神出鬼没の料理長
家に帰ってから俺は自己嫌悪に陥っていた。
あんなにきつく言わなくても良かったんじゃないかとか、そもそもあいつに気を使う方がおかしいだろとか。
……あぁ、だから人と関わるのは嫌なんだ。どうでもいいことで悩んでしまうから。
結局は他人は他人でしかなく、人というのは自分のことしか考えられず、そもそも自分の事で手一杯で大抵の人間は人の事を考える余裕さえないだろう。
こんなことは散々色々な小説や漫画、アニメ等で言われてきたことだ。
ゆえに、その主人公たちはそんなことはないと抗おうとするが、そんなものはフィクションだ。だからなんとでも言える。綺麗な言葉で飾り立てることができる。
……だが、俺はそんな物語の主人公ではない。そんな強さもない。綺麗事なんて糞食らえ。
俺は自分の事で手一杯なんだ。
他の奴に構ってる暇はない。
そんなことを考えて、流石に腹が減り下に降りて何か簡単に作って食べようかと思って下に降りた。
だが、俺はここで一つの違和感を覚えた。
一階からいい臭いがするのだ。
朝に何か作り置きした覚えもないし、家に帰ってから直ぐに二階に行ったのでキッチンに行ってもいない。だから料理もしていないのだ。
恐怖を感じた俺はいつでも電話が出来るようにスマホを電話待機にしておいた。
電気をつけるとバレてしまうかもしれないので、暗闇が支配する階段を転げ落ちてしまわないように気を付けながら、一段一段慎重に降りていった。
一階に降りるとキッチンの方から明かりが漏れていた。
「やべぇ、どうしよう」
小声で呟いても状況は変わらない。
とりあえず中の様子を確認しないことにはなにもできないと俺は判断した。
なので、少しキッチンの方の扉を開けて中を確認することにした。
「…………」
中には可愛らしい花柄のエプロンを装備した西城がいた。
鼻歌をしながら次々と料理を作っている。
テーブルには和食を中心とした色とりどりな料理が並んでいた。
……肉じゃがとかベタすぎじゃない?
「というか、なんで家にいるんだよ!?」
あまりの事態に頭が一瞬思考停止していたが直ぐに我に帰り叫んでいた。
すると西城はビックっと肩が跳ね上がりこちらを振り返った。
「あっ、先輩。先にお風呂にしますか?ご飯にしますか?それともわ・た・し?」
「どうしよう。今までの短い人生の中ですげぇ殴りたい」
「殴りたいほど好きってことですか?愛されてますねー私」
西城は目をキラキラと輝かせながらお玉を手に持ちクルクルと回り始めた。
なにこれ?喜びの舞いかな?
「……もう、こいつと話すの疲れた」
「ダメですよ?これから夜の営みもありますから」
そこで頬を赤らめながら言われてもなにもときめかないし、ドキッともこない。
「とっとと帰れ」
「何でですか?可愛い彼女が料理を作っているですよ?せめて一緒に食べましょうよ」
「別にお前は彼女じゃない。それにこんな時間に男の家にいるとか親御さんが心配するだろ」
「ああ、親なら今日は仕事で帰らないんで大丈夫です。それに今から家に帰って料理を作ると大変なんですよ。だからお願いします!」
「……わかったよ。そのかわり食ったら帰れよ」
「ありがとうございます!それとさっき彼女じゃないと否定しましたけど、可愛いは否定しないんですね?……嬉しいです!」
「……っ、言葉の綾だよ。余計なこと言ってると閉め出すぞ」
「すいません!……と、それじゃあと少しで出来上がるので先輩は座っててください」
「いや、なんか手伝うことあるだろ」
「じゃあお皿出してください」
「りょーかい」
なんか今のこの状況って、まるで……。
いや、この先は考えるな。
そんなことはこの俺に限ってあり得ない。
だからきっと、顔が少し熱いのも西城がこちらをチラチラ見ながらクスクス笑っているのも
きっと……気のせいだ。
結果から言うと、西城の料理は旨かった。
まるでアニメのようにダークマターみたいな料理が出てくるのかと思ったが普通にうまった。
思わず口にしてしまったら、きっと調子に乗るので口には出さないが。
「ふぅー、ご馳走さま」
「お粗末様でした」
テーブルの上にあった数々の料理は殆どが俺が平らげてしまった。
西城はそんな俺を見てニコニコしていた。
腹立たしいことにその笑顔は俺が今まで見てきたどんな笑顔よりも可愛かった。
「それじゃ、先輩はお風呂に行っててください」
「は?いや送ってくから、早く帰るんだろ?」
「いえ、片付けないで帰るというのは私のポリシーに反しますので、私の勝手ですがいいですか?」
ここまで料理を作ってもらっている身としてはこれ以上の迷惑はかけられないのだが。
「そりゃ、やってもらえるなら嬉しいけど後輩にそんなことできないだろ?」
「いいんです!それよりも早く先輩はお風呂に入っててください」
「まぁ、そこまで言うなら後は任せた」
そう言って俺は風呂の準備をしに部屋に戻った。
だが、この時に俺は気付いていなかったのだ。
俺の後ろでガッツポーズをしながら笑っている西城の事を。