とりあえずクマ野郎
入場口で尾道先生の遺産を渡し、園内へ入場する。
夢の国とか言っときながら、早速入場口が出てくる辺り夢も糞もない。
まぁ、それに変わるような画期的なアイデアを出せと言われたらなにも言い返せないが。
「先輩、見てください!ネズミー君ですよ!!」
西城が指差す先には、ネズミの王国のマスコットキャラクター『ネズミー君』が他の客たちに手を振りながら歩いているのが見えた。
「可愛いですね~」
そう言って、微笑む西城であった。
「まぁ、どうせ中にはおっさんかおばさんが入ってるだろうけどな」
俺が否定しようのない、ごく当たり前の真実を口にすると、西城はブスッとした表情を浮かべた。
「せっかく彼女とデートに来てるんですから野暮なことは言っちゃダメですよ」
「ちょっと待て、確かに野暮なことを言ったかもしれないが、彼女の部分を撤回しろ」
いつの間に俺には友達を飛ばして、彼女が出来ていたんだ?
「……別に『まだ』ですけど、デートの部分は認めてくれて嬉しいのでチャラにします」
…………別に認めた訳ではないんだが。
てか、『まだ』ってなんだよ、『まだ』って。強調するんじゃありません。
「さぁ、今日はまだ始まったばかりですよ、楽しんで行きましょ~」
…………おー。
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ところ変わって、園内で一二を争うほどの人気アトラクション前、『クマ野郎のハチミツ密猟』。
なんで、初っぱなからこんなに混んでいるところに並んでいると言うと「私、最初はクマ野郎のところに行きたいです!」と、西城が仰られやがったので、俺は西城の後をまるでゾンビのようについて行くしかなかったのだ。
「……もう、帰りたくなってきた」
俺は、憎らしいほどに眩しい空を睨み付けながら帰巣本能にしたがって帰ろうとした。
「ちょっと待ってくださいよ!まだ一時間と経ってないですよ!?」
俺の袖を引っ張りながら止めに来た。
……おい!袖が破けちゃうだろ!
「しょうがねぇだろ?俺は人が苦手なんだ」
まだ、虫の方がいいと思える。
あの、なにも考えてなさそうな目とか、黒々と光沢を放ってる背中とか。
…………やっぱなし、虫も無理だ。
「…………苦手って嫌いとほぼ同じ意味ですよね」
まるで頭痛がしているかのように頭を押さえている。
どうしたのだろう。寝不足なのかな?
だったら尚更、早く帰って寝てなきゃ!そうだ、そうしよう!
だが、やはりというかなんというか、西城はまぁ、先輩らしいですと笑っていた。
いつの間に俺の事を隅々まで知ったのか?という反論は子供じみていて格好悪いので、俺は黙って顔を背けることにした。