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なまえのないうた  作者: pu-
第六章 なまえのないうた
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4.この想いに犠牲があるということ

《相互『拒絶』領域に反応! 警戒をしろ!》

《数は!?》

《最低でも四群体の反応がある!》


 ルノと交信を終え、前方部隊が敵との接触を始めてから約十一分。

 空中を旋回する〈ファルサコロソ=〔ディノルニト〕〉から連絡が入る。この機体は他と比べ、相互『拒絶』領域が広いのが特徴だ。


(『天吏(リフューゾ)』はついに、ここまで侵攻を進めて来たんだ)


 敵の動きは相互『拒絶』反応だけでなく、猛烈に近づく地響きでも感じる。

 まず先に敵と遭遇したのは〈ファルサコロソ=〔モンストル〕。パワー重視の機体は殴りつけるだけで、大気の『天吏(リフューゾ)』を粉砕した。

 後続の『天吏(リフューゾ)』に対しては、肩と脚、それに胸に備え付けられた『拒絶』拡張弾の砲門が開き、一斉射撃を浴びせた。

 その土煙の中へ、〈ファルサコロソ=〔ツェルベーロ〕〉が飛び込む。

 キャタピラ走行の特異な機体は、目視できぬ闇の中で土煙の『天吏(リフューゾ)』を内側から焼き払う。

〈炎〉の魔法陣が崩れるところが垣間見えることから、恐らくは腕に備えつけられた火炎放射器を使用しているのだろう。


 瞬時に激化する戦場。

 立ち尽くすわけにもいかず、ファルステールとチェーロは邪魔にならぬよう距離を取りながら、索敵に努める。

 と、足元から突如として熱湯が噴き出す。

 ワンドの柄で間欠泉を穿つものの、手応えはまるでない。

 しかし、ここ一帯に火山などなく地熱も温泉ができるほど高くはないはずだ。

 となれば、まだ別の『天吏(リフューゾ)』がいるということだ。

 迎撃と索敵を繰り広げていくが、水柱が次々と吹き出し、やがてそれらが檻のように〈ノクタラメント〉の動きを封じていく。


「熱の『天吏(リフューゾ)』が地下水脈の『天吏(リフューゾ)』の熱を上げてる!」

「なんか敵を抑える歌とか歌えないか!?」

「やってみる!」


 チェーロは頷くと、他の〈魔法少女(マギスティーノ)〉との共感チャンネルを一度切り、その美しい歌声を解き放つ。

 やはりそれは歌詞の分からない、そしてどこか悲しいような歌。

 と、僅かではあるが熱湯の噴出頻度と速度が低くなったような気がする。


天弓連撃(アルカ・パファード)!」


 ワンドに浮かぶ〈衝撃〉の魔法陣は、光矢の束へと崩れながら変形して地を穿つ。

 奥に潜む水脈を蒸発させるため。

 しかし、地表を変形させるだけで変化は見られない。


「くそ! この地下水脈そのものが『天吏(リフューゾ)』だっていうなら、一体どれくらい大きさになるっていうだよ!?」

「落ち着いて、ファルにゃん。相互『拒絶』領域からざっくりだけど解析してみたんだけど、『天吏(リフューゾ)』化しているのはボク達を中心に半径三〇〇メートル前後」


 地面から何かが飛び指すのを待つというのは、どこかモグラ叩きを想像させるが、肝心な穴はない。当てずっぽうと運に任せる他にない。

 下に視線を向けた途端、頭上が急に闇の帳に覆われた。

 その異常を感じてすぐに相互『拒絶』反応が発生する。

 見上げれば、一キロメートル近く広がる黒い何かが落ちて来る。

 最初は夜空が剥がれ墜ちて来たのかとさえ錯覚したが、その厄介者が昆虫の群れだと雨のように降り頻るそれらによって強制的に認識させられる。

 数多の種類を有す『天吏(リフューゾ)』の中でも、虫と動物との遭遇率は高い。

 そんな教科書に書かれていたことを、ファルステールは脳裏の片隅で思い出す。


散斬刃(ディストランチ)!」


〈光〉の魔法陣が崩れ、刃の群れとなったそれは昆虫を細切れにしていく。

 すると当然ではあるが、その死骸がぼたぼたと墜ちる。

 死骸と体液が魔導装甲に纏わりつき、ダメージこそ少ないが気味の悪さを増長させる。

 水脈から僅かの間、意識が外れたタイミングを狙っていたのかは定かではない。

 が、完全に隙を突いた形で、地中を這っていた水脈の『天吏(リフューゾ)』が一気に噴出する。


 その数――八。


 しかしながら一群体であることには変わらぬことから、水の触手といったところだ。

 蛇のようにうねるそれらを躱すが、同時に八つを相手にするのはほぼ無理だ。

 足をすくわれ、肩にぶつかってバランスを崩し、真正面から吹き飛ばされる。

 まだ『拒絶』が小さいからいいものの、水量が増して『拒絶』率が引き上がればひとたまりもなくなる。『拒絶』率は単純に質量と比例するのだから。


「この『天吏(リフューゾ)』の索敵を完璧に行ってくれ」

「了解。吹っ飛ばすんだね」


 チェーロが解析に集中すると、ファルステールはどっしりと〈ノクタラメント〉の腰を入れて構える。


「洗い流してくれて、どーも――纏城の風(ブロヴァ・キラス)!」


 崩れる〈風〉の魔法陣は突風へと変化し、水流で切り刻み、水圧で潰そうとする『天吏(リフューゾ)』を防ぐ。

 やることはほとんど風の『天吏(リフューゾ)』変わりない。

 あとはどれだけ時間を稼げるか。

 が、その考えをすぐに修正せざるを得なくなる。

 水流はさらに勢いを増し、増加する水量によって片膝立ちになってしまう。


加速(アクツェロ)!」


〈加速〉の魔法陣は纏城の風(ブロヴァ・キラス)の速度を増幅させ、防御をより強固へとする。

 ファルステールはより強い意志を召喚させるよう、意識を研ぎ澄ます。

 チェーロなら必ず結果を出してくれる。そう信じて、ひたすら耐える。


「――お待たせ! 水脈の『天吏(リフューゾ)』の位置が完全に把握できたよ、ファルにゃん」

「みなさん、できるだけ足元に気をつけて下さい――黒殲破(ニグラ・エクフラープ)!」


 地面に叩きつけたワンドの先端に浮かぶ〈衝撃〉の魔法陣は、黒い閃光となって大地深く突き刺さる。

 その黒い衝撃波はチェーロが解析した水脈路を辿り、外敵の存在を根こそぎ『拒絶』していく。

 真なる〈魔法少女(マギスティーノ)〉によるファルステールの最大技はシミュレータを越え、破壊の余波はまるで血管のように大地を隆起させ、限界を突き破って破裂させた。 

 その威力は土塊や岩石、水を弾け飛ばせ、地形を大きく変化させるだけでなく、他機が戦っていた『天吏(リフューゾ)』二体をも完全消滅させてしまうほど。

 

 休む間も与えずに、花粉の『天吏(リフューゾ)』が飛来して来る。

 世界に意志などないが、それでも本気で人類を根絶やしにしようという確固たる意志が見えてくる。

 世界側の勢いが勝っていることは、モニターに映る簡易戦況マップからも明らかだ。

 こちらの兵数こそ減ってはいないものの、防衛ラインは徐々に後退し始めている。

 焦燥が滲み出てきてしまうのは、どうしようもない。

 何せ、こんな事象に構っている暇はないのだ。

 すぐそこにある『終界獣』(アリーア・エンブリオ)という絶対に倒さなければいけない。


 そんな時に、それはなんの前触れもなく姿を見せる。


「クー!」


 チェーロは『御遣い(アンヂェーロ)』レ・リに。

 いや、クレスツェントに気づかせるかのように、歌を口にした。

 詞の分からない歌を。


〈ノクタラメント〉を介し、チェーロの歌が響く。

 それに反応を示したのかは定かではないが、『御遣い(アンヂェーロ)』レ・リはこちらに顔を向けた。

 次に瞬間には遠方に佇んでいたはずの『終界獣』(アリーア・エンブリオ)が、眼前にやって来た。


(――違う!)


 感覚が、すぐにそれを訂正する。

 やって来たのではない。

 来てしまった(・・・・・・)のだ。

 理由など最早分からない。


 ここは世界。

 敵の腹の中。

 何が起きても不思議ではない。


 それに気づいてしまったからか。

 チェーロはさらに強く歌う。

 想いを乗せるように。

 チェーロの歌に込められた想いに呼応するかのように、〈ノクタラメント〉と『終界獣』(アリーア・エンブリオ)の『拒絶』率が上昇していく。


「やめろ! 歌うな!」


 強引にでもチェーロの歌を止めようと座席を離れようとする――が、身体の自由が利かない。

 それこそ、『浄玻璃の鏡』越しに伝わるチェーロの意志に従うかの如く。


 想い(うた)を、伝え(とどけ)たい。


 その純粋な心に縛りつけられる。

 ルノの歌が一帯を包む。


 もはや分からない。


 果たして『拒絶』し合っているのか?

 これではまるで、求め合っているようではないか。

 ファルステールは今、自分がどういう状況に陥っているのか理解できない。

 ただ、分かることは。チェーロがクレスツェントを求めているということ。


 たとえ、全てをなげうってでも。解放されても。

 やがて、自他の境界さえあやふやになっていく。

 自分が考えているのか。彼女が考えているのか。

 自分が泣いているのか。彼女が泣いているのか。

 自分とはなんなのか。他者とは誰のことなのか。 

 自分はどこにいるのか。世界はどこにあるのか。


 全てが分かり、おぼろげに…… 



 そして、〈ノクタラメント〉は消失した。

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