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なまえのないうた  作者: pu-
第六章 なまえのないうた
33/40

3.この後ろに守りたいものがあるということ

〈星域〉琥珀の庭園(スクツェーノ)から一〇〇キロメートルほど離れた位置にて。

 ファルステールとチェーロが乗る〈ノクタラメント〉は、他機とともに待機している。

 緊張のあまり酷く喉が渇く。

 唾液がなかなか出ず、また嚥下することさえも難しい。

 やっと呑み込んだとしても、唾に棘が生えているのではないかと思うほど、

 喉に焼けるような痛みが残る。

 心臓は嫌というほど高鳴る。


《大丈夫か?》

「はい」


 後方部隊兼護衛(・・)である軍人の男にファルステールは返す。

 しかし、どこか心ここに非ずといったもの。

 ファルステールに余裕がないことは訊く前から分かっていたのだろう。別の機体に乗る軍人が言葉を続ける。


《なぁ~に、〈星域〉を守る最後の砦って思っとけ。その方が格好いいだろ?》

《いや、先輩。割とそれ、プレッシャーになります》

《馬鹿野郎! 男ってもんはな、何よりもまず格好よさが第一だ! 君もそうだろ!?》

「はぁ……」

「ボクは賛同しますよ!」

《おっ! 嬢ちゃんは将来、いい男を捕まえるな!》


 軍というものは頭が固く、どこか怖いイメージがあった。

 のだが、少なからずフォローに回ってくれたこの軍人は優しく説明してくれた。少々、軽さに不安が拭えないが。

 後方部隊とはいえ、周りにいる〈魔法少女(マギスティーノ)〉のどれもが戦闘特化したものだ。

 長距離砲を備えた〈ファルサコロソ=〔プレシオサウル〕〉は、すでに発射態勢を取っていた。

 片膝立ちになり、〔プレシオサウル〕の特徴である股を覆うカバーアーマーはスタビライザーとなって長大な砲身を固定している。

 それからは〈光〉の魔法陣が現れては崩れ、一条の光となって遥か遠方の敵を撃っている。


 さらには実体武装を主体とした、重追加装甲を身に纏う〈ファルサコロソ=〔モンストル〕〉。

 飛空戦に特化した〈ファルサコロソ=〔ディノルニト〕〉。

 旧時代の戦車を基にした、三者同乗型試作機〈ファルサコロソ=〔ツェルベーロ〕〉までも参戦している。

 と、共感チャンネルに反応が。


《ファルステールくん。ちぇー。聞こえる?》

「ルノさん!?」


 思ってもいない人物の登場に、ファルステールは目を丸くする。

 同時に『浄玻璃の鏡』によってチェーロも似た同様をしているのは分かった。

 しかし、すぐにチェーロが何かを察したのを共感した。


「聞こえてるし、見えてるよ、るーのん――で、なんかあった? ヴェントくんのことで」

《……ヴェントくんが新型機に乗ってそっちに向かってるの》


 ファルステールもまた、どこかでそうなることを予想していた。

 仮に自分達が〈ノクタラメント〉を召喚せずとも、ヴェントは戦場に出ていただろう。

 だが、今回の事態に触発されたのもまた、事実のはずだ。


《だから、もし無茶をするようだったら止めて欲しいの》

「分かったよ、ルノさん」

《ごめんね……ファルステールくんも、ちぇーも自分のことで大変なのに……》

「大丈夫。もうここまで来たら、面倒事は一つ増えようが関係ないよ」

《ありがとう。ファルステールくん》


 彼女の感謝にファルステールは、極力表情を変えないように努めた。

 真っすぐ受け止められなかったことに、つくづく器が小さいと自己嫌悪する。


《それと! 絶対に無理しないでね! 帰って来てね!》

「うん。帰ったら、また四人でどっか行こ。場所はるーのんが考えておいて」

《うん》


 不安を懸命な笑顔で誤魔化そうとするルノに、先程の罪悪感もあってファルステールは少しでもその感情を和らげたかった。

 だから、自分が抱く負の感情を押し殺して口を開く。

 せめて今だけでも虚勢を張ろう。好きな子のために。


「ルノさん。絶対にあの馬鹿と、ここのバカと一緒に帰ってくるから」

「ここのバカって、まさかボクのこと!?」

《うん。必ず連れて戻って来てね、ファルステールくん!》

「――って、るーのん否定してよ!」


 ほんの少しだけではあるが日常に戻れたような気がし、ファルステールは安堵した。

 が、それは非現実へと進む恐怖をより膨らませることになる。

 一秒でも早く、こんな場所から逃げ出したいと。


「じゃあ、るーのん。切るよ? このままだと戦闘記録の漏出になるかもしれないし」

《うん》

「じゃ、またあとで」


 できるだけ日常の延長を演出するチェーロに、ファルステールはどこか尊敬さえも抱く。

 年上とはいえ、たった一つの差だというのに。


「……ありがとう」

「んや、ボクも限界だったし――それにるーのんだって無理してたしね」


 みながみな、自らが抱く不安によって友達を心配させたくなかった。

 瞑目すると、瞼の裏にクラスメイトを始めとした自分に関わった人々と、そこで交わした日常が浮かぶ。

 ファルステールは改めて思った。帰りたいと。

 だがそれは、今なすべきことから逃げてではない。

 帰るために、自分の後ろにあるその場所を守ろう。

 そう自らに誓った。

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