表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なまえのないうた  作者: pu-
第六章 なまえのないうた
32/40

2.この破局に英雄がいるということ

 ヴェントが食堂に戻ると、ちょうどファルステール達が出て行ってしまったということだった。

 慌てて第七開発室に戻る。

 もちろん、出動許可など出ていない。

 殲滅戦に勝手に参加するなど前代未聞の大問題だ。

 ましてや生徒がだ。校則違反どころの騒ぎではない。

 罪に問われる可能性は高いだろう。少なからず〈魔法少女(マギスティーノ)〉に許可なく登場することは大罪なのだから

 ただ、ヴェントは自分でも嫌悪する算段を持っていた。


(一般の人間なら、ね……)


 想像する最悪な事態は起こらないはずだ。

 形はどうあれ、自分なら必ず戦場に出る日が訪れるとは分かっている。

 求められている、という自負はある。

 廊下を全力疾走するため、他の生徒にぶつかりそうになり、教師からの注意が何度も飛ぶ。

 だが、もはやそんなことでは止まらない。止まってなどいられない。

 ヴェントは第七開発室の扉を開き、更衣室に走る。

 と、その扉の前。門番の如く、一人の顔見知りが立ちはだかる。


「来ると思っていたよ」


 にやにやと、いつもの調子でベトゥル・セスが軽く手を振る。


「……止めますか、ベトゥルさん?」

「これから、そこにいる試験官が出す試験に合格できなかったらね」


 視線を彼女の背の奥へ促される。

 そこにいたのは、


「ルノ?」


 どうして、彼女がここにいるのか。分からないわけはない。

 ルノもまた全てを見透かしていたからこそ、先回りできたのだろう。

 とはいえ、あのことが――彼女の想いと自らの気持ちを握り潰したばかりだ。気まずさに視線を合わせることができない。


「じゃ、決着がつくまで私は隣の部屋で作業してるから、終わったら呼んでくれ」


 冗談なのか本気なのか。

 いまいち掴みづらい態度のまま、ひらひらと手を振りながらベトゥルは自らの作業場に戻っていく。

 第七開発室にいるのは何も、ベトゥルだけではない。

 活気とはまたどこか違う忙しなさが常に回る空気の中、二人だけはどこか別空間にいるかのような乖離を抱かざるを得ない。

 周りばかりに視線を送りながら、ヴェントはばつの悪さを噛み締める。

 沈黙が流れるが、このままでいられるはずもない。


「……ラーフォ先生に止めろって言われた?」

「うん……多分、それがなかったらここまで来る決意はできなかったと思う」


 振られたばかりの彼女にとって、その後押しがあってもなお辛いものはある。

 が、ヴェントの足を止められるのは、現状に於いて自分しかいない。


「ヴェントくんはみんなを守りたいの?」

「うん」

「昔っから変わらないね」


 ルノは呆れ交じりの苦笑を浮かべる。 

 ただそれもすぐに消え、告白をしてきた時のような、捉えて離さない真っすぐな瞳を向ける。


「でも、それは本当にヴェントくんがやらなきゃいけないことなの?」


 問いにヴェントは首を振り、


「僕がやりたいことなんだ」

「でも、今すぐやる必要はないでしょ? そんなに気に急ぐ必要はあるの?――それともやっぱり、ファルステールくんが戦ってるから?」


 意地が悪い問いだと自覚している。

 だがそれでも、嫌いになられても構わないから止めたかった。

 しかし、ヴェントは何も返してこない。

 目を瞑り、じっと何かを考えている。

 彼が何も言わないことに不安になるが、今は待つしかない。待つことしかできない。


「〔チオサヴァント〕」

「〔万物の救世主(チオサヴァント)〕?」


 いきなりの、突拍子のない言葉にルノはそのまま口にする。


「ああ。僕がこれから乗る〈魔法少女(マギスティーノ)〉つけた名前だ」


 瞳が。言葉が。口調が。ヴェントの意志の全てを物語っている。


「こういう言い方はどうかと思うけど、『終界獣』(アリーア・エンブリオ)が襲撃した今がチャンスなんだ。〔チオサヴァント〕が活躍すればきっと、人類にはまだ沢山の希望があるんだって思えるはずだから――そして、それに乗れるのは僕しかいない」


 真っ直ぐと。

 はっきりと。

 その、瞳で。

 その、口で。

 意志を通す。


「――そっか……もうそこまで決めちゃってたんだ」


 一つ息を吐いて、ルノが言う。

 物心がつく前から知る仲だ。

 そういった時の彼はどうすることもできないことは、何度も経験している。

 そして、そんな彼が好きで、応援したくなることも、また。


「じゃあ、一つだけ約束して」

「必ずルノの元に帰るよ」


 彼女の言いたいことなど分からないわけがない。

 十数年も一緒にいる幼馴染なのだから――好きな子なのだから。

 ルノは観念したと言わんばかりの深いため息を一つ。

 そして、笑顔を繕う。

 懸命に。

 泣きたくなるのを抑えて。


「私が止められないんだから、他の誰も止められないよね?」

「いや、ベトゥルさんが拘束具を解除してくれないと」

「そこは素直に同意すべきだと思うんだ」


 頬を膨らまし口を尖らせるルノに、


「ありがとう、ルノ」


 素直にそう告げると、彼女の頬が紅く染まった。

 そんな彼女に、こちらまで恥ずかしくなる。



 

 それからヴェントはパイロットスーツに着替え、〔チオサヴァント〕の『浄玻璃の鏡(コックピット)』に入る。

 ハンガーごと外隔壁『鬼瓦』へと移動する中、システムを起動していくとモニターの《瞳》にルノが映る。

 彼女がいる部屋に置かれた二つのモニター。一つはこの〔チオサヴァント〕と共感チャンネルが繋がっている。

 もう一つは恐らく……


《絶対に無理しないでね!》


 ルノに対し、苦笑いで返すしかない。

 瞑目し、何層もの『鬼瓦』が開閉していく音を耳にしながら、一つ深呼吸をする。

 瞳を開けば、そこから戦いは始まる。

 瞼の裏に映るのは大切な人達と、大事な場所。かけがえのない時間。

 今、はっきりと分かった。いや、分からせられた。

 世界との戦いに対する、勝利の意味を。


「ヴェント・デクナウ――〈ファルサコロソ=〔チオサヴァント〕〉発進します」


 広がる世界を見据え、ヴェントは踏み出す。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ