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曼殊沙華は赤く咲く
そこは暗い路地裏。
戦火の傷を癒し、更なる発展へと段階を進めた街に取り残された、小さな一角。
「おじいさん。なにしてるの?」
漆塗りの髪の毛を揺らして、十ばかりの少年が、うずくまる様に座っている老人に声をかけた。
薄汚い布切れを纏いながらも、気品高く背筋は真っ直ぐに伸び、しかしながら存在感が希薄で世界に遠慮しているのかのように縮こまって映る。
「ぼくの言ってること、わかる?」
少年が老人の顔を覗き込んだ。
「ああ、わかるよ」
柔らかな笑顔を向け、老人が返答する。
黒檀の瞳と浅黒い肌。加えて凹凸に富んだ顔立ち。
「なにか書いてるの?」
老人の手には使い古された絵筆。正面には円盤型の『何か』。
老人は、その『何か』に色を加えていたのだが、錆と溝に埋め尽くされたそれは、キャンバスとしてあまりにも不出来だった。
「これは、花?」
少年の問いかけに、老人は赤い線を奔らせる。
「違うよ。これはね・・・」
描かれた曲線は、空間に浮かび上がるほどの現実感。
「これは、呪いなんだ」
それは、見るものの心驚かす鮮やかな呪い。
紅い、赤い、曼珠沙華。