表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なまえのないうた  作者: pu-
第一章 おかしな少女とへんてこな歌
3/40

2.恋する青少年

「おいヴェント! なんで俺まで吹き飛ばしてんだよ!」


 卵を寝かせたような形状のシミュレータから降りて早々、ファルステールの声が響く。


「ははっ。悪い悪い。設定ミスしてたよ」


 それを軽く笑い飛ばすヴェント。

 少し赤味がかった黒瞳はやや鋭いものの、彼の気さくさがそれを薄めている。

 長身の割に痩せて見えるのは、身体をきつく締めつける演習用の簡易スーツのせいもあるが、訓練によって洗練された肉体の賜物だろう。

 筋肉が多すぎず、かといって少ないわけでもない。羨ましい限りの肉体である。

 そんな彼はすでにシミュレータから降りており、周りには少女達が群がっている。遠巻きには男性生徒も数多くいた。


 みなは今の今まで、部屋の中央にある巨大なモニターで二人の戦いを見ていたのだ。

 ただ、正確に言えば、二人の戦いではなくヴェントの(・・・・・)戦いを(・・・)、だが。

 完璧人間ともいえるヴェントは、当たり前のように女性にモテる。また、それを妬む男性はほとんどいない。

 それはヴェントが、完全なるカリスマ性を持ち合わせていることを意味している。

 そして、将来性も持ち合わせていることも、また。

 しかし、今のファルステールには全てがどうでもいい。


「つーか、そもそも! なんで刀が爆発すんだよ! そんな装備聞いてねぇぞ!」


 生徒が持つ武器は数が多いものの、特別な能力が付与したものはほとんどない。

 ファルステールが使っていた杖は魔法使いの杖(ワンド)と呼ばれ、本来は人の意志を具現化――それこそ魔法を使うイメージ――させる道具である。

 杖の形状をしているのはイメージを膨らませ易いからだという。なので、爆発する刀など普通は存在しないのだ。


「いやいや。あれは首席と技術科に協力している人間の特権だよ。威力は希望値よりもかなり高くて僕自身びっくりしたけど」


 鬼の如き形相で近づくファルステールに、ヴェントが言う。

 ファルステールはヴェントの真正面まで来ると、睨みを利かせ、苦笑いを浮かべる彼を見上げる(・・・・)

 その身長差から滲み漂う惨めさに、いても経ってもいられなくなり、


「いいから早く来い!」


 ヴェントの手首を掴み、女子の壁から無理矢理引き抜く。

 これから制服に着替え直し、今回の模擬戦闘の報告書を纏めなければいけないのだ。

 こんなところで油を売っている暇はない。

 そう自分に言い聞かせなければ、今にも泣き出してしまいそうだった。あまりにも自分が哀れ過ぎて。


 時々、思う。

 どうして、三年という短時間でこんな人間と親友と呼べる(絶対に口にはしないが)仲にまで発展できたのか、と。

 自分で言うのは癪だが、これと言って特徴がないというのが特徴である。

 唯一の自慢と言えば、ヴェントの親友であるというくらいであろう。

 彼を強引に更衣室へ連行する中、ファルステールは少しだけ――そう、ほんの少しだけ自分達の出会いを思い出し……心の奥底にしまい、封をした。

 別に特別(ドラマチック)なものではなく、ただ単にどうしようもなく恥ずかしいからだ。



 パイロットスーツから制服に戻った二人は、無駄に広さがあると定評な邀撃科の廊下を通っている。向かう先は自分達の寮。

 これから部屋にて、訓練のレポートを書き上げなければならない。

 その道中にて。隣を歩く親友、ファルステールがいつになく腹を立てていることに、さすがのヴェントも気まずい。


「だから、いい加減、機嫌直してくれよ」

「やだね」


 不貞腐れる続けるファルステールに、ヴェントは懸命に話しかけ続けていた。

 たとえ、心の底から怒っているわけでなくとも、ある程度の修繕はしなければ収まりがつかない。


「あれはどう見ても僕のミスだ。ルノが見ていても、ファルステールが悪いように見られるわけないさ――というか、僕、怒られるんじゃないか?」


 どうして、ファルステールがこうまでムキになっているのか。その原因こそが、同じクラスのルノ・セスデクウヌにある。

 特段、美人というわけでも可愛いわけでもない。

 桃色の髪以外に突出した外見はないのだが、どこかまだ幼さの残る顔はいつも柔和な笑顔で満ちている。

 加え、誰にでも気軽に話しかける明るい性格を持つ、学年に一人くらい好きになるそんな少女だ。


「いや、どう見たって格好悪いだろ……」


 そして、そんな学年に一人くらいの男こそファルステールだった。


「お前はいつもそうだよな。なんだかんだで、邪魔ばっかり……」

「おいおい。それは心外だぞ。この前だって、僕は華麗なアシストをしようとしたろ?」

「体育倉庫に閉じ込めようとするのはアシストじゃなくて、ただの監禁未遂だ!」


 ヴェントとルノは幼馴染であり、ファルステールは邀撃科第二等の一年から――時間的には三年前――二人と知り合う。

 その出会い方は……これは親友のために封じておくべきだろう。自分としては実に面白い、最高の出会いだったのだが。

 何を思い出したのかは分からないが、ファルステールが小さくため息を吐いたと同時、


「見てたよ、お二人さん」

『うおっ!?』


 軽くとはいえ、いきなり背中を叩かれたファルステールとヴェントの二人は、驚きのあまり身体を仰け反らした。


「そんな驚かなくてもいいんじゃない?」

「いや……普通は驚くよ、ルノ」


 滅多に見せないヴェントの苦笑。心臓を抑えながら、したり顔のルノに言う。

 一方のファルステールといえば、


「ルノさん……どうも」


 激しく鼓動する胸を押さえ、笑顔を酷く引きつらせていた。

 そうなるのも無理もないだろう。

 いきなり声をかけられたのに加え、最後はあんな醜態を晒したのだ。

 恥ずかしさのあまり、できれば少しの間は顔を合わせたくはなかった。

 しかし、ルノにはそんな彼の心境など全く伝わっていない。


「にしても、ヴェントくん。あのカスタマイズは何? しかもファルステールくんに迷惑をかけて!」

「いや、だからあれは……」

「いい訳はなし! ファルステールくんが怒るのも無理ないよ。ねぇ?」

「あっ、うん……」


 いきなり話を振られたことに、ファルステールは適当な相槌しかできない。

 しかも無様な姿はおろか、自分が怒り狂う様まで見られていたとは。


「ヴェントくん。いい? いくら首席でもね――」

「うん。そうだね、ルノ! 僕が悪い! 全面的に悪い!――ってなわけで、僕は先に報告書を纏めておくよ!」


 幼馴染だからか。なんとなくルノの説教が長引くのを察知し、全力で逃げ出す。

 去り際。ファルステールの横を通り過ぎる、ほんのわずかな瞬間。ヴェントは一言だけファルステールに告げた。


「ちょっ!? おい、ヴェント!」

「ヴェントくん!?」


 二人の抗議の声を背に、『廊下を走るな』という標語を無視してヴェントは全力で走る。

 ヴェントは心の底から叫んでいた。

『親友に幸あれ!』と。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ