3.この後ろに守りたいものがあるということ
〈星域〉琥珀の庭園から一〇〇キロメートルほど離れた位置にて。
ファルステールとチェーロが乗る〈ノクタラメント〉は、他機とともに待機している。
緊張のあまり酷く喉が渇く。
唾液がなかなか出ず、また嚥下することさえも難しい。
やっと呑み込んだとしても、唾に棘が生えているのではないかと思うほど、
喉に焼けるような痛みが残る。
心臓は嫌というほど高鳴る。
《大丈夫か?》
「はい」
後方部隊兼護衛である軍人の男にファルステールは返す。
しかし、どこか心ここに非ずといったもの。
ファルステールに余裕がないことは訊く前から分かっていたのだろう。別の機体に乗る軍人が言葉を続ける。
《なぁ~に、〈星域〉を守る最後の砦って思っとけ。その方が格好いいだろ?》
《いや、先輩。割とそれ、プレッシャーになります》
《馬鹿野郎! 男ってもんはな、何よりもまず格好よさが第一だ! 君もそうだろ!?》
「はぁ……」
「ボクは賛同しますよ!」
《おっ! 嬢ちゃんは将来、いい男を捕まえるな!》
軍というものは頭が固く、どこか怖いイメージがあった。
のだが、少なからずフォローに回ってくれたこの軍人は優しく説明してくれた。少々、軽さに不安が拭えないが。
後方部隊とはいえ、周りにいる〈魔法少女〉のどれもが戦闘特化したものだ。
長距離砲を備えた〈ファルサコロソ=〔プレシオサウル〕〉は、すでに発射態勢を取っていた。
片膝立ちになり、〔プレシオサウル〕の特徴である股を覆うカバーアーマーはスタビライザーとなって長大な砲身を固定している。
それからは〈光〉の魔法陣が現れては崩れ、一条の光となって遥か遠方の敵を撃っている。
さらには実体武装を主体とした、重追加装甲を身に纏う〈ファルサコロソ=〔モンストル〕〉。
飛空戦に特化した〈ファルサコロソ=〔ディノルニト〕〉。
旧時代の戦車を基にした、三者同乗型試作機〈ファルサコロソ=〔ツェルベーロ〕〉までも参戦している。
と、共感チャンネルに反応が。
《ファルステールくん。ちぇー。聞こえる?》
「ルノさん!?」
思ってもいない人物の登場に、ファルステールは目を丸くする。
同時に『浄玻璃の鏡』によってチェーロも似た同様をしているのは分かった。
しかし、すぐにチェーロが何かを察したのを共感した。
「聞こえてるし、見えてるよ、るーのん――で、なんかあった? ヴェントくんのことで」
《……ヴェントくんが新型機に乗ってそっちに向かってるの》
ファルステールもまた、どこかでそうなることを予想していた。
仮に自分達が〈ノクタラメント〉を召喚せずとも、ヴェントは戦場に出ていただろう。
だが、今回の事態に触発されたのもまた、事実のはずだ。
《だから、もし無茶をするようだったら止めて欲しいの》
「分かったよ、ルノさん」
《ごめんね……ファルステールくんも、ちぇーも自分のことで大変なのに……》
「大丈夫。もうここまで来たら、面倒事は一つ増えようが関係ないよ」
《ありがとう。ファルステールくん》
彼女の感謝にファルステールは、極力表情を変えないように努めた。
真っすぐ受け止められなかったことに、つくづく器が小さいと自己嫌悪する。
《それと! 絶対に無理しないでね! 帰って来てね!》
「うん。帰ったら、また四人でどっか行こ。場所はるーのんが考えておいて」
《うん》
不安を懸命な笑顔で誤魔化そうとするルノに、先程の罪悪感もあってファルステールは少しでもその感情を和らげたかった。
だから、自分が抱く負の感情を押し殺して口を開く。
せめて今だけでも虚勢を張ろう。好きな子のために。
「ルノさん。絶対にあの馬鹿と、ここのバカと一緒に帰ってくるから」
「ここのバカって、まさかボクのこと!?」
《うん。必ず連れて戻って来てね、ファルステールくん!》
「――って、るーのん否定してよ!」
ほんの少しだけではあるが日常に戻れたような気がし、ファルステールは安堵した。
が、それは非現実へと進む恐怖をより膨らませることになる。
一秒でも早く、こんな場所から逃げ出したいと。
「じゃあ、るーのん。切るよ? このままだと戦闘記録の漏出になるかもしれないし」
《うん》
「じゃ、またあとで」
できるだけ日常の延長を演出するチェーロに、ファルステールはどこか尊敬さえも抱く。
年上とはいえ、たった一つの差だというのに。
「……ありがとう」
「んや、ボクも限界だったし――それにるーのんだって無理してたしね」
みながみな、自らが抱く不安によって友達を心配させたくなかった。
瞑目すると、瞼の裏にクラスメイトを始めとした自分に関わった人々と、そこで交わした日常が浮かぶ。
ファルステールは改めて思った。帰りたいと。
だがそれは、今なすべきことから逃げてではない。
帰るために、自分の後ろにあるその場所を守ろう。
そう自らに誓った。




