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なまえのないうた  作者: pu-
第五章 言葉
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3.なくとも伝わるもの

 ヴェントはパイロットスーツのまま、第七開発室にいた。

 自らが設計した、未だ名を持たぬ〈ファルサコロソ〉を見つめる。

 最終調整は今、終了した。

 問題はない。


(最大の課題だった『破邪の利剣』も持つこともできた……)


 対『終界獣』(アリーア・エンブリオ)用の兵器は、数が少ないものの存在している。

 しかし、配備等が極めて遅く実用性に乏しい。

 また、倫理的観念からも製造が困難である。

 何せ、世界を滅ぼす兵器を造るわけだ。

 それは同時に、自滅(もろは)の武器でもあるということでもある。


(……名前、か)


『破邪の利剣』は割とすんなり決まった。

 が、この機体の名は、いくつか浮かんでもどれもしっくりと来ない。

 他のことを考えようと気持ちを切り替える。

 と、ラーフォに呼ばれた後のことを思い出した。


 ラーフォとの話を終え部屋を出ると、入れ違いにルノが入室した。

 二人とも呼び出されたのだから当たり前といえばそれまでだ。

 が、どうしても拭い切れない不安はある。


(まさか、あれを見たってことはないよな……?)


 完全に否定はできないことに、嫌な汗が背中を伝う。

 とにかく、それは考えなかったことにしよう。

 そう自らに言い聞かせる。

 どうも、何を考えても思考がぼやける。


(理由は分かっている……)


 確かに心のどこかに、ぽっかりと穴が開いているからだ。

 白いはずなのに、何も描けぬ空虚が。

 いや、そこに埋まるべきものが決まっているから、他が受け付けないのだ。


(やっぱり、僕はそうだったんだ……僕も、そうだったんだ……)


 今の今まで、気づかぬように目を背けていた。

 だがもう、対峙するしかない。

 覗いてしまったのだから。

 目を瞑りたくはないと、悲鳴を上げる自分に気づいてしまったから。


 ルノをどう思っているのか? 

 そして、ファルステールをどう思えばいいのか?


 俯いたまま、自らの掌を見つめる。

 全てから逃げず、真にして唯一の答えを想う。


「……守りたい」


 淘汰した感情から現れた純粋な想いを離さぬように、拳を強く握る。

 見上げ、最終調整を終えてもなお未完成の〈ファルサコロソ〉を見つめる。

 願いに限度などない。妥協などもっての外だ。


「……なら、これしかないな」


 たとえそれが、大それたことでも。

 現実離れしたことでも。


「その名を持つことに意味がある」


   ◇◆◇◆◇◆


『終界獣』(アリーア・エンブリオ)殲滅戦まで、あと七時間。


〈ノクタラメント〉の機体解析を詳細にしたいというメールを受け、ファルステールは現在、独りで第七研究室にいた。

 パイロットスーツはすでに着衣し、時間まで待機している。

 四〇分前までヴェントが新型機の最終テストを行っていたようだ。

 顔を合わせなかったことに、どこかもやもやする。

 どうせ二時間後には、食堂で顔を合わせるのだが。


(色々あり過ぎだよ、今日は……)


 本当は仮眠くらいしたかった。

 間接的に振られたことに加えて『御遣い(アンヂェーロ)』との遭遇報告のせいで、碌に眠ることができなかった。

 ただ、時間がなかったということもあり、『御遣い(アンヂェーロ)』が語った真実は伝えられず、必要最低限のものしかしなかった。

 あの衝撃的で、かつどう受け入れていいのか分からない。もっというなら、理解し難い話は言うことはできなかった。

 と、フォルタ教師が資料を片手にやって来る。


「お待たせ」

「いえ……でも、まだチェーロさんが来てないんですけど?」

「彼女は少し遅れるって連絡があったからね。まぁ、どちらかが知っていれば、あとは機体に乗り込めば二人とも知ることができるから問題はないよ――で、ひとまずの解析の結果が出たんだけど、どうもおかしいんだよね?」

「? どういうことですか?」

「〈ノクタラメント〉の魔導装甲に妙なスリットがあるんだよね? 装甲を外す機能みたいなんだけど、なんのためにあるのかさっぱり。単純に外したところで、防御力が下がるだけだし……かといって、可変式というわけではなさそうなんだよね」

「そうですか」


 言われ、ファルステールは内心ほっとする。

 というのも、可変式の〈魔法少女(マギスティーノ)〉の扱いは非常印困難なのだ。人間が人間以外の動きをしたことがないが故に。

 人造の〈魔法少女(マギスティーノ)〉であるにも関わらず〈ファルサコロソ〉も人型が多いのは、最も操縦しやすいという理由である。


「さらに分からないのは(ラジエータ)の長さだ。機体の大きさや武装、代謝率から考えてもそこまでは必要ないんだ。稼働総熱量から計算すると、半分くらいで充分」


 髪以外にも〈魔法少女(マギスティーノ)〉の体内には冷却管が、それこそ血管のように張り巡らされ、常時熱から逃れている。

 渡してもらった資料を見るに、それはほぼ通常量とのこと。


「頭部保護や外装センサーが主ということは? 機体感応値は〈ファルサコロソ〉よりも少し高かった気がしますし」

「まぁ、その可能性が妥当かもね。それに〈ノクタラメント〉の能力から鑑みれば後方支援向きだろうから――それでも過保護だとは思うけど」


 とはいえ、搭乗してみなければ詳細を調べることはできない。


「それじゃあ、僕は解析準備に戻るから、ファルステールくんはこのままもう少し待っていて下さい」


 フォルタ教師がその場をあとにしてから、ファルステールは渡された〈ノクタラメント〉の資料を熟読する。

 他の思案が入る余地をなくすために。

 ただ、ちらちらと時計に目が行くのは、集中できていない証拠だ。

 無理もない。

 振られた挙句に、『御遣い(アンヂェーロ)』とまで会ったのだ。

 しかも、俄かには受け入れ難い衝撃的な世界を置き土産にして。


「お待た~」


 なんて陽気に入って来るのは、チェーロしかいない。

 顔を見れば、最も知る屈託のない満面の笑み。

 あれだけのことがあったのに変わらない笑みを浮かべられているのは、克服したのか。

 それとも、繕っているだけなのか……


「ん? ファルにゃん、どうも上の空みたいだけどどうしたの?」


 一瞬、例の『御遣い(アンヂェーロ)』に会ったと言おうかと思ったが、口ごもる。

 元の彼がどういった人間かは、知っているものの分からない。

 だが少なからず、レ・リと名乗ったあの『御遣い(アンヂェーロ)』とは全く別だろう。

 もはやあれは人間ではなった。

 だから、口にしたのは……


「……ルノさんに、振られた」


 自傷の真実。

 ついても、あと数分後にはバレてしまう仕方のない現実。


「えっ……? まさか、告白したんですか?」

「ああ。ルノさんがな」

「はへ?」

「ルノさんがヴェントに告白をしてて、それをたまたま俺が耳にしちまった……」

「……ファルにゃんってほんと、マゾの星の元に生まれて来たんじゃないっすか?」

「今はボケるタイミングじゃないな」

「ごめんなさい」


 しゅん、とうな垂れるチェーロ。

 それほどきつく言ったつもりはなかったのだが、チェーロは俯いたまま。

 ファルステールはどう声をかけるべきか悩むと、


【♪箱入り娘の 逆襲だ!】


 チェーロがいきなり歌い出す。


「えっ……?」

【♪弾丸弾く 超装甲 人の目を逸らす 超装甲】

「いや……あの……チェーロさん?」

【♪敵だらけなのに 敵はいない みんながみんな 離れていく】

「なんで? なんで、このタイミングで、歌?」

【♪無敵という孤独 素敵というお得 箱が私か 私が箱か

 とりあえず 暑い季節ですので 箱は脱ぎます】


 しばしの沈黙。歌が終わったのだろう。ファルステールは、改めて訊く。


「何故に、今ですか?」

「今しかないと思ったからです」


 グッと拳を握るチェーロ。冗談ではなく至って真面目。

 だから怒る気も失せた。


「あの……その……もしかしたら、お分かりではないのかもしれないですけど……俺、結構傷ついているんですけど……」

「うん。大ダメージだね」

「あっ、ご存知で」

「はい。存じ上げておりましたです」

「あらそう……なら……なんかこう、少しは慰めてくれたり、そっとしといてくれたりするのが良心って思わない?」

「んにゃ」


 首を横に振る。

 どこか強い意志を漂わせて。


「傷ついている時は、誰かが傍にいて話を聞いて欲しいもんだよ。独りで考えても、行き着くのは後悔のどつぼなのじゃ」

「……語尾さえなけりゃ、納得してたなぁ」


 そうは言っても、小さく納得していた。

 現に、救われた気がしたから。

 あのまま独りでいても、落ち込んでいただけだ。


「では、リクエストにお答えしてもう一曲」

「えっ? あの、してないんですけど……」

【♪列車がやってこない 電車がやってこない

  バスも 車も 馬もこない いたのは一匹 木星(いぬ)

  遠い星からやって来た 遥か彼方のお偉いさん

  とりあえず乗る とりあえず指差す とことこ歩くよ 時速二五キロ

  いつもと違う視界だね いつもと違う風景だね

  気づけば ほら アブダクション】


 なんというか、もう……

 ファルステールの心の中で色々な言葉が出ては混ざり合い、もはや『言葉』という形には定まらない。

 とにかく、悩んでいるのが馬鹿らしくなった。

 誰だって、今の二曲を聴けば考えようとする気が削がれるに決まっている。

 歌い切ったことに満足でもしたのか、チェーロの顔は満面の笑み。

 その顔が、ファルステールに向く。


「うん。ファルにゃんの顔もいつも通り」


 見ているこちらまでも微笑んでしまうくらいの、実に明るい笑顔。

 吸い込まれそうな青の瞳。


「もしかして、俺を慰めるために歌ってくれたの?」

「んにゃ」首を横に振るチェーロ。

「違うの?」

「んにゃ」首を縦に振るチェーロ。


 こちらがよっぽど不思議がっていたのか、チェーロはにこりと笑う。


「昨日も言ったけど、ボクはあくまでも、ボクの自己満足のためにしか歌いません」


 胸に手を当て、堂々と続ける。


「ボクはこの湿っぽくて暗い空気は好きくないのです。だから、歌って明るくしようと思ったわけです」


 本心なのだろう。

 眼鏡の奥にある瞳に、嘘や揺らぎはない。


(ルノさんの瞳って、どんなのだったっけ……?)


 ふと思い、思い浮かべる。

 色は分かる。

 形も、なんとなく想像できる。

 ただ……

 ただ、何を映していたのだろうか……

 また、無性に泣きたくなった。


「知っていることだと思うんだけどさ……」

「ん?」


 チェーロの顔は先までの能天気なものとは少し変わり、穏やかでありながらもどこか険しさが覗けるものとなっていた。

 そこから、彼女が何を言おうとしているのか。どこか分かった。

 しかし、ファルステールはチェーロの言葉を待つ。


「きちんとボクの口から話しておくべきだと思うから、言うね。ボクがどうして琥珀の庭園(スクツェーノ)に来たのか。そして、クーのこと――クレスツェント・クヴァルについてを」

「覚えていたのか?」

「ううん。思い出したの。ファルにゃんがボクの全てを知ったお陰で。ファルにゃんが知るボクの全てを知ったの。あの時に何があったのか」

「でも、そんな時間ないぞ?」

「何言ってるのさ。口で説明するよりも、もっと簡単な方法があるでしょ?」

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