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なまえのないうた  作者: pu-
第二章 殻の中の世界
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1.割と乗り気な始業前

 二日目。そう、二日目だ。

 一日目の次である二日目であり、三日目の一日前である二日目。

 一週間の七分の二。

 どうあがこうとも二日目。

 ああ、二日目。二日目……


 ジャージ姿のファルステールは、まるで呪詛のようにこの世の不条理を繰り返す。

 欠伸を噛み殺しながら、重い足取りで目的地へ。

 何が悲しくて早朝の肌寒い時間に、誰の役にも立たない奉仕活動をしなければいけないのか。


(つくづく不毛な罰だ……)


 そんなことを考えていたからか、手に持つものが余計重たく感じられる。

 T字状の箒とチリトリ。

 改めて見、深いため息をつく。

 サボりたい誘惑と何度も戦いながら、なんとか南校舎の屋上へ。

 気乗りはしない。だがそれでも掃除に行くのは、彼の性格的な部分があるだろう。

 が、それだけではない理由もある。


「おっ、ファルにゃん」

「おっ、残念な子」

「にゃー!」


 猫のように諸手を上げて威嚇する、ジャージ姿のチェーロ。

 ちょうど来たところなのか、鉄扉に手をかけたところだった。

 襟元からわずかに覗ける、白く細い首にはネックレス。昨日と同じ金鎖しか見えないが、青黒く輝く宝石が垂れているのだろう。

 どうして、そんなものを持っているのか。

 当然ながら、ファルステールにそこへ踏み込む勇気などない。


 嫌々でも掃除に来た理由は、この不思議な少女にファルステールは不覚にも興味を持ってしまったため。

 それは異性としてではなく、面白い生き物くらいの好奇心。


「ファルにゃん、君はもうちょっと相手を見てから喧嘩を売った方がいいですよ? ボクを女の子だからって、嘗めていると痛い目に会いますよ?」

「はいはい。以後気をつけますよ」


 適当にあしらい、ファルステールは相変わらず嫌な悲鳴を上げる扉を開いた。

 このまま悪ふざけが長引いて掃除の時間が短くなれば、あとでラーフォに何を言われるか分かりやしない。

 監視カメラの類が備え付けられていてもおかしくはない。

 災いを未然に防ぐため、外に出ようと一歩足を踏み出した、まさにその時。


「ちょい待ち。まだ話は終わってないぜよ!」


 ガシッと背後から抱きつくチェーロ。


「――っ!?」


 異性との密着に慣れていないファルステールは、声一つ上げられず固まる。

 手を握るだけで緊張する純情な少年なのだ。ちょっとおかしな子であれ、動揺しないわけがない。

 顔を真っ赤にし、どうしていいか分からず混乱の渦に飲み込まれる。

 まるで鯉のように口をパクパク開いては閉じ、形にならない言葉を吐き出すことしかできない。


 そうしている間にも腰に回していたチェーロはゆっくりと、その小さな手を這わせながら上げてくる。

 ファルステールの瞳は、華奢な腕と指の動きから離すことができない。

 どこか妖艶さを漂わせる動きは、彼女の体温と柔らかさ――特に背中に当たるものは意識してしまう――と首筋に当たる吐息に相俟って、背徳的な気持ちを抱かせた。

 具体的には分からないが、何かとてもいけないことをしているような気がする。


 理性が警鐘を鳴らす。

 この状態から早く脱しなければいけない、と。

 だがどうしてか、身体は言うことを利かない。

 このまま身を委ねていたい。

 そうとさえ錯覚する始末。

 動悸は秒を超すごとに早くなっていく。

 吐息も徐々に、制御できないものになり始めた。


(まずい! とにかく、まずい!)


 頭では分かっているものの、這い上がる腕の動きはくすぐったいがどこか気持ちいい。

 ゆっくり……ゆっくりと這い上がり、白魚のような指がファルステールの唇に触れる。

 ひんやりとした冷たさが伝わり、自分の身体がいかに熱くなっているのかというのを嫌というほど自覚させられる。


「ファルにゃん……」


 まるで睦言のように、耳元で甘く囁かれる。

 身震いとともに後頭部にじわりと滲む、生まれてこの方、一度たりと味わったことのない感覚が広がる。

 得体の知れない感覚(それを快感と気づく余裕などない)に戸惑う中、追い打ちをかけるかの如くチェーロはさらに身体を押しつけ――


「喰らえ」


 べぢっ!


「ぶぇいっ!?」


 ――チェーロの白い掌がファルステールの顔を強襲した。

 激痛のあまり顔を覆い、蹲るファルステール。

 主にダメージを負ったのは鼻だ。

 鼻血は出ていないものの、遠慮の欠片もない一撃は彼を黙らせるには充分すぎる威力があった。

 いつの間にか離れていたチェーロの、けたけたと響く実に楽しそうな笑い声が否応なしに耳に入ってくる。


「はっはっはっ! 恐れいったか!」


 両手を腰に、仁王立ちするチェーロ。蹲るファルステールを、したり顔で見下している。

 顔を覆いながらそれを半眼で睨みつけるファルステール。

 できる唯一の抵抗はこれだ。


「ファルにゃん、顔が赤いぜよ?」

「叩かれたからだよ!」

「本当に?」


 にま~っ、とチェーロは実にあくどい笑みを浮かべる。

 屈み、その憎たらしい顔をファルステールに近づけた。


「本当に本当? 本当にそれだけ? ファルにゃんは顔を叩かれたら、耳まで赤くなる体質なわけ?」

「……うるせ」


 思わず顔を逸らす。なんか負けた気がした。

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