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おやすみ、ルルー

作者: 火鈴桃

暇潰しに人里に降りたら、人の子がピィピィ泣いていた。



「あたちのパンをかーえーせー!まおーのドアホー!!」



なんじゃそりゃ。通り過ぎようとしたが魂の叫びに思わず振り返ると、幼女が小さな拳で涙を拭って教会の庭から立ち上がったところだった。



「ルルー?お腹が空いたの?」



ヨボヨボのシスターが教会から出てきて、ルルーと呼ばれた幼女が駆け寄った。あれか、孤児ってやつ。



「ううん。でも、パンがむぎのおかゆになったのはまおーのせいだってラランがいってたから」



何となく事情は分かった。ここ500年間の人の国と魔王軍との諍いの余波でこの国はどん底、おまけに今年は不作で食糧難らしいからソレだな多分。


俺はただの気まぐれな風の精霊だから、魔も人も関係ない。さっさと離れるとするか…。…まぁ、ちょびっとだけなら祝福してやってもいいか。



「あー、きれーい。はねピンクでおいしそー」



ゾワッとして悪寒の元凶を見たら、口を半開きにした幼女と目が合った。マジかよ、見えんのかよ。まだ祝福してねぇのになんでだよ。



「こにちー」


「こんにちは、でしょう?ふふふ、妖精さんでも見えたのかしら。ルルーは純粋無垢だものね」



精霊の羽を『美味しそう』って涎垂らしてる幼女が純粋無垢とは、どうなんだ。



『…俺の羽は食えんぞ』



見えても話せるとは限らんが、念の為な。すげぇガン見されるせいで薄ら寒いモノがある。



「じゃあなめるだけ…」



見えて話せると分かったが、嬉しくねぇ。何さり気なく近づいてきてんだよ。怖いだろ!


***



『それがコイツとの出会いだった。あれから13年、コイツは未だに隙さえあれば俺の羽を舐めようとしてくる…』



さめざめと語るのは、風の大精霊。


コイツ、と呼ばれたのはルルー。

現在は16歳の花も恥じらう元勇者様おんなのこにして〖精霊の愛し子〗〖新魔王〗〖新国王〗〖精霊王 〗だのなんだの、異名あり過ぎな歩く伝説製造者トラブルメーカー



「だってさー、あの頃は毎日毎日うすーい麦粥ばっかりで甘味に飢えてたんだもん。そんな時にピンクの甘そうな羽が目の前をウロチョロしてたら気になるし、ダメって言われたら余計に舐めたくなるのは仕方ない」


『ホントやめろ、その目。俺は菓子じゃねぇ。おい、そこの腑抜け前魔王。貴様のせいでもあるんだからどうにかしろ』


「俺のせい…なるほど分かった私の羽を舐めるといい。さあ、主よ遠慮はいらない!」



黒と見紛う程の濃い紫の羽を広げるのは、前魔王で現下僕。性別の無い魔族だったはずだが「愛の力で頑張って」女型になった努力家ヘンタイである。


紆余曲折を経て勇者として国に担ぎ上げられたルルーに討伐された折に頭のネジが吹き飛んだらしく、魔王軍を解散して『ルルー親衛隊』を結成した。ルルー命!と崇拝するが、ならばなぜ男型にならなかったのかは謎だ。



「やだよ、茄子っぽい味がしそうだもん」



素っ気なく断られて羽が萎れている。その様を元宰相現国王代理という訳分からん立場を主張するオッサン(自称:魅惑の不惑であってオッサンではない)がニヤニヤ顔で眺めている。



《要するに腐れ縁なのかの?しかし、面白い。妾も仲間にまぜてたもれ。ほれ、ルルーやネクターじゃ。妾の手製のこれは甘露ぞ》



甘露と聞いてルルーが喜んで杯を受け取って、躊躇いなく飲み干した。



『はぁ…お前、馬鹿過ぎてホントに可愛いがられ過ぎだよな。どこまで旅に出せば良いのやら』



風の大精霊は『馬鹿な子ほど可愛い』と『可愛い子には旅をさせろ』がごっちゃになっているようだ。



***


ルルーはこうして、また伝説を増やした。


本人は「遊びにおいでと言われたから遊びに言って、勧められたからジュースを飲んだ。うまかった」としか思ってない。


人ではあるが精霊王の証たる四大精霊の忠誠を得たルルーに、エルフの女王が謁見を求めた。エルフ側から精霊王に会いに行くべきだがその精霊王が人間の国の王でもある。

人の国にエルフは立ち入れないので、ルルーがエルフの隠れ里を訪れる形になった。



エルフの女王と人類史上初の〖人の国の王〗が友誼を結び、同時にそれは魔族史上初の〖魔王〗とエルフの友誼でもある。


その上さらにエルフ秘蔵の生命の水である《ネクター》を

飲んだのである。ルルーの寿命はあの杯で100年は延びたし、老化速度も格段に落ちたはずだ。


《また遊びに来ておくれ、甘露をたんと用意して待っておるでの》


エルフの女王(自称:まだ小娘/推定:1200歳)にも気に入られてネクターの飲み放題なのだから、不老長寿コースだ。



***



「ねー、さきっちょだけでいいから!お願い!」


『誤解をされるような言動は慎め』


「ん?誰に何を誤解されるの?」


『扉の向こうのニヤケた前魔王に腐った誤解モウソウをされる 』


「ふぅん?で、そんな事より舐めたいんだけど」



出会って500年、コイツは全然変わらない。まだ俺の羽を舐めようとする執念はある意味すげえと思うが、絶対に舐めさせるもんか。


ところで、先日ついにコイツは大陸全土の統治者から『生きる神』にレベルアップしたんだが。訳分からん。


***



戦乱の無い世、黄金の波が風にそよぐ。実り豊かな麦畑。


天を仰げば魔族や妖精や精霊が気儘に空を飛んでいるし、地を見渡せば人がのびのびと暮らしている。


彼方には広大なエルフの森と、その周囲のごく普通の森。



『ルルー、眠いのか?』


「うん。少し…寝る……」



出会ってからもうどれだけ経つのか分からない。儚い命の人間はもとより、変態前魔王やエルフの女王ですら輪廻の輪へと還りついている。



『そうか。膝枕でもしてやろうか?』


「……それより、舐めさせて」


『お前、ホントしつこいな……俺の負けだ、ほれ』



***




「苦ッ」




知るか。それにしても最期の言葉がソレってどうなんだよ。


『さてと、俺も眠るか』


ルルーの黄金の髪を撫でて、二人の身体を大気に溶かしてゆく。


おやすみ、ルルー。


お前の笑顔の方がよっぽど甘いだろって来世では言えることを願ってる。

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