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曼珠沙華律遍鏡  作者: 足利ハジメ
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追放概念《ダンザイハ マジョヲ 殺ス》2

 秋深し、は少し過ぎてしまいましたかね。加美野かみのさとしは今日も元気です。

「なんだ。星見はまたサボりか」

 眼鏡をかけた長身の男が、窓枠に寄りかかっている僕の隣に並ぶ。

そこから見えるのは校庭。体育着姿の女子が、スポーツの秋にちなんでマラソンに勤しんでいる。トラックを回り続ける集団から少し離れて、制服のままの女子が一人。

「うん、体育は欠席が多いと補習になるからじゃないかな」

 二年B組の星見ほしみまいといえば、補習での遭遇率100%の常連だ。

「体育だけは、一緒に補習出られないんだよなぁ」

 かく言う僕も、補習にはかなりの頻度で出席している。これもひとえに星見さんと一緒にいたいからだけれど、体育は男女別だからそれも不可能。

「あいつ、このままじゃ留年するんじゃないか?」

 眼鏡の男――桐原きりはら総司そうじが、金髪の女子生徒を眼下に眺める。染色に痛んだ彼女の長い髪が、秋風に晒されて不規則に漂っている。

「もしかしたら、そうなりたいのかも。彼女、頭はいいはずだから」

 先生方が星見さんを容認しているのは、その理由からだ。定期的に行われる模試では校内順位で総司に次ぐ成績を残している。まあ、総司は全国一を数度経験しているだけに、二人の開きはかなり大きいけれど。

「…そういえば、一昨日の話、聞いたか?」

 総司にしては珍しい歯切れの悪さ。

「うん。星見さん、加藤先輩に告白されたんでしょ」

「ああ、返事は…」

「知ってる。だって僕もその場にいたし」

 衆目を気にもかけず、告白という一大イベントをこなしてしまった加藤先輩はすごいと思う。

「知っていたのに、ああも付き纏っていたのか?」

「だって関係ないじゃん。べつに結婚してるわけじゃないんだから」

「それは、そうかもしれないが」

 総司は呆れているのか、はたまた感嘆なんてこともあるかもしれない。

「それにさ、星見さんが付き合うことにしたのって、多分僕が見ていたからだと思うんだ」

 星見さんは、付き合ってからも独りでいることが多い。というよりも、加藤先輩と歩いているところを数えるほどしか見たことがない。

「星見さん、不良みたいなレッテル貼られてるから敬遠するヒト多いけど、それでもやっぱりモテるからさ。こんな言い方したら悪いけど、加藤先輩って見た目怖いじゃん。多分男除けにされちゃったんだと思うよ」

 事実、現在も彼女に言い寄っているのは僕くらいだ。

「そうか、まあ、ありえなくはないか。俺も、加藤よりはお前の方が可能性あると踏んでいたしな」

「そうだよね。少なくとも嫌われてはいないよね」

 総司の言葉に、なんだか顔がにやける。

「ただ星見はヒトを避ける嫌いがあるから、お前との相性はあまりよくない気がするが」

「えー、そうかなあ」

 浮き沈みするのは、やっぱり僕の気持ちがただ一つに向いているからなんだと思う。

「ところで、総司にはまだそういうヒトいないの?」

「だから言っただろう。俺は一人で完結しているんだ。隣に誰かを補う必要はない」

 これが総司論。僕には難解でよくわからない。ただ本当にそれを貫いている。

 総司は背も高くて顔もいい。さらに文武両道。生徒会長も務める完全無欠な男。入学当初は女子の取り巻きも多かった。

 ただ取り巻きの一人が抜け駆けして、総司に告白した時に悲劇が起きた。

「俺は君のために時間を費やすほど浪費家ではない」

 から始まって、それでもめげすに私と付き合うとこんな楽しいことがありますよとプレゼンを始めた女の子に対し

「それの何がいいんだ、君は俺を馬鹿にしているのか?」

 で切り捨てて、挙句の果てには

「よって俺が君と付き合うことは永遠にない」

 まで見事に言い切った。ええ、相手の子は泣いていましたよ。

 その後、事件を耳にした女子から若干の嫌がらせを受けたけれど、それら全てに対して完膚なきまでに口撃し、今の恐ろしくて話しかけられないポジションを確立したのだ。見事だったけれどなかなかに最低だった。

「あの、君たち、ちょっといいかな」

 回想に耽っていると、不意に背後から野太い声。

「今は授業中だ。相談しろとは言ったけど、恋愛相談じゃないぞ」

 公僕でした。ストライキ出来ない学校の公務員でした。

「先生、俺の班員を見ていただければ明白だとは思いますが、まともなディスカッションが出来るわけないでしょう」

 その通り。総司以外の班員は三名。成績は下・下下・下下。

「そうです。僕らと話し合っても時間の無駄です」

 勘違いしないでほしいのですが、僕は下です。国語は得意なんだ。比較的。

「加美野。お前も、このままだと補習だからな」

「ええっ、やった!」

「何で喜ぶんだ?」

 今の一言で、僕の目下の仕事が決定した。どうにかして下下達を補習の魔の手から救い出すこと。二人きりに近いシチュエーションを作り出すために。


◇   

 

 子供の頃、俺は魔法使いになりたかった。

 子供向けの絵本には、往々にして非現実的な存在が登場する。喋る動物、幽霊、天使に悪魔。その中で最も印象深かったのが、魔法使いだった。

 彼らは弱き者に救いの手を差し伸べ、或いは悪意ある傲慢な人間を裁いた。

 憧れ、そして幼き羨望。夢想といってもいいだろう。

 笑ってしまうかもしれないが、俺は今でもそんなものになりたがっている。もちろんそれを実現する手段が存在しないことは知っている。

 ただ心の隅で想うのだ。自身の正義を貫く方法を幾万と有する存在。神の代行とも言うべき所業を可能にする未知に。

 だが今ここに立って気付いた。

 自分は魔法使いにはなれない。

 たとえ、そういう力を持っていたとしても。

 俺は、殺人鬼と呼ばれていただろう。



 四方を人間が囲んでいる。俺を逃さないように取り囲んでいる。

 嫌悪。やつらは、その二文字で俺を捕らえようとする。

 嫌悪。お互い様だ。俺も、お前らを嫌悪している。

「主文……死刑……」

 正面に一人、他者よりも一つ高い所に腰掛けた男の一人が言い放つ。その瞬間、傍聴席から若い女の泣き声が響いた。

 死の宣告を受けた人間を悼むのではない。

 殺すことが出来て悦んだのだ。

「魔女が、お前も俺と同じだ」

 誰にも聞こえないように呟く。本来ならば、魔女の耳元で囁いてやりたかった。

 抑圧と人を殺す裁き。ここは、そういうことを望む集団で出来ている。

「魔女か、我ながらよく…」

 自身の言葉に、口の端から笑いが漏れる。

 あいつは魔女で、俺と同じ。

 じゃあ俺は魔法使いだろうか?

 殺したような喘ぎ声は、いつの間にか高笑いへと変わっていた。

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