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曼珠沙華律遍鏡  作者: 足利ハジメ
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証明不可《キノウ死ンダワタシ アスヲ生キルワタシ》1

 部屋はとても暗くて、何も見えない。何も聞こえない。

 手探りが伝えるのは、温度のない机とベッドの形状。どちらも感触でしか存在しない。わかるのは、自分が木の床の上に立っているということだけ。

 後方にある扉は開いたままなのに、光はなかった。どうやら明かりもつけずにここまで来たらしい。

 仰いでも俯いても同じ暗闇。私は深海に浮かんで――沈んでいる。

 ここは

酷く

 息苦しくて

酷く

 寂しい


 しばらく立ち尽くしていたからか、少しずつ視界が開けていく。 

 空虚な瞳が机の上に置かれた写真立てを捉える。机の上は綺麗に整頓されて、それ以外眼に映るものがなかった。

 はめ込まれた写真には、三十代半ばの女と七・八歳程度の男の子。二人とも、その顔には笑顔が張り付いている。

 見たこともない女は、幸せそうに――なんて不気味な写真なのだろう。

 ふと視線を上げ、ようやく電灯のスイッチを見つける。カチッという安っぽい音がして、白色が部屋を一瞬で染め上げる。

 その部屋はこざっぱりとしていて、淡色のシーツ、壁紙、木製の机とベッド、古めかしい掛け時計、隅に追いやられた鏡台で構成されていた。床は板張りで、何一つ落ちているものはない。

 私は鏡台を正面に、膝をついて鏡を覗き込んだ。大きな瞳に少し低い鼻。長く伸びた黒髪は、角度によっては少し茶色にも見える。肩を過ぎた髪の毛が、細身の背中に頼りなく寄りかかっている。

「気味が悪い……」

 呟きは、ただ一人きりのがらんどうに虚しく響き渡る。

「ああ、なんてことはないじゃない。見るまでもなかった」

 今になって気付いた私は愚かだ。意味も必要もない行為に、分かりきった姿で向かい合って。

 ただあの写真の中の女が、ぼんやりと私を眺めているだけではないか。


 振り返ればそこには喪失があった。足跡だけが私を責め立てている。

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