3. オルガ、初告白する(3)
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オルガは最上級の礼を執るべく、深くお辞儀をして主の登場を待った。
間もなくして扉が開き、美声が部屋に響く。
「ご機嫌よう、オルガ嬢」
現れたのはもの凄い美貌の持ち主だ。男性にしては高く、女性にしては低い声を発したその人物こそ、この国の王 アルノーである。
「陛下、お久しぶりでございます」
腰を曲げたまま答えたオルガに、小さな溜息が零された。瞬間、オルガの心臓がドキリと嫌な音を奏でる。昏倒したことでアルノーに迷惑をかけたからそれを零されたのか、それとも今この時になにか失敗を犯したのか――原因はわからないものの、いずれにしても王に不快な思いをさせてしまったらしい。
緊張が走る部屋はオルガにとって苦痛を伴ったが、オルガの気持ちとは裏腹にアルノーは穏やかな声でこう言った。
「畏まらなくていいよ。肩が凝ってしまうからね。ほら、背筋を伸ばして」
宥めるような優しい言葉に急かされておずおずと顔を上げれば、アルノーはにこやかに微笑みながら軽く手を挙げていた。翻訳をつけるならば、「ご機嫌よう」よりも「やぁ」という感じだろうか。
そうして城の主は軽やかな足取りで部屋の敷居を跨ぎ、オルガとの距離を縮める。一方、オルガは肩の力を僅かに抜きながら淑女の手本のように姿勢を正した。それでも王から発せられる天性の威光に、手に汗を握らずにはいられない。
佇みながら、この国の王を眺める。そして鮮明には答えられないけれど、なんとなくどこかが(似てる)と思った。
王の強気で少し眦の上がった目は、見た者に意思の強さを悟らせる。真っ直ぐな視線は思慮深さを覗かせ、それでいて瞳は遠浅の海を思わせる優しい水色をしていた。そのちぐはぐしているようでいて見事に調和した、不思議な雰囲気を持つ目に魅入られない者がこの世に何人いるだろう、とセルジュ一筋のオルガでさえ思う。
さらに顔立ちは、傾国の美貌とも讃えられるセルジュと並ぶほどに綺麗なつくりをしており、歩く度に、緩く編まれた色味の薄い金髪がかの人物を輝かせて見せていた。
(綺麗……)
見惚れ、心中で呟く。恋の意味でときめくことはないけれど、どことなく、けれど確かにセルジュと似た容姿はオルガにとって好ましいものだった。
(そういえば)とオルガは思い出す。
セルジュの父であるカゼラート公爵は先王の妻――現在の王太后――の実弟だから、セルジュとアルノーは従姉弟という関係だ。つまり。
(従姉弟なら、二人が似ていてもなんの不思議もないわ)
こっそり納得した。しかし、オルガはよく似た二人の顕著な違いもまた再認識する。
――それは、アルノーが見紛うことなき華奢な女性であること。
彼女の纏う服装はこれまで代々の王や領主が身に着けてきた男性のそれと同じだが、決してアルノーが男性には見えることはない。むしろ、女性らしさが引き立っており、その容姿を例えるなら、”男装の麗人”という言葉がしっくりくるだろう。
(本当に素敵)
そんなことを空想と現実の狭間でぼんやり考えていれば、光陰矢の如し、アルノーに見惚れていたオルガの目前に本人が立っていた。
オルガは驚きに目を瞠る。
アルノーはといえば、オルガの反応を受けて貴公子然と微笑んだかと思えば、流れるような所作でオルガの手――セザールに口づけられた方――を持ち上げた。
(え?)
なぜ?
意味も理由もわからずオルガがきょとんと王を見下ろすと、その手の甲を見つめて王は囁いた。
「私の臣下がすまないことをした。心から詫びよう」
直後、セザールからの口づけを上書きするかのように、王の唇がオルガの手に近づく。
突然の事態にオルガは言葉を失った。それもその筈で、手の甲への口づけは普通臣下がするものであって、王がするものではない。また、セザールとオルガの関係同様、オルガがアルノーと親友のように親しいわけでもない。ゆえに王の考えがわからない者にとってみれば、この行動は突拍子もなく、常軌を逸しているに等しい。そもそも、セザールが初対面であるオルガにこの行動をとったことでさえ非常識に近いのだ。
「……陛下?」
王の意図がわからない。この部屋にオルガとアルノー以外いないけれど、第三者の目がないからといって冗談を交わす間柄でもない。開け放たれた扉口から、いつ誰が現れるかもしれない。だから、困惑するしかできなかった。
かといって、相手は王だから己の手をとるそれを振りほどくわけにもいかない。よって、オルガは戸惑いながらその時を待つしかできず、目を瞑ることで気まずさを誤魔化した。
ところが、いつまで待ってもオルガの手の甲に王の唇が触れることはなかった。第三者の咳払いが二人の間に割り込んできたからだ。
「陛下、その辺にしてください」
二人の間に割り込んできた声に、オルガが目を開く。他方オルガの目の前に立つアルノーは、口づける為に伏せていた顔を上げて声の主へとそれを向けていた。
アルノーの視線を追ってオルガもそちらへと目を向ける。そして不機嫌そうにそこに立つ人物を捉えて、ほっと安堵の息を吐いた。
「セルジュ、様……」
緊張の糸が切れるとともに顔の筋肉も緩む。同時に、包まれていた手から体温が離れた。アルノーがオルガの手を解放したのだ。そんな王をちらりと横目で見れば、アルノーは「もう来たのか」と言わんばかりに肩を竦めた。
「心傷ついた淑女への気遣いじゃないか。なぜそんなに怒るかな」
王はそう愚痴を零しながら、颯爽と己へと歩みくる臣下へと苦笑を送る。
その二人のやり取りがなんとなく王と臣下という距離よりも近しく感じられて、場違いにも手を解放されたばかりのオルガの胸にちくりと痛みが走った。持て余すばかりの感情に当惑する。
(変な、気持ち。なにかしら、これ。だって、そもそも陛下とセルジュ様は従姉弟で、主従で……)
たくさんの言い訳を自分の心中で呟くことで誤魔化した。それから、うじうじと悩む自分に嫌気が差して、二人のやり取りをそっちのけで自分の頬を思い切り両手で叩く。
バチン、という小気味よい音に振り向いたのは、小競り合いしていた主従。そんな二人の驚いた顔が面白くて、オルガはふふっと笑って見せた。
「驚かせて申し訳ありません。ちょっと、活を入れてみただけです」
そう言うと、セルジュは「かつ」と呟いて目を丸くし、アルノーは噴き出すように笑った。
「いや、淑女をそっちのけにした私達こそすまない。――さて、具合はいかがかな、姫君?」
お道化た言葉遣いに、オルガも悪戯っ子のように口角を上げて答える。
「お気遣いありがとうございます、陛下。もう大丈夫です」
「それはよかった」
そう囁いた王は、滑らかな足取りで近くに置かれた寝台に腰かける。
「陛下っ」
王の傍に控えていたセルジュが窘めるものの、王はどこ吹く風というように肩を竦めるだけだ。
「まったく堅物だよね、セルジュは。近衛騎士の中でも優等生だけど、頭が固くてうるさいんだ」
王の不満にセルジュは眉間に皴を寄せたけれど、オルガにとっては自分の知らない彼を知れたことが嬉しかった。ゆえに、顔を綻ばせる。
「……ですが、セルジュ様はお優しい方ですわ」
小さな声で紡ぐ。誰に聞こえなくてもよかったその声は、どうやら二人に届いていたらしい。セルジュは照れるようにさっとオルガから視線を外したし、王はからからと笑い始めたから。
二人の反応を不思議に思うオルガ。彼女を見上げた王は、楽しそうに口角を上げた。
「ああ、君の言う通りセルジュはいいやつだ。それは私が保証する。 ……ただ、やはり優等生すぎるから、これからはぜひともオルガ嬢にセルジュの日常を引っ掻き回してほしいかな」
(……引っ掻き回す。ちょっと……いえ、大分人聞き悪い気がするわ)
そう思ったものの、口に出すこそはしなかった。相手は王だから。
そして王が上着の合わせ目からなにかを取り出す。筒のように丸められた紙のようだ。それを「参考にしてくれ」と言いながらアルノーがオルガへ突き出すと、反射的にオルガはそれを受け取った。
「ありがとう、ございます。……あの、これは?」
「開けてごらん」
楽しそうに促す王の言葉通りにそれを恭しく広げれば、名前が羅列された表と丸が書き込まれていた。なにやら表題もある。
『王の執務室警護当番表』
心の中で読み上げたオルガは目を丸くした。
「あの、これっ」
「ぜひ、使ってくれ。私の生活空間に立ち入る為の徽章は君に渡してあるよね?」
「はい」
「それなら、セルジュの執務室警護当番日がわかった方が、君が四階まで来ても空振りしないで済むと思ってね」
そう言って、王は片目を瞑って見せる。軽い口調と茶目っ気のある表情に隠された裏の意味を察したオルガは、歓喜に胸を震わせた。王は言外に、オルガが職務中のセルジュへ会いに来ることを許可していると伝えてくれたのだ。
当番表を胸に抱いて、深く頭を下げる。
「ありがとうございます、陛下!」
失恋しても再度告白するつもりでいたオルガにとって、王城で必ずセルジュを捕まえられるとは限らないことは悩みの一つだった。今日だって会えるという確信はなかったから、兎にも角にも草の根をかき分けてでもセルジュを探し出すつもりで登城した。今日は運よく人伝に居場所がわかったけれど。
王の計らいは、そんなオルガの悩みを一つ解決してくれた。
(この表があれば、時間を一分一秒無駄にせずセルジュ様と会える!)
飛び跳ねたいくらいに嬉しくて、オルガは頭を下げたまま声を弾ませる。
「本当にありがとうございます!! 私、頑張ります!」
ついで頭を上げて、満面の笑みを浮かべた。
そんなオルガの勢いに王は呆けた後、眉尻を下げて微笑む。その笑みは、過分の礼を言われたかのように苦い。
「礼をいう必要はないよ。臣下の不始末に対する謝罪だと思ってくれ」
「陛下のせいではありませんわ」
心の底からそう思う。だから、オルガは王にも笑ってほしくて明るい声と表情で答えた。
それから握りしめた当番表を意識して、深呼吸する。どうか、今度は失敗しないように。今日のように弾け過ぎず、かといって引き過ぎず、今度こそ程よく攻めるのだ。
(――セルジュ様、いざ、勝負ですわ)
心中で唱え、射止める照準を合わせるようにセルジュを見据えれば、彼は身じろぎした。反応があるということは、彼の心が揺れたということ。それが狼狽えでも身構えでも、心に何も響かないよりは余程いい。
(もっと。もっと揺れて)
その願いを込めて、視線をそのままに保って優艶に微笑む。
「それでは改めまして。フィオーレ侯爵の娘 オルガ・フィオーレと申します。本日はこれにて失礼致しますが――諦めは悪い方ですので、以後、よろしくお願いします」
オルガは右手を差し出す。
セルジュはその手を見下ろすと、目を瞬いた。それはきっと、この国で握手は女性がする一般的な挨拶ではないからだろう。男性が女性にする挨拶は、胸に手を当て会釈する。女性が男性にする挨拶はドレスの裾をつまんで膝を曲げる。そのどちらも肌が触れ合うことはない。
しかし、オルガは異性として敬ってほしいわけではなく、セルジュと対等でありたかったからこの方法を選んだ。
――そしてもう一つ、理由がある。
「君は破天荒な人だな」
「はい。猪突猛進型であることを、私自身、今日知りました」
反駁すれば、セルジュは堪え切れなくなったかのように、くしゃりと笑った。やがて彼はオルガの手をとりながらこう告げる。
「歓迎……というわけではないが、よろしく」
その自分とは異なる体温に、剣だこのできた硬くて大きくて力強い手に、オルガは様々な感情を隠したくて頷くように俯く。紅潮した頬、動悸の激しい胸、そのどれも知られること自体恥ずかしいけれど――今のオルガはなによりも彼と肌を触れ合えたことが嬉しくて、泣きそうになる顔を隠したかった。
*・・・*・・・*・・・*
オルガと別れ自身の執務室に戻ってきたアルノーは、どさりと身を投げ出すようにして休憩用に設えてある長椅子に腰掛ける。その不作法な様子に、護衛の為共に部屋へ戻ったセルジュは目を眇めた。
「陛下」
窘める声に、アルノーは天井を仰いで「休憩だよ、休憩。君しかいないんだしいいじゃないか」と受け流す。セルジュから溜息が零れたものの、言葉による追撃はないから一応許してはくれたらしい。
睫毛を伏せ、暫し思考に耽る。脳裏に過るのは、別れ際に交わしたオルガとの会話だった。
『――オルガ嬢、あのことは私から伝えておくから、今日はもう帰ってゆっくりお休み』
そう告げれば、オルガは眉尻を下げて、それでも気丈に振る舞っていた。そこが健気でいて、どこか危うい気がするのは自分の考えすぎだろうか。そんな不安が胸中に渦巻く。
アルノーとオルガは、セルジュとアルノーの関係ほど深くはない。だが、決して浅いわけでもなかった。
過去、アルノーの記憶にあるだけでも何度か顔を合わせる機会があった。その度、自分の中の彼女の印象は変わっていった。
先刻から数えて一度前、二度前の彼女の姿が、今もアルノーの記憶に深く刻まれている。きっと、傷痕のようにその記憶は一生消えることなどないだろう。
(オルガ嬢にああは言ったけれど、本当は知られたくないだろうな)
けれど、今後を考えれば伝えないわけにはいかない。ならばオルガ自身の口でセルジュに伝えたかったかもしれない。そうは思いながらも自身が進んで伝言役を買って出たのは、彼女の体調を気遣ってだった。
考えに沈んでいたからか、気がつけば睫毛を伏せていた。アルノーは仰向けていた頭を起こし、向かい席を指で指し示しながら命じる。
「セルジュ、席に着け」
「まだ職務中です」
どこまでも生真面目である。頑なな臣下に溜息を吐き、目を細めることで無言の圧力を加えれば、彼は口をへの字に歪めながらも向かいに座った。
(まず、なにから話すべきかな)
アルノーは手始めに軽口から無難に攻めるべきかと思考する。ついで、ならばと足を組み、両腕も組んで見せた。――王として、自分が望む反応を相手から引き出す術は心得ている。ゆえに、相手を弄ぶようににやりと目と口に半月を描いた。対面しているセルジュがその表情を見て嫌そうな顔をしたから、演技は上々だろう。
「セルジュ」
「なんでしょう?」
「オルガ嬢をどう思う?」
その問いは、セルジュからの返答をすぐに引き出すことはできなかった。
(……あれ? なんだろう、この間)
初っ端から自分が求めた反応をセルジュから引き出せず、アルノーは表情を崩さないながらも疑問符を頭の中に浮かべる。
(いつもと反応が違うな。いつもなら――)
セルジュは次期公爵として、「そろそろ結婚でも」と周囲から急かされている。だが、セルジュは生真面目で――なによりも、誰よりも公爵家のことを考えている。だから、結婚相手も自分の好みではなく、いかに好条件の相手と縁組するかで選ぼうと考えているだろう。長い付き合いから、アルノーには手に取るようにわかっていた。
熟知しているからこそ、いつも茶化すように「その生真面目な角が少しでも取れるように恋でもしたらどうだ?」「遊んだらどうだ?」「好きな相手はいないのか?」「あの女性をどう思う?」と尋ねたりもした。その度、セルジュは面倒くさそうに軽くあしらっていたのに。今回は――。
(……まさか、脈あり?)
と思ったのも束の間、セルジュは閃くように眉宇の力を緩めてこう言った。
「元気なご令嬢だと思いました」
「元気……」
「突如現れたかと思えば、大きな声で告白をしてきたので。これまで会ったどの淑女とも違います」
そう語るセルジュは、やっと自分の中で納得できる答えを見つけたかのように、”きりっ”という効果音が聞こえそうなほど満足そうにしている。一方、アルノーは肩透かしを食らった。
(……まぁ、セルジュの言葉も最もだけど)
別に、セルジュにオルガを押しつけたいわけではない。ただ、恋に疎いセルジュが珍しく素の笑みを見せていたから、もしかしたらと少しだけ期待してしまった、それだけだ。けれど。
「……つまらないな」
その独り言をセルジュは耳聡く拾い上げる。
「恐縮です」
「褒めていない」
「存じております」
アルノーは深い溜息を吐かざるを得なかった。
(この男に恋情を少しでも期待した私が馬鹿だった。……まぁ、余談が長引いて本題に入れなくなったら困るし、仕方ない)
諦めて、アルノーは本題を切り出すことにする。
「君に、オルガ嬢のことを伝えておく」
声を少し硬質なものに変えて紡げば、すぐに察したセルジュは真っ直ぐにアルノーを見つめた。
(セルジュの瑠璃色の瞳が色味を増した気がする)
そんなことを考えながら、アルノーは言葉をつぐ。
「彼女は――男性恐怖症だ」
刹那、セルジュは目を瞠る。セルジュの反応も最もと思ったアルノーは苦笑した。
(確かに、オルガの行動を考えてみればセルジュの気持ちもわからないでもない)
オルガはセルジュに告白する為に騎士や官吏が集まる王城まで来たと言っていたし、男であるセルジュへの恋情をこれからも諦めないと宣言した。それに、確かにセザールと接触して意識を失いはしたけれど、セルジュには自分から握手を求めていた。この結果から、男性恐怖症の可能性を考えはしても、確定するには至らないだろう。
訝るように眉間に皴を寄せるセルジュが口を開く。
「……では、私に告白をしてきたのは、政治的な目的と考えても?」
しかし、アルノーは「さぁ」と首を傾げた。
「政治的な意図があるかはわからないが、オルガ嬢が触れても発作を起こさない、数少ない男性の一人が君だということもまた真実だ」
「……なぜ?」
「さて、私もそれに関しては詳しく知らない。恋ゆえかもしれないし、そうではない本能的なものかもしれない。でも、貴族令嬢にとって婚姻とは子を成すことにも繋がるから、オルガ嬢にとって君は色々な意味で特別で、貴重な存在でもあるだろうね」
セルジュは腑に落ちない顔をした。あまりに生々しい考えだったかもしれないとアルノーは少し反省する。
(自分の考えを述べただけだが、セルジュは生真面目な分どこか潔癖だからな……。……私のせいでオルガ嬢の印象が悪くなっては少々申し訳ないかな)
だから、いいことも付け足しておくことにした。
「なにはともあれ、今後も君のところへ告白しにやってくるらしいから、それくらいの気概はあるわけだし、君への執着もあるのだと思う。……彼女は決して悪い人ではない、これだけは約束するよ」
アルノーはオルガを弁護したつもりだった。けれどなぜか墓穴を掘り進めているように思えてならないのは、セルジュのどんどん難しくなっていく顔のせいだろうか。どうしたものか、と頭を高速回転させて考える。やがて浮かんだのは、思いつき以外のなにものでもない提案。
「……そうだ! オルガ嬢が王城へ来た際は、守ってやってほしい」
すると、セルジュはアルノーを射貫くように見つめた。問いただすような、真理を見極めようとするその瞳はアルノーの居心地を悪くする。互いに無言でいればいるほどに緊張感が張りつめる。それがどうにも煩わしくて、アルノーは「言いたいことがあるならさっさと言え」と水を向けた。
「……陛下はオルガ嬢に現状でもかなり融通しているように見えます。四階への立ち入り許可もそうですし、オルガ嬢を守るよう命じることもそうです。――それは、なぜですか?」
セルジュの眼差しは、言外に「王が理由もなしに誰かを贔屓すべきではない」と告げていた。
躱すことの許さないセルジュの視線に、アルノーは一瞬目を瞠ってから、ここではない遠い記憶を見つめるようにほろ苦く笑う。
記憶に蘇る、黒髪の娘の姿。灰色と、赤と、暗闇と。今でも、思い出せば胸が痛む。その痛みを笑むことで覆い隠して、真っ直ぐにセルジュの瞳を見つめ呟いた。
「……贖罪、かな」
さらに目元を険しくするセルジュ。色々聞きたいのだろうとわかったけれど、アルノーはこれ以上言及させるつもりなどない。よって、話を切り替えた。
「この城は魑魅魍魎が跋扈している。……ほんの数週間前も、東方の貴族令嬢がこの城を去っていった。警備を厳重にしても不思議はないだろう?」
「……彼女を、生贄にするおつもりですか?」
「生贄に甘んじるならば、公爵となるお前の妻など務まらないだろう」
「――そうですね」
休憩は終わりとばかりにアルノーが腰を上げれば、セルジュもそれに倣う。
「警護に戻っても?」
その言葉に、アルノーは執務机へと歩を進めながら「ああ」と短く返事をした。
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