5.交錯する運命
「ところでさ、その腕章。あんたも邀撃科なのか?」
「そうだよ、ファルにゃん」
「いや、ファルにゃんって……」
いきなりつけられた変なあだ名に戸惑いながらも、
「でも、見ない顔だよな? 転校して来たのか?」
「うん。前は鉱石の渓谷にいたんだよ。ただ、三月にはこっちには来てたけどね」
「三月って……三か月も見なかったのか?」
いくら転校生とはいえ、三か月も時間があったら一度は顔を見ていてもいい気もするが……こんな少女、目立たないはずがないのだから。
「ま。学園にはいなかったからね。色々観光をしてたんだよ」
「サボってたんだな、三か月も」
「ふふっ。眼鏡キャラ全てが真面目と思うなかれ」眼鏡をくいっと上げる。
「いや、わけ分からん理由で勝ち誇られてもな……」
反射的に突っ込むが、彼女の表情に変わりはない。
とりあえず話を進めておく。ついでに適当に箒を動かして掃除も。
「でもさ、授業ついて来れんのかよ?」
「それは大丈夫だよ。鉱石の渓谷の始業式は一月でしょ?」
それだけでファルステールは察する。
鉱石の渓谷の勉強はこっちより二か月分進んでおり、単純に考えれば行動訓練からということになる。
「それにしても鉱石の渓谷って、随分と遠い場所から来たんだな。あそこってポポルヴフ大陸だろ? 海を越えてきたのか?」
「そうだよ。幸い、襲われることなかったしね」
〈星域〉の外に出るということは、『天吏』に襲撃されるという可能性を孕んでいる。
滅多なことがない限り、他〈星域〉に移動するということはない。
一生、自分が生まれた〈星域〉から出ない人間がほとんどだ。
「まさかとは思うけどさ、さっきの歌が鉱石の渓谷で流行ってるわけじゃないよな?」
「さっきの歌って?」
「さっき歌ってた、カッパの歌」
するとチェーロはむっと口を尖らせ、「あれはカッパの歌じゃないです! 『狙撃手の悲哀』っていう、立派なタイトルがあるんですよ!」
「タイトルの割には間抜け歌詞だな」
まるで自分のようだと、小さく胸の内でつけ足す。
自分の名。『流星』という格好のいい名を貰いながらも、実際には不甲斐ない男に成長してしまった自分にそっくりだと。
「別に『カッパスナイパー』は流行ってるわけじゃないですよ? だってボクのオリジナルソングですし」
「昨日歌っていたのも、その歌なのか?」
「ん? あぁ……あの歌か……」意識的なのかは分からないが、胸の辺りに手を当てるチェーロ。「あの歌は違う、かな?」
先程の表情とは違い、微笑んでいるものの、どこかぎこちなさが見え隠れする。
「あれは、ちょっと普通の歌とは違うの」
「さっきの歌も、充分普通じゃなかったけどな」
ファルステールの突っ込みに、ふっ、と鼻で笑うチェーロ。
どこか憐れむような眼差しで、「芸術が分からない人はこれだから……」諸手を挙げ、首を横に振る。
「いや、芸術も何も、あの歌詞はないだろ?」
「いいんです、あれで。ボクが作った歌は、ボクのためにしか歌ってないから。誰かに聴かせようなんて、これっぽっちも思ってないんだからね」
「胸を張って言うなよ」
「ふふん。歌なんて所詮、自己満足よ」
彼女の顔を見、ぎこちなさが見えたのは気のせいか、とファルステールは胸中で結論づけた。
この少女が、落ち込むような感情を持ち合わせているとは到底思えない。
出会ったばかりだが、なんとなくそう思えた。
「ほんと。綺麗な声なのに、もったいないな――色んな意味で」
「色んな意味って、どういう意味ですか?」
「声だけはいいのになってこと」
「……だけって、馬鹿にしてません?」
「そんなわけないだろ?」
真っ直ぐ。彼の揺るがぬ瞳はチェーロの双眸を離さない。
「かわいそうな子だなぁって」
「やっぱり馬鹿にしてるじゃないですか!」
怒り心頭のチェーロがT字状の箒を突こうとしてきた。柄の部分で。
反射的にファルステールは半身をずらし、両手に持ち直した箒の腹で往なす。
チェーロは少しだけバランスを崩すものの、よろける程度。当たらなかったのが気に召さないのか、半眼でじっと睨む。
「もう。怒りました」
「さいですか」
「だから、おしまい」
「いや、まだ五分も経ってないだろ?」
ファルステールは呆れ顔で、中庭にそびえる時計塔を指差す。
進んだ時間はせいぜい、三分くらいであろう――というよりも、箒を適当に動かしながら駄弁っていただけで、掃除などしていない。
だというのに、チェーロは制止を聞かずに帰る準備を始める。
「ボクはファルにゃんよりも十分くらい早く来たもん。もう、くたくた」
暑いのか、片手で顔を扇ぐ。汗一つ書いていない癖に。
そのファルステールの疑いの半眼を察してか、チェーロはおもむろに制服の上着をはだけさせ、Tシャツのボタンを上から二つ外した。
いきなりの行動にファルステールは目を逸らすが、本能が視線を完全には外すことを許さない。
ちらちらと、どうしても見てしまう。
(ん……?)
盗み見る中、白いTシャツの胸元に垂れる、青黒い宝石に目が留まる。
それは金鎖に括られた、綺麗なわけでも可愛いわけでもない、女の子が身につけるにしてはあまりにも無骨な形。
それに加え、形容し難い妙な光を発する。
「ところでさ、ファルにゃんは何組さ?」
「えっ!? あっ、Bだよ! B!」
胸元に視線が行っていたことを悟られぬよう、平然を装うつもりだったが妙な返答になってしまった。
ただ、チェーロは全く気づいていない様子。
実ににこやかに、それでいてどこか嬉しそうに「じゃ、同じクラスだ」なんて言う。
「いやぁ、ボクって人見知りだから不安だったんだよねぇ」
胸を撫で下ろし、実に自然にファルステールの横を通り過ぎる。
あからさまな逃亡を図ろうとするチェーロに、ファルステールは注意の一つでも言ってやろうと捕まえようとする。
しかし、彼女は実に軽やかにその手を躱し、出口目がけ走り出す。
あっという間に鉄扉に辿り着くと、全身を使って開ける。女子には少々、重いのだろう。
不快な音を立てて動く扉が、閉まる直前で止まる。
その隙間からチェーロが身体を出して「また明日ね~」と、元気良く手を振った。
「ああ。明日もここでなぁ……って、怒ってたんじゃなかったの?」
特に答えは返って来ず、扉は閉められてしまった。
なんとなく、ファルステールは小さくため息を吐く。ただ、悪い気はしない。
(本当に変な子だったな)
ふっと自然と笑みが零れる。あの容姿といい、歌といい、極めつけに妙な首飾り……
「……ん?」
ファルステールは記憶の中から、とあるものと類似していることに気づく。
改めて思い起こす、チェーロの胸元を。
あの、黒い物体を。
色こそ違えど、かつて一度だけそれを見たことがある。
「あの宝石って……まさか召喚用の〝魔石〟か?」
恐らくではあるが、一般人が手に入れられるような安価で入手できる〝魔石〟ではなく、真なる〈魔法少女〉を召喚するための最高濃度のもの。
学園や軍の関係者でも、限られた人間にしか手にできないそれだ。
俄かに信じられないが、〈魔法少女〉召喚用の〝魔石〟を課外授業で軍施設に赴いた際、直に見たことがある。
あの何にも混ざらない異質な輝きは、見間違えようがない。
「でもどうして……? 何者なんだ?」
すでに閉まっている鉄扉を見つめながら、呟くように訊ねる。
わずかに残る、チェーロ・オクデクセスの背中を思い浮かべつつ。