生者必衰《バンブツミナ死ニタエル》1
ああ何と美しき存在感。
「これこそ僕の捜し求めていた」
高級住宅街の一角。僕は両手で、たった今発見した『何か』を掴みあげた。
「ああ、この何かもわからない造形」
夕の緋を背景に、しかして周囲と交じり合うことなく浮かび上がるようにそこにある『何か』。神々しくも禍々しくも見える。
わざわざ電車を使って来たカイがありました。世を闊歩するお金持ち様は、こんな素敵なものまで捨ててしまわれるのです。
「おうおう、フリスビーじゃないし、ピザを乗せる皿には少し小さい」
一見錆ばかりが目立って、円盤型としか言いようのない『何か』。抱きしめるにはちょうどいい大きさです。
「う~ん、ざらざらする」
かといって、本当に抱きしめてしまう僕は変でしょうか?ええ、限りなく趣味で生きています。
「おっとマズい。興奮しすぎてしまった。このままじゃ、また青い悪魔たちがやって来る」
繰り返しますが、ここは住宅街の一角。察しているかもしれませんが、ごみ捨て場前です。きっと程なく通報されてしまうことでしょう。
青い悪魔?ストライキ出来ない国家権力のことですが?
「わかりました!帰ります。帰りますよ!」
遠巻きに眺めていた主婦の皆さんに声を張り上げる。自分の主張をしっかり言うことが出来る。我ながら貴重な存在だ。ああ、一応ほんとに帰りますよ。
「これ以上持ちきれないんで」
早歩きをして満面の笑顔。今日は大漁でした。持参してきた肩掛けのバッグは、はち切れんばかりの小物(まだ使えるライターとか腕時計とか諸々)でいっぱいです。
おかげで、もうこの『何か』はバッグに入りません。
「はっ……!この気配」
足を止め、背筋に奔った悪寒に振り返る。
「やっぱり!青い悪魔が現れた!」
さすが公僕。通報されてから行動するまでが早い。
「だがしかし、捕まるわけにはいかない。さらば!」
ここで捕まると、交番まで連行されて長々と説教を頂戴することになる。それに彼等は戦利品まで没収してしまうのです。
走る。走る。走る。ブルーデビルとの差は中々つきません。
どうやら、いつものオジサン連中よりは骨があるようだ。ていうか、普通こんなにしつこく追ってきます?カップラーメンぐらいなら、お湯を沸かし始めてから作れるほど、長丁場の追いかけっこが続く。
敗因?この辺りの地理に疎かったことと、運の悪さですかね。
「うわっ、とっとっと……」
行く手を阻む黄色と黒のシマシマ。鬼のパンツじゃないです。踏み切りです。
遮断機はとっくに下がりきって、あとは電車が通り過ぎるまでの微妙な時間。いくら僕でも、乗り越えていく気にはなれない。だから急ブレーキ。
「オーケー、さあ捕まえるがいいさ」
もう観念しましたよ、と振り返る。
と思ったら、夢中で逃げただけあって、結構振り切れそうだったらしい。息も絶え絶えに走ってくるブルーサタンは、遠近法によって缶ジュースぐらいの身長だ。まだまだ僕の所に辿り着くまでには時間がかかる。
ならば踏切を渡らずに、反対側の道路から路地に逃げ込もう……。
と、青い死神は疲れきっていたのだろうか。落ちていた空き缶を踏みつけた拍子に転倒して、
転倒した拍子に、横断歩道へと前の人を突き飛ばして、
猛スピードで横断しようとした自転車が、その人を避けた拍子に、踏み切り待ちをしていた車へ激突して、
驚いたその車の運転手が、後方からの衝撃の拍子にクラクションを鳴らしてしまい、
そのけたたましい号令を拍子に、列の先頭に停車していた若葉マークが、なぜか急発進して、
道路を渡ろうとしていた不幸な少年が、突撃された拍子に線路の上へと押し出された。
もちろんこの僕。いったい何の拍子?
「いて、てて」
もちろん撥ねられているわけだから、その時点で無傷ではない。腕のなかの『何か』は必死に守ったけれど、膝を擦りむいたし、口の中も少し切れた。
でも、そんなのはたいしたことじゃない。
だって、ここは線路の上ですよ?警報機もカンカン鳴っていますよ?
「に、逃げなきゃ……」
足首も痛めたらしく、立ち上がるのもよろけながら。レール上を疾走する電車はもう間近。
僕はヘッドスライディングのような体勢で、線路脇へと飛び込んだ。それでも『何か』を壊されないように手に持ったままという自分に尊敬。
「あっ、これ、まず……」
ああ、わかります。多分これ間に合いません。
一瞬一瞬が、もの凄く長く感じられる。母さん、兄さん、先立つ不幸をお許しください。そしてお久しぶりです、お父さん。
鼓膜を突き刺すほどのブレーキ音。それが耳を通り抜けた時には、腰元へと超重量の衝撃が加わって……。
その直後、腰から下の感覚が全てなくなった。
人間あまりにも追い詰められると、動転を通り過ぎて冷静になるみたいだ。信じられない速さで吹っ飛んでいく下半身を、すごいなー、これ死んだなー、なんて思いながら眺めたりして。
加美野聖。乙女座。趣味はトレジャーハント。享年十六歳。
こうして僕は、あっけなく死んでしまった。
訂正。死に損ないました。