2.恋する青少年
「おいヴェント! なんで俺まで吹き飛ばしてんだよ!」
卵を寝かせたような形状のシミュレータから降りて早々、ファルステールの声が響く。
「ははっ。悪い悪い。設定ミスしてたよ」
それを軽く笑い飛ばすヴェント。
少し赤味がかった黒瞳はやや鋭いものの、彼の気さくさがそれを薄めている。
長身の割に痩せて見えるのは、身体をきつく締めつける演習用の簡易スーツのせいもあるが、訓練によって洗練された肉体の賜物だろう。
筋肉が多すぎず、かといって少ないわけでもない。羨ましい限りの肉体である。
そんな彼はすでにシミュレータから降りており、周りには少女達が群がっている。遠巻きには男性生徒も数多くいた。
みなは今の今まで、部屋の中央にある巨大なモニターで二人の戦いを見ていたのだ。
ただ、正確に言えば、二人の戦いではなくヴェントの戦いを、だが。
完璧人間ともいえるヴェントは、当たり前のように女性にモテる。また、それを妬む男性はほとんどいない。
それはヴェントが、完全なるカリスマ性を持ち合わせていることを意味している。
そして、将来性も持ち合わせていることも、また。
しかし、今のファルステールには全てがどうでもいい。
「つーか、そもそも! なんで刀が爆発すんだよ! そんな装備聞いてねぇぞ!」
生徒が持つ武器は数が多いものの、特別な能力が付与したものはほとんどない。
ファルステールが使っていた杖は魔法使いの杖と呼ばれ、本来は人の意志を具現化――それこそ魔法を使うイメージ――させる道具である。
杖の形状をしているのはイメージを膨らませ易いからだという。なので、爆発する刀など普通は存在しないのだ。
「いやいや。あれは首席と技術科に協力している人間の特権だよ。威力は希望値よりもかなり高くて僕自身びっくりしたけど」
鬼の如き形相で近づくファルステールに、ヴェントが言う。
ファルステールはヴェントの真正面まで来ると、睨みを利かせ、苦笑いを浮かべる彼を見上げる。
その身長差から滲み漂う惨めさに、いても経ってもいられなくなり、
「いいから早く来い!」
ヴェントの手首を掴み、女子の壁から無理矢理引き抜く。
これから制服に着替え直し、今回の模擬戦闘の報告書を纏めなければいけないのだ。
こんなところで油を売っている暇はない。
そう自分に言い聞かせなければ、今にも泣き出してしまいそうだった。あまりにも自分が哀れ過ぎて。
時々、思う。
どうして、三年という短時間でこんな人間と親友と呼べる(絶対に口にはしないが)仲にまで発展できたのか、と。
自分で言うのは癪だが、これと言って特徴がないというのが特徴である。
唯一の自慢と言えば、ヴェントの親友であるというくらいであろう。
彼を強引に更衣室へ連行する中、ファルステールは少しだけ――そう、ほんの少しだけ自分達の出会いを思い出し……心の奥底にしまい、封をした。
別に特別なものではなく、ただ単にどうしようもなく恥ずかしいからだ。
パイロットスーツから制服に戻った二人は、無駄に広さがあると定評な邀撃科の廊下を通っている。向かう先は自分達の寮。
これから部屋にて、訓練のレポートを書き上げなければならない。
その道中にて。隣を歩く親友、ファルステールがいつになく腹を立てていることに、さすがのヴェントも気まずい。
「だから、いい加減、機嫌直してくれよ」
「やだね」
不貞腐れる続けるファルステールに、ヴェントは懸命に話しかけ続けていた。
たとえ、心の底から怒っているわけでなくとも、ある程度の修繕はしなければ収まりがつかない。
「あれはどう見ても僕のミスだ。ルノが見ていても、ファルステールが悪いように見られるわけないさ――というか、僕、怒られるんじゃないか?」
どうして、ファルステールがこうまでムキになっているのか。その原因こそが、同じクラスのルノ・セスデクウヌにある。
特段、美人というわけでも可愛いわけでもない。
桃色の髪以外に突出した外見はないのだが、どこかまだ幼さの残る顔はいつも柔和な笑顔で満ちている。
加え、誰にでも気軽に話しかける明るい性格を持つ、学年に一人くらい好きになるそんな少女だ。
「いや、どう見たって格好悪いだろ……」
そして、そんな学年に一人くらいの男こそファルステールだった。
「お前はいつもそうだよな。なんだかんだで、邪魔ばっかり……」
「おいおい。それは心外だぞ。この前だって、僕は華麗なアシストをしようとしたろ?」
「体育倉庫に閉じ込めようとするのはアシストじゃなくて、ただの監禁未遂だ!」
ヴェントとルノは幼馴染であり、ファルステールは邀撃科第二等の一年から――時間的には三年前――二人と知り合う。
その出会い方は……これは親友のために封じておくべきだろう。自分としては実に面白い、最高の出会いだったのだが。
何を思い出したのかは分からないが、ファルステールが小さくため息を吐いたと同時、
「見てたよ、お二人さん」
『うおっ!?』
軽くとはいえ、いきなり背中を叩かれたファルステールとヴェントの二人は、驚きのあまり身体を仰け反らした。
「そんな驚かなくてもいいんじゃない?」
「いや……普通は驚くよ、ルノ」
滅多に見せないヴェントの苦笑。心臓を抑えながら、したり顔のルノに言う。
一方のファルステールといえば、
「ルノさん……どうも」
激しく鼓動する胸を押さえ、笑顔を酷く引きつらせていた。
そうなるのも無理もないだろう。
いきなり声をかけられたのに加え、最後はあんな醜態を晒したのだ。
恥ずかしさのあまり、できれば少しの間は顔を合わせたくはなかった。
しかし、ルノにはそんな彼の心境など全く伝わっていない。
「にしても、ヴェントくん。あのカスタマイズは何? しかもファルステールくんに迷惑をかけて!」
「いや、だからあれは……」
「いい訳はなし! ファルステールくんが怒るのも無理ないよ。ねぇ?」
「あっ、うん……」
いきなり話を振られたことに、ファルステールは適当な相槌しかできない。
しかも無様な姿はおろか、自分が怒り狂う様まで見られていたとは。
「ヴェントくん。いい? いくら首席でもね――」
「うん。そうだね、ルノ! 僕が悪い! 全面的に悪い!――ってなわけで、僕は先に報告書を纏めておくよ!」
幼馴染だからか。なんとなくルノの説教が長引くのを察知し、全力で逃げ出す。
去り際。ファルステールの横を通り過ぎる、ほんのわずかな瞬間。ヴェントは一言だけファルステールに告げた。
「ちょっ!? おい、ヴェント!」
「ヴェントくん!?」
二人の抗議の声を背に、『廊下を走るな』という標語を無視してヴェントは全力で走る。
ヴェントは心の底から叫んでいた。
『親友に幸あれ!』と。