3.拒絶する世界
当然のことながら運動神経も抜群にいいヴェントだ。その背中は、制止する間もなく消えてしまった。
しばしの間のあと、二人はほぼ同時にそれぞれ少し異なった意味を持つため息を吐く。
(何が『これもアシストだろ?』だよ……)
ちらりとファルステールは横目でルノを見る。すると、妙に意識をしてしまう。アシストというよりも、どちらかと言えばキラーパスだ。
「んもう。渡すものがあったのに……」
「渡すもの?」
「うん。これ」
困り顔のまま、手に持っていた濃度の薄い青の〝魔石〟を差し出す。
と、石はほんの僅かだか色を薄め、淡い青光を発しながら〈複写〉の紋様が宙空に浮かべた。
その紋様がバラバラに崩れる。そして、新しい形を形成し始めた。ルノが望んだ姿に。
ほぼ一瞬にして、一枚の紙が現れた。
「う~ん。あんまり上手くいかなかったかな?」
「いや、充分だよ!」
それでも石の消費率に満足していないのか。ルノが首を傾げながら、「明後日に行われる実技訓練の内容事項ね」現れた紙をファルステールに手渡した。
「この前、ラーフォ先生が言った内容と変わりはないみたいだよ?」
「まぁ、さすがに明後日だしね。急な変更はしないでしょ。いくらあの人でもさ」
なんて苦笑いするファルステールが手に持つ資料を、ルノが覗き込む。
その距離。彼女の肩が触れるか触れないかという近さ。密着には程遠いが、それでも喉から心臓が飛び出そうなほどの驚きであった。
下手に意識をしてはいけない。平常心を保たなくては。ファルステールは自らに言い聞かせながら、ぱらぱらと明後日に控えた訓練内容が記された書類を目に通す。
『■日時:六月二八日(土)・十三時(琥珀の庭園内時刻)
■場所:〈星域〉外・旧メグメル皇国シーフィネハ城跡近辺
■内容:〈魔法少女ファルサコロソ〉による行動訓練
■参加クラス:邀撃科第一等生徒A~Cクラス・全五三名
■担当教師:統括担当・ラーフォ・セプデクオク ・インスラル・ナウデクナウ
・他教師六名 ・軍関係者二名
■使用〈魔法少女〉:・〈アクタコヌス〉 ・〈ファルサコロソ〉八機
■備考:ビックゲストが来るかもよ❤』
資料を読みながらも、ちらちらと盗み見していたファルステール。
と、ルノと瞳が合う。
「ん? どうしたの?」
なんて言われ、ファルステールは考えもなしに咄嗟に喋る。
「ルッ、ルノさんはさ、〈星域〉の外に出たことある?」
「えっ? まさか」
「だよね。うん」
ファルステール達がいる、ここ。学園ツィトロンも存在する〈星域〉琥珀の庭園は、その昔ラグナロク大陸と呼ばれていた場所にある。
だがしかし、今ではその名は存在しない。
その存在を『拒絶』されたのだから。
今から約四〇〇年、人類は世界の全てに『拒絶』された。〈星域〉以外の全てを。
何の前触れもなく訪れた『天吏』という、その異常現象。
それは人類を『拒絶』する存在にして、世界の意志が具現化したもの。
人類が世界に『拒絶』されたと同時に発生した存在にして、神の不在証明そのもの。
それによって、何千年にも渡って人類が築いた、ありとあらゆる文明をこの世界に『拒絶』される。
現在、〈星域〉の外側には人類が存在していた名残の一片すらない。在るものは、『ラグナロク大陸と呼ばれていた大地』だ。
「ルノさんは、不安?」
「……うん」
「……だよね」
ぽつりと呟き……ファルステールは電光石火の速度で後悔する。『何、情けないことを言っているのだ、俺!?』と。
先程の返事とともにふっと浮かべたルノの微笑みの隙間に、不安を垣間見る。だからだ。また、考えもなしに言葉を紡いでしまった。
「ま、でもさ。〈魔法少女〉に乗っている以上、心配はないよね」
世界に『拒絶』される理由など分からない。ただ分かることは、世界に一歩でも出れば、たちまち存在を『拒絶』されてしまう。
そして、人類の敵対者にして『世界』の代行者である『天吏』に対する数少ない手段が、〈魔法少女〉。
世界に対し、〝魔石〟以外の攻撃手段は全て『拒絶』されてしまう。
「でも確か、訓練中に襲撃されたこともあるって、先生も言っていたよね?」
「らしいけど……でもさ、それは学園創設当時のことでしょ? 今では〈創天球儀〉の精度も向上しているから、〈星域〉近辺の出現予測もできていることだし。『気を抜くな』っていう注意の意味合いの方が大きいと思うよ」
それに万が一の状況のために八機もの〈魔法少女〉が配備される。
また、ここ二〇年は『天吏』襲撃の記録は一つもない。負傷者こそ稀に出るものの、訓練中に死人が出たという記録は半世紀以上ない。
「うん。そうだよね――ありがと、ファルステールくん」
笑うが、不安が拭えたわけではないよう。
他に彼女に言葉を――そう考え、焦る最中、
「あっ、いた!」
沈みかけた空気を変えたのは「ファルステールくん、探したんだよ」息を切らせるヴァルマ・トリデクドゥ、彼女の声。
正直、助かったと思い、自己嫌悪する。
それでもファルステールはそれに縋った。
「俺に何か用?」
「ラーフォ先生が、ファルステールくんを呼んでくれってさ」
「何かしたの?」
「いやいやいや!」
小さく、悪戯っぽく微笑むルノに、諸手を振るファルステール。内心、いつもの明るさが戻ったことにほっとしている。
「ま、ラーフォ先生だから……頑張って」
それはまるで死刑宣告だ。
なんとなく、呼ばれた理由がそれほど重要なものではない(ファルステールにとっては)と察する。
だからであろう、ずんと身体が重くなる。
行きたくはないと、全神経が拒絶をしている。
しかし、ふければより恐ろしい顛末が待っているはずだ。
何せ、ラーフォ教師のご指名なのだから。
「じゃあ、頑張ってね」
にこやかに手を振るルノ。そこにはほんの少しだけ、これからファルステールに降りかかる災難を楽しんでいるように見えた。
それでも魅力的だと、小さく手を振り返しながら再確認をした。