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作者: ケルベロス

「じゃあ、またね」

 キミの放ったか細く消え入りそうな声を聴いて僕は、僕なりに精一杯笑顔で頷いて、涙を押し殺した。

 電車のドアが音を立ててゆっくりと閉まっていく。ボタンを押せばキミのもとへ行くことは可能だろう。しかし、僕はしない。いつまでもキミを引きずってばかりではだめだ。離したくないが、話したくもない。話してしまったら僕は、きっと後悔する。だから、僕は―――

 だから、僕は久々の嘘を吐く。

「ばいばい」

 電車のドアが完全に閉まりきり、数秒後にキミを乗せた電車が歩き始めた。

 キミの姿が消えるの見送る。

 この街を白に染め始める雪の季節がやってきたのを肌で感じながら僕は音を殺して泣いた。



「寒い」

 僕の左肩にもたれていたキミが不機嫌そうにつぶやく。

 学生生活最後の三月の雪は、特別感が出るような素晴らしい雪化粧をこの街にプレゼントするつもりはないんだろうなと、思ってしまうようないつもと変わらないうっすらとしたものだった。そして、恋人といるから寒さなんかへっちゃらさ、とも思わせてもくれないくらい寒い。

 車掌も他の乗客もいない無人のホーム。僕とキミだけしかいない無人のホーム。

 このホームは屋根はあるが、寒さ対策に関しては何もなっていない。顔面に叩き付けるような寒さをしのぐ壁がない。ここで酔っ払った客がいたら絶対凍死するだろう。

 僕はキミが寒さで凍え死なないか心配だよ。

「僕のでよかったら使う?寒さ対策ばっちりだから遠慮しないで使っていいよ」

 僕は首に巻いていたマフラーを外しキミの首に巻く。

 細くて、透き通るようなきめ細かい肌に生唾を飲む。肩に頭を乗せているためキミの表情はうかがえないことに少しショックを受けてしまう。

 ああ、キミの顔が見たいなぁ。

 残念な気持ちをごまかしつつ、僕は雪を落としている空を見上げた。きれいな灰色とは言えないけれど、僕は雪を降らせる雲が好きだ。雲の形を龍だ、ソフトクリームだと、小さな頃から言っていたおかげで、僕はよく雲を見るために空を見る。空に恋をしてはいない。なんなら、隣のキミに恋してるといっても過言じゃない。

「ねえ、私に貸してくれたのは嬉しい。でも嫌」

 えっ、と小さく僕が戸惑い、肩にもたれているキミの頭を見ようとしたが、条件反射で目をそらしてしまう。なぜなら、髪の毛で隠れていたキミの顔は今、僕の顔に向けられていたからだ。

 綺麗な顔立ちだ。リップクリームで塗ったのだろう、ぷるっとしている唇。すらっとしている高い鼻。大きな瞳。整えられた前髪に、背中まである黒髪。僕の好きなキミ。そして、苦手な顔。

 顔の体温、というより全身が発火したように体温が高くなるのを感じる。屋根の防ぎきれなかった雪が、僕の体に付いても一瞬で溶かせる自信がある。それくらい熱い。

「なな、な、なんで?」

 目を逸らしながら、すごくどもりながら聞いた。

「アナタは寒さ対策してるって言ったけれど、私だけ特別的に寒いんじゃない。アナタも寒いのに我慢して、強がって、私に貸したんでしょう?その考えが嫌なの」

「大じょ―――」

「目を見て言いなさい」

「――—ぶ、だかか、だか―――」

「目を見なさい」

 沈黙。

 僕はキミの顔が好きだが、見ることは苦手だ。矛盾しているようだが、整えすぎている顔は時として恐怖となる。自分の顔が無価値で、なんて存在意義がないんだろう、と考えすぎて自殺しようとしたことがある。それくらいキミは美しい。美しすぎる。

 しかし、キミもその顔の影響で僕の自殺未遂の回数より多い、自殺未遂をしている。僕より何倍も、いや、比較できないほど苦労していることを知っている。

 大きく息を吸う。肺に冷気が入って息苦しくなるが気にしないで吸う。漢を見せないでどうする僕。僕の好きな人が目の前にいるんだぞ。さあ、見るんだ!

 ゆっくりと顔の向きを変える。

 目と目が合う。ああ、キミの顔だ。

 しかし、キミの瞳の奥にいる僕の顔が見えたその直後に、頭の内側から叩き付けられるほどの頭痛が起き、食道から逆流してきた胃液が出そうになる。

 離さないとやばい。本能が僕にSOS信号を送ってくるが、僕の目は離れられない。離せない。寒いのに冷汗が止まらない。

 ああ、やばいやばいやばいやばいやばいやば―――

 暗転。

外気よりも冷たいものが僕の顔に押し当てられ、熱気に満ち溢れた僕の顔と正反対な冷気で、冷たっ、と驚いてしまう。その物に手を当てながら強く握り返すと、小さくごめんねと返ってきた。謝るの僕のほうなのに。

 目隠しのキミの手を離そうとしたら余計に当ててくる。時間がたったキミの手が心地よく、にやけ顔を隠しながら笑ってみたが、多分にやけていただろう。

「ごめんね。意地悪しちゃった」

 居心地の悪そうな声が僕の耳に届く。

 ああ、やっぱり僕だ。いつもと変わらない、臆病な僕だ。逃げてばかりの僕がとても情けなくなってくる。

「違うよ。謝るの僕のほうだ。キミの顔が苦手と言ってしまうけど、本当は違う。キミは綺麗だ。すごく綺麗だ。だからこそキミの綺麗な目が汚い僕を映して、同族嫌悪で死にそうになる。キミが悪いんじゃなく、僕が悪い。僕が僕を拒絶しているのが原因なのを知っている。だからキミのせいにして、ごめん」

 目隠しをされながら僕はつぶやく。








 

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