はうっとり虚空を見つめた。そんな彼女に、オルガはこっそり笑声を零してしまう。

 昔からエリーゼは全然変わらない。出逢った頃から、彼女はオルガにとって向日葵のような存在だった。感受性豊かで、小さな面白いことや嬉しいことを見つけるのが上手で。自分とはまるで違う、太陽のような人。

 彼女は言葉を飾らない。本人は「母さんは元は貴族だったけど下町暮らしが短くなかったし、父さんは庭師だったから、お姫様言葉ができなくても仕方ないわ」と肩を竦めていた。その貴族の発音でいて砕けた口調こそ、彼女を愛する者達は気に入っているのに。どうして気づかないのだろう、とオルガは不満を抱く。

 オルガのものとは違う真っ直ぐで赤い髪も、本人は地味だとぼやく茶色い瞳も、楽しい発見をする度にきらきらと輝いて、オルガにとっては自分の灰色の瞳よりよほど美しいと思う。

 その一方で土いじりが趣味という彼女は、貴族の女性が過敏なほどに厭う肌に散るそばかすを嫌うことをしない。

『外で土をいじっている者の宿命よね。でも、私は嫌いじゃないわ。だって太陽からの贈り物だもの』

 過去、そう言ってエリーゼはにっこり笑っていた。そんな彼女が、オルガには眩しかった。


(今日は調子がいいみたい)

 いまだ食べ物に思いを馳せているであろう親友に、(よかった)とオルガは安堵の息を漏らす。この親友は病の為に、調子が悪い時は彼女を溺愛する邸の主が外に出る事を厳命する。ゆえに、顔色を見ずともエリーゼが外に出ていた事実から、彼女の健康状態はすぐにわかるのだ。

 本当はエリーゼの楽しみを制限してしまう邸の主に対して少しやりすぎだと思うけれど、オルガは主の気持ちもよく理解できた。オルガもたった一人の親友エリーゼが大好きだから。

(歪んだあの男の気持ちがわかるというのも複雑だけど)

 複雑というか、すごく、とんでもなく複雑だけど。こればかりは仕方ない。

 もっと、もっともっと元気になればいい。この邸内をたくさん動けるくらい。駆け巡ることができるくらい。外でいくら土いじりをしていても咎められないくらい。その願いを込めて、オルガは明るい声で言葉を紡ぐ。

「エリーゼの作るジャムもお茶も砂糖漬けも、どれもとても楽しみだわ」

 すると、エリーゼはオルガへと振り返り、破顔しながら「任せて!」と胸を張った。


 そうこうして歓談しながら歩いていると、目的地であるエリーゼの部屋まであっという間に辿り着く。

 「ようこそ」という言葉と共に、エリーゼが扉を開いて脇に控える。先に入室するよう促されたオルガは、彼女の意図に従って部屋へと一歩踏み出した。

 ――が、次の瞬間、オルガの表情は盛大に引き攣る。

「どうしたの、オルガ?」

 こてんと首を傾げるエリーゼ。そんな呑気な声とは対照的に、地を這うような声をオルガは発する。

「なんで貴方がいるのよ」

 オルガは視界のど真ん中――テーブルセット――で優雅にカップを傾ける青年へと吐き捨てた。だが青年はオルガを見るやいなや、カップを受け皿へ置いて紳士然と微笑みながらひらひらと手を振ってみせる。彼の顔には、オルガのような苦虫を噛み潰した色は見当たらない。その見せつけるような余裕が、余計にオルガの気に障った。

「御機嫌よう、オルガ。ほら、立ったままじゃ疲れるでしょ? そこに座りなよ」

 そう言って、青年ことレリオは向かい席を手で示す。しかしオルガはその通りにはせず反駁した。

「いやいやいや、ここは貴方の部屋じゃないでしょ。ちゃんと目を皿のようにして内装を確認して頂戴」

 言葉と共に、部屋の右端から左端までをぐるりと指をさす。指先の向こうには、深い緑色の壁。床は深い色味をした木を使用しており、それらはまるで森林のように落ち着いた内装になっている。配置された家具のどれも素朴で過剰な装飾がなく、まさに自然を好むエリーゼの為に誂えられた部屋そのものだ。

「ご覧の通り、エリーゼの部屋でしょう。それなのに、なぜ貴方が我が物顔でソファに鎮座して、しかもお茶を飲んでいるのよ」

 咎めるように腕を組んで見せれば、レリオはにっこり笑う。なんとなく彼の纏う空気が冷やかになった気がして、オルガの本能が敏感に察知した。

(あ、これ関わらない方がいいやつだわ)

 ――レリオは怒っている。そう即断し、藪蛇とばかりに口を噤む。

 他方、笑っていない目を細めて、レリオが優しくエリーゼの名を呼ぶ。その声に温度は感じられなかった。

 それにエリーゼも気づいているのだろう。彼女は無言でオルガの後ろに身を隠す。

(……私、盾じゃないんだけど)

 思いながら、「……エリーゼ――」と頭を回らせ囁けば、「エリーゼ、そこにいるのはわかっているから出ておいで」とレリオがオルガの声を遮った。

 数拍待ってもエリーゼはオルガの背中から離れない。膠着状態に、レリオの笑みが絶対零度から氷点下へと記録を伸ばした。こうなると、間に立つ破目になったオルガは堪ったものではなかった。

 業を煮やしたレリオが手招きする。その様がまるで魅力的な悪魔が手招きするように見えたのは、オルガの目の錯覚だろうか。

 いい加減、こうして自分が盾を続けるのも限界だし意味がない、と思ったオルガは長い溜息を吐いた。ついで、もう一度振り返ってエリーゼを諭しに入る。

「……エリーゼ、時間を引き延ばせば引き延ばすほど彼の機嫌は悪化する。これまでの経験でわかっているでしょう? さっさと彼のところへ行った方がいいわ」

 エリーゼは上目遣いでオルガに助けを求めたけれど、オルガは心を鬼にしてレリオのもとへ早く行くよう顎をしゃくった。その反応に肩をがっくりと落としたエリーゼは、渋々レリオとの距離を縮める。

 そうしてようやく、オルガはレリオに勧められた向かいソファへと向かうことが叶ったのだった。


 座ってすぐ、オルガは光の差し込む窓へと顔を向ける。内装の色調のみから判断するとさも薄暗い部屋を想像してしまいがちだが、邸の中でも特に日当たりの良い場所に位置しているので、晴天ならば大きな窓から室内を満たす明かりが差し込む。それはまるで木漏れ日のようだった。

 鼻から空気を吸い込めば、親友の好きな香木の薫りが仄かに鼻孔を擽る。まったく異文化の国から取り寄せたというその香は、オルガの心を和ませた。――もちろん、今は現実逃避に他ならないけれど。

 少しばかり妄想の世界に思いを馳せてから、呆れまじりに視線を正面席へと向ける。そこでは、傍からみれば恋人同士のいちゃつきにしか見えない小競り合いが繰り広げられていた。時間にするなら、かれこれ五分は経過しただろうか。

 以下は、傍観者オルガによる二人のやりとりである。

「わたしの部屋で寛いでお茶を飲んでいるなんて、オルガにも失礼よ。親しき中にも礼儀ありでしょ」

 我が物顔でソファに座るレリオの隣で腰を屈め、鼻がぶつかりそうなほどに顔を近づけて怒るエリーゼ。対し、レリオは距離をとるどころかエリーゼの額と自分のそれを合わせて、甘えるように反論した。

「仕事が終わってエリーゼに会いにきたら、君がいないんだもの。寂しくて、不安で君の帰りを部屋でずっと待っていたんだよ?」

 どこか咎めるようにオルガには聞こえたが、声はどこまでも甘いから気のせいかもしれない。むしろ先刻まで凍えるほどの怒りを湛えていたのに、その怒りは一体どこへいったのか、とオルガは不思議に思った。彼の感情の切り替えの早さは尊敬の域である。

「ごめんね、レリオ。でも、今日は調子もいいから大丈夫よ。ほら」

 この「ほら」のところで、エリーゼは提げていた籠を床に置いてからレリオの両頬を両手で覆うと、顔色を見せるように至近距離で見つめ合う。

(そんなに近いと、お互いの瞳くらいしか見えないんじゃないかしら)と内心首を捻るオルガだが、口を挟むのも野暮というものと長年の付き合いから諦めていた。

「……本当に、大丈夫かい?」

 レリオが心配や不安よりも恐怖心が色濃い声音で問う。それに、エリーゼは笑声を含ませて「大丈夫!」と姿勢を正し、胸を張った。その姿を見上げるレリオは、安堵の色を黒瞳に浮かべて見惚れるように相好を崩す。

(今日もお熱いわねぇ)

 第三者であるオルガからすれば熱気に中てられたような、ぬるま湯に浸っているような生あたたかい気ものが胸の内に満ちる。けれど、それは決して不快ではなかった。

 国に五つしか存在しない公爵家の内の一つ、ルカーリ家。東方の代表といえるルカーリ公爵家の若き当主 レリオ・ルカーリと、子爵家の血を引きながらも平民であるエリーゼが非常に仲の良い恋人同士という事実は、オルガにとって微笑ましく、焦がれる理想像でもあった。まるで、恋愛小説のような身分差の恋。しかし、現実とはかくも厳しいもの。誰もが様々な障害によって挫折していくなかで、レリオとエリーゼは常に愛を貫き続けてきた。

 そんなオルガの理想像――の筈――の二人はといえば、死んだ魚のような目をするオルガの真向いでまだいちゃついている。汚れているにも拘わらず、顔を埋めるようにしてエリーゼをエプロンごと抱きしめるレリオに、エリーゼは赤子をあやすように頭を撫でていた。

(この状態まできたら、いちゃいちゃ小競り合いはもうそろそろ一段落つくわね)

 恒例行事なので、オルガはそう即断する。そしてそれが外れることは、これまで一度もなかった。

「……レリオ、そろそろお客様をおもてなししなくちゃ」

 エリーゼがレリオの背中をぽんぽんと二度叩くと、レリオは渋々といった風にエリーゼを拘束する腕の力を緩める。それからオルガへと視線を向けてこう言った。

「おや、すっかり君のことを忘れていたよ」

 あはは、と爽やかに笑って見せるレリオだが、彼とも無駄につき合いの長いオルガは無表情で「そう」と棒読みで応じながら内心毒づく。

(嘘くさ。絶対私の目の前だってわかっていてやった癖に)

 思いながらも、オルガは「はいはいさいですかー」とおざなりな返事で嫌味を躱し、部屋の主かの如く足を組んで肘掛けに頬杖をついた。レリオも根性が悪いけれど、オルガもこれくらいには図太い――というよりも、茶化し合いが当たり前なほどに三人の関係は気安かった。

 斜に構えた態度で目の前の二人を眺める。オルガの灰色の瞳が映す景色は、一秒ごとにどんどん移ろっていく。

 まず、エリーゼが着替えとオルガのお茶も用意する為に踵を返した。次に動きを見せたのはレリオで、去りゆく恋人の後ろ姿をどこか不安そうに見つめていた。扉が静かに閉まり、部屋の中に沈黙が生まれる。

 数拍の沈黙を経て、オルガは溜息まじりに言葉を紡ぐことにした。

「そんなにエリーゼを束縛しなくても、お医者様には毎日診察してもらっているんでしょう? 顔色も悪くないしエリーゼだって大丈夫って言うんだから、少しくらいエリーゼの言葉を信じてもいいんじゃないかしら?」

 慰めは言わない。オルガとレリオはそんな優しい関係ではないから。従って、苦言を呈す。それに、レリオは不満も露わに柳眉を顰めた。

「……君に言われなくても、わかっている」

「でしょうね」と返すかわりに、オルガは苦笑した。

「貴方は私と約束した。だから、たとえ貴方でも心労で早世でもされたら困るのよ」

 憎まれ口を叩けば、レリオはくしゃりと顔を歪めて笑った。それでいい、とオルガは思う。

 オルガはレリオとエリーゼの仲睦まじい姿を見るのが好きだ。呆れはするけれど、それくらいが丁度よいと思うほどに好きなのだ。身分に差はあれど、お似合いだとも思う。

 レリオは彼の厳格な一族が口を挟む隙もないくらいに、公爵として、そして王の側近として手腕を発揮している。秀才というよりも天才肌で、オルガの知る限り昔から要領の良い人だった。容姿もアッシュグレイの髪と神秘的な黒い瞳を持ち、人好きのする笑みを絶やさない。そのくせ目の下にある二つの小さなほくろがどこか甘い色香を放つ。そんな優艶な青年なのだ――表面は。

 オルガは本当の彼がどれだけ傲慢で独占欲が強くて気難しく、強かかを熟知している。愛執や依存、執着がどれほどエリーゼに向けているのかも。だからこそ、彼の隣に立つのはエリーゼでなくては務まらないと判じている。月のようなレリオと、太陽のようなエリーゼ。月は太陽がなければ輝けない。まるで、レリオとエリーゼの関係のようだ。

 けれど――二人の関係を祝福する理由に打算がないかといわれれば嘘になる。

 たくさんある、打算。その内一つは、オルガにとっても非常に重要なこと。

 エリーゼは身体が――心臓が、一度の発作で寿命を縮めていくほどに弱い。薬を飲めばある程度延命できるが、その薬は一般庶民が手にすることのできる値段ではない。

 もちろん、オルガが費用を工面することもできる。しかし、エリーゼはそれを望まないし受け入れてはくれない。

 それでも、唯一エリーゼが治療を受け入れる弱味があった。幼い頃からエリーゼは、自分に依存するレリオにだけは甘かった。自分がいなくなったら……という不安も本人にはあるのだろう。結果的に、彼が懇願するならと薬も治療も受け入れてくれた。

 レリオの心を生かす為にエリーゼは必需で、エリーゼの命を生かす為にレリオは必需となったのだ。ゆえに、オルガは唯一の親友を失わない為にも二人の恋の成就を願う。

(……どんな形でも互いが互いを必要としているなら、目がどろどろにとけそうで口から砂糖が流れ出そうでも、私は二人を見守り続けて見せるわ)

 もはや意地もあるかもしれない。それでも、オルガは二人の恋を見守り続けると決めている。


 やがてエリーゼがティーワゴンを押して現れる。この邸の中ではエリーゼに女主人として振る舞ってほしいと願うレリオだが、エリーゼは一貫して「自分でできることはしなくちゃ」と退かないのだ。そして使用人達もそれをあたたかく受け入れているから、レリオもこれ以上強く言えないと以前ぼやいていた。

 けれどそのおかげでエリーゼが元気な時、オルガもレリオも彼女の淹れる美味しいお茶とお手製のお茶菓子が食べられる。エリーゼも「筋力が衰えない程度の運動になるから」と言っているから、これで良いのだろう。

 エリーゼの再登場に、立って両手を広げて出迎えるレリオ。ほんの数分の別れによる再会でも、こうして感動して見せる彼には本当に呆れる。二人の様子を上目で覗き見て、オルガは頬杖で口元を隠した。

(本当に、エリーゼとレリオは出逢ってからずっと変わらない)

 そのことが嬉しくて、微笑ましくて堪らなかった。この二人ならきっと、絶対――約束・・を守ってくれる。たくさんの意味を持つ、かつて交わした約束を。

 口元が緩むけれど、いけ好かないレリオには絶対に見られたくはないから、唇を引き結んでから顔を上げた。


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