1.この居場所に僕らがいるということ
約束の二〇時。
ファルステールが食堂に着く頃にはもう、パーティーはすっかり盛り上がっていた。
話を聞けば、この企画は初実習記念に数人グループで小ぢんまりとやるつもりだったらしい。
だが、ファルステールとチェーロの件があり、急遽クラス全員で行うことにしたとのこと。
他のクラスが嗅ぎつけて、それ以上に増えているようだが……
ヴェントを介さない状態では、ルノとあまり接点がないのは元からだ。
が、今はチェーロなどと一緒に調理場を使って、何かしらの料理をしている。
奥では手品やカラオケなどやや無秩序となりつつあるが、Bクラスの生徒数人が上手く纏めている。
こうやって仲間の意外な面が見られるのは、存外楽しいものがあった。
その中には、やはりと言うべきだろうか。ヴェントの姿がない。
なんとはなしに、近くにいたパンテルに話しかけると、第七開発室に寄ってから来るとのこと。
「というか。お前は自分のことを心配してくれよ? 戦闘に出るんだろ?」
「ああ。でも、〈ノクタラメント〉は体長も質量も小さい関係でそこまで『拒絶』率が高くはないから、後方に配置されるけどな」
「とはいえな……」
「いいよ。そこまで心配しなくて。それに野郎より女子に心配されたいし」
「あぁ、そうかよ。悪ぅござんしたね」
口を尖らせ、むくれるパンテル。
改めて思う。
そういうのは女の子がやるべきだし、女の子しかやっちゃいけないと。
「まぁ、なんだ? 忘れろとは言えないけどさ。時間までは楽しんでくれよ?」
「頼まれるまでもなく楽しんでるよ」
机に乗っているおにぎりを一つ掴み、頬張る。
瞬間、ファルステールの顔が強張った。
「うん。すげぇ楽しいわ」
おにぎりの中身――ブルーベリージャムとマーガリンがたっぷりと入ったそれを見せつけながら、引きつった笑みを浮かべる。
それからファルステールは、愉快で不快な味の食いかけのおにぎりをパンテルに押しつけ、適当にふらつく。
〈魔法少女〉を召喚させたことは他クラスにも知れ渡っているようで、知らない顔が自然とファルステールに集まって来る。
つい先日、興味本位の的になったばかりとはいえ、注目の的になるのはヴェントの仕事だった。
なので慣れることはない彼は、飛び交う質問にしどろもどろに答えるしかない。
自分のみっともなさを噛み締めている最中だった。携帯端末に反応があったのは。
送り主はついさっき登録した『学園司令班』だ。
それが意味するものを半ば理解しつつ、みなに見えぬよう隠しながらメールを開く。
《沈黙状態だった『終界獣』の移動を確認。至急、第五格納庫まで来たれよ》
想像した通りの最悪に一瞬だが眩暈を覚えた。
それでもよろけなかったのは、周りを不安に抱かせまいとする自制心の賜物だった。
「悪ぃ。俺達、呼ばれてるからちょっと抜けるわ」
「もうなのか?」
近くで前衛的な味のおにぎりと格闘していたパンテルが、何味か分からないをそれを手に訊ねて来る。
「もうっていうか、〈ノクタラメント〉はまだ完全に解析が終わってないんだよ。で、出撃前にもう少し調べたいんだとさ。とにかく召喚されたばっかってのもあって、未知の部分が多いんだ――それと、あの御方ががまともに歌ってくれないってのもあるし」
調理場でわけの分からない歌を披露しているチェーロを指差しながら、説明をする。
真偽を織り交ぜたのは、心境が顔に出てしまうことを自覚しているが故。
それでも、このままい続けたらボロが出てしまうのは目に見えている。
すぐさま踵を返して、ファルステールは出口に向かう。
「まぁ、すぐには帰って来れねぇけどさ、なんか面白い話は用意しといてくれよ?――あと、女子の料理もな?」
「なんか、すげぇもん押し付けられたな」
「じゃあ、行って来る!」
後ろ手に手を振って、やや駆け足で食堂をあとにする。
――と。
『行ってらっしゃい!』
『気をつけてね!』
『お土産待ってるぞ!』
『絶対に帰って来いよ!』
騒ぎの灯りをまだ背中で感じられるくらいまで廊下を出た時に聴こえた声に、ファルステールはこそばゆさを覚える。
それらが素直に、嬉しかったから。
「一人で行くなんて水臭いな」
「そういうもんじゃないだろ?」
後ろから遅れてやって来たチェーロに、ファルステールは肩越しに振り返る。
「みんな。優しいね」
「ああ」
もう部屋の光を感じることはできない。
だからか、さっきまでの時間に名残り惜しさを抱いてしまう。
(また、みんなとこんな騒ぎをしたいな)
今になって初めて、ファルステールは戦いに行くのだと自覚した。




