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曼珠沙華律遍鏡  作者: 足利ハジメ
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証明不可《キノウ死ンダワタシ アスヲ生キルワタシ》7

 ゆっくりと侵入する。家の中は静か過ぎて、夏の蒸し暑さも届かない。

 社長から聞いた話だと、この家には一年前までは三人の家族が暮らしていたらしい。外観からその人数に不相応な広さを有していることがわかる。それはその一家の裕福さを表しているのかもしれないけれど、もっと多くの人たちが住まう家庭を作ろうとしたということかもしれない。

「わかっておるであろうが、呪いの触媒は長き歳月を経て現存する遺品」

「要するに、霊は古めかしいものに宿っているってことですよね」

 まず、間取り的に一番近いリビングから捜索していく。キッチンの一体となったそのリビングは、カーテンによって遮られた仄かな光に演出されて生活のにおいを消している。

 厄介なことにこの家の主は骨董品が好きなようで、部屋の中には意匠をこらした調度品で溢れている。古めかしいテーブルやそこにかかるクロス、部屋に鮮やかな色合いを与えている花瓶や棚に鎮座する食器類。いわくがある品と言われてしまえば、僕の審美眼ではそれらしく見えてしまうものばかりだ。

「随分と趣味のいい。これなんかどうです?いかにもって感じですけど」

 ガラスケースの中で、こちらを見つめている人形を指差す。白人で金髪の西洋的少女。空間の雰囲気も相まって何だかホラー。目が動いたり髪が伸びたり鼻が伸びたり……なんていうのは、よく聞く話で。

「いや、どうやらこの部屋にはないようだ。女の寝間はどうだ?」

 一人で高まってしまった緊張感を溜息とともに吐き出して、促されるままに部屋を出る。寝室は一階では見当たらなかった。上の階へと続く階段を、音を立てないようにして上がる。

 二階の廊下には、両サイドに分かれて扉が並んでいた。向かって右の扉を、ゆっくりと引く。

「ここは、子供部屋みたいですね」

 部屋の意味が失われて二週間。勉強机の上には本が出しっぱなしになっているものの、埃が溜まっている様子はない。

「ここに用はない。次だ」

 ヒミコ様は感情なく言い捨ててしまう。彼女が無慈悲なのか僕が入り込みすぎているのか。

 僕は、悲愴の中にいる当事者をよく知らない。ただその境遇を、『かわいそうだ』と完結させてしまっている。心に現れた感情は、偽善を伴った同情かもしれない。ただこの部屋に足を踏み入れた時に、涙で濡れ生気を失った女性の横顔を思い出したのは確かだ。

 僕は何も言わずに引き返して、反対側の部屋に入った。

「ふむ、ここだ」

 こちらの部屋は綺麗に整頓されている。リビングを飾った装飾品はなく、鏡台やベッドなど生活の機能性に関わるものしかない。全ての物が秩序に従って配置されているみたいだ。

 日がカーテンに遮られているためか、ここは一層に涼しい。ただその涼しさは、少し不快だ。

「見つけたぞ。あの振り子時計だな」

 ヒミコ様が指し示すのを見るまでもない。この部屋には時計が一つしかない。

 柱に掛かる、黒く煤けた振り子時計。

 律遍鏡と同じ様に、禍々しく厳然としている。近寄る人間のことごとくを不幸に招くのではないかと思われるほど、攻撃的な存在感。

 だけど反面、いやそれゆえだろうか、また美しい。

 デザインは非常に簡素なものだ。華やかな装飾はない。ただその造形に目を奪われ、秒を刻む振り子の音楽に心惹かれる。

「では呼び出すとしよう。我の手が文字盤に触れられるよう、律遍鏡を掲げよ」

 時を忘れていた僕は、慌てて律遍鏡を目の高さまで上げる。

「呪魂、相あれば生まれ、想あらば果てぬ」

 ヒミコ様が文字盤に手をかざし、唱える。

 振り子が止まる。長針が急速に回転を始め、短針が一回転と少し――二つの針が頂点で重なるところで停止する。

 そして鳴り響く。本来ならば、一日の終わりと始まりの狭間を歌う鐘の音が。重く。荘厳に。

 音が響くと同時に、振り子が活動を再開し文字盤に赤い華が開いた。無数の花弁に、強く反り返った花被片。

 彼岸に咲くと言われる曼珠沙華。グレゴが呪いの願をかけた華。

「む、もうよい。下げよ」

 ヒミコ様に言われるまま、律遍鏡を腰元へと落ち着かせる。

 正面に立ち塞がっていた邪魔者が消えたからか、文字盤から一筋の閃光が放出される。閃光は、向かい側の壁を円形に照らし、その中に小さな人間が映し出された。

 西洋風の軍服を纏った細身の男。頭髪だけでなく口髭まで白い。背の丈はヒミコ様と同じくらい。縮尺を考えても、あまり大きくはなさそうだ。壁に映写されたものであって、立体はない。

「呪い憑きとは、珍しいお客さんですね」

 男が掠れた声で言う。切れ長の目は、常にヒミコ様を捉えている。

「卑弥呼殿、お久しぶりですね」

「そうなるな。相も変わらず、汝は貧相な顔付きをしておる」

 男に対する、ヒミコ様の開口一番がそれだった。

「会ったことがあるんですか?」

「うむ、これで二度目になるな」

 僕の質問に、ヒミコ様は事も無げに答えた。

「じゃあ、その時に呪いを解けば良かったじゃないですか。出来るんでしょ?」

「私達は、互いに誰かを呪っている状態でしか、干渉し合うことは出来ません」

 今度は男が答えた。男は更に続ける。

「それに、彼女のお目当ては私ではないはずです。どうですか、彼と巡り会うことは出来ましたか?」

「……一度だけな。あやつの呪いは見るに耐えぬものであった。だが我は、もう一度あやつに会わねばならぬ」

 話の方向が、僕のわからない道へと逸れていく。取り敢えず疑問は保留。聴きに徹する。

「そうですね。あなた方のどちらかなら、呪いの束縛から逃れることが出来るでしょうから」

「確かに、あやつにしか我が呪いを解くことは出来ぬ。だが汝の呪いならば、我が解いてみせようぞ」

 ヒミコ様の言葉に、男は一瞬沈黙する。

「それは無理です。この呪いは生前の自分を知るものにしか解けない」

「我は生前から既に呪術師であった。魂の触媒さえあれば、その者の過去を読み取ることなど造作もない」

 男は目を見開く。しばらく意味を咀嚼し、ようやく飲み込み、そして破顔した。

「この呪い、解くことが出来るのですか?」

「然り。望まば、今一度……」

 ヒミコ様が振り子時計に手を伸ばす。でもいくら手を伸ばしても届かなかったようで、非難がましい目で僕を見る。そこでやっと気付いた僕は、先ほどと同じように律遍鏡を掲げた。

 ヒミコ様は右手を文字盤に添え、仕切り直しに咳払いをする。

「では……望まば、今一度、名を示せ」

 律遍鏡の輝きが増し、それに呼応するように、再び振り子が活動を始める。

「私の名は島津隆永」

「シマヅタカナガ……」

 ヒミコ様が、名を繰り返し瞑想する。刻まれる振り子の音が一瞬消えたような気がした。

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