表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
なまえのないうた  作者: pu-
第四章 残酷に奪われた恋心
24/40

6.教育者

「凄いものを見てしまったな……」


 罪悪感に苛まれながら、邀撃科用教師室のベランダでラーフォは煙草を吹かす。

 ファルステール達がサボらぬために設置した監視カメラに、まさかあんな映像が映ってしまうとは。

 普段は生徒が入れぬ場所だからと油断していた。


「そうだよな……誰も入らない場所だもんな……」


 吐き出される煙は自由奔放な姿に様変わり、やがて溶けるように消えていく。

 だが、一向に心が晴れることはない。

 何度も吸い、吐いたところでむしろ靄が濃くなる一方だ。


「きちんと喫煙室で吸って下さい、ラーフォ先生」


 扉を見れば、インスラルがやや困り顔を浮かべていた。

 コーヒー片手にラーフォの隣まで歩き、同じ風景を見やる。


「それにこの扉も閉めて下さいよ。部屋の中に煙が入ります」

「誰もいないんだからいいだろ?」

「エガレーツォ先生があとからぐちぐち言ってくるんですよ」

「そりゃ、初耳だ」

「でしょうね。僕に言ってくるんですから」


 よほど言われているのだろう。見ずとも、口調が全てを物語っていた。

 煙草を吹かせ、間を置く。

 ラーフォが話を切り替える時によくする行動だ。


「運が良かった、というべきなのかな。インスラル先生?」

「そうでしょうね。あれだけの『天吏(リフューゾ)』相手に死人を出さなかったんですから」


 操縦の慣れていない生徒達の被害がなかったのは、例年に比べて生徒達が目的地に向かえず〈星域〉近くにいたことが幸いしていた。

 が、それが最たる理由ではない。


「『御遣い(アンヂェーロ)』のお陰、か」


 恐らくだが『天吏(リフューゾ)』達は陽動だったのだろう。

 本丸は『御遣い(アンヂェーロ)』の〈星域〉侵入だ。

 そもそも、天災である『天吏(リフューゾ)』達にはそんな思考など持ち合わせていない。


 ただ、『御遣い(アンヂェーロ)』は別だ。

 元は人間であったが故に、人間的思考を所持している。

 だがしかし、おかしい点がいくつかある。

 まずは、仮に陽動だとしても『天吏(リフューゾ)』達が本格的な攻撃に移らなかったこと。本当に時間稼ぎをしているようでしかなかった。


 そしてもう一つが、そもそもあんな大量の『天吏(リフューゾ)』、ましてや『終界獣』(アリーア・エンブリオ)などというものさえも連れていたということだ。

 十四群体もの『天吏(リフューゾ)』が〈星域〉に同時襲撃をしてくるなど、ここ数十年一度足りとない。

 それに何か、この特異な事態を紐解く鍵となるのか……


(やはりその鍵になるのは、あの『御遣い(アンヂェーロ)』か……)


 彼ら『御遣い(アンヂェーロ)』は何もかもが異質だ。

 誕生から消滅まで、何もかもが……


「『御遣い(アンヂェーロ)』は見つかったのか?」

「難しいでしょうね。いくらあれが人の姿をしているとはいえ、基本的に何を考えているのか見当がつきませんから」


 ただ、確かに分かることもある。


(〈星域〉消滅による、人類の完全『拒絶』――そのために何かしらの方法で〈創天球儀(トゥタルバム)〉に向かうはずだ)


 今回の『御遣い(アンヂェーロ)』の狙いも十中八九、そこだろう。

創天球儀(トゥタルバム)〉は〈星域〉の全てを管理している心臓部だ。

 いくら予備動力が備えられているとはいえ、そこを破壊されれば〈星域〉の防御は圧倒的に弱る。

 ましてや、『終界獣』(アリーア・エンブリオ)に攻められなどしたらひとたまりもない。

 到達までのタイムリミットは、過去の状況からして約二一時間。

 それまでに『御遣い(アンヂェーロ)』と『終界獣』(アリーア・エンブリオ)を倒さなければ〈星域〉崩壊が現実となる。


「運が良かった、か……」


 インスラルは何故、そこが引っかかっているのか理解している。

御遣い(アンヂェーロ)』の侵入もあるが、それよりもファルステールとチェーロが〈魔法少女(マギスティーノ)〉を召喚してしまったことだ。


 ただですら、学生による〈魔法少女(マギスティーノ)〉操縦の数少ない反対派だというのに、自分の授業でそれを防ぐことができなかったのだ。

 誰よりも自分を責めているのだろう。

 もちろん、彼女が反対派の体面というものを気にしているわけではなく。

 遠くを見つめながら煙草を吸う彼女に、インスラルは堪らず口にした。


「ラーフォ先生。別に、僕はいいと思いますよ」

「ん? 何がだ?」

「弱音を吐いたって……なんなら、泣いたって」


 彼の瞳をラーフォはじっと見つめ、視線を空に移す。やや曇りがかった、偽りの青空に。


「それは辛いだろ」


 ふぅ、と普段より少しだけ長く煙を吐き出し、


「お前が」

「……そうやって気遣いをされる方が、よっぽど辛いですよ?」


 見ずとも、こう言う時の彼の顔は知っている。

 すでに自分の瞳に焼きついてしまっているのだから。困り顔を浮かべながらも、場を取り繕おうとする引きつった笑みは。


(最初は確か、〈魔法少女(マギスティーノ)アクタコヌス〉を召喚して『浄玻璃の鏡』に入っただったか)


 またしばらくの間が空く。

 それはラーフォがつい「悪い」と謝りそうになり、口ごもってしまったから。

 もしそれを口にしていたら、余計に彼を傷つけてしまっていた。

 理解はしているつもりだ。優しさは時として誰かを傷つけてしまうことになると。


 このぎこちない空隙を誤魔化すように、ラーフォは煙草を吹かせる。

 せめて今の瞬間だけでも頭の中を空っぽにしておきたかったが、いくら煙草を吸ったところで占めているそれらは渦巻き続ける。

 主張するように。

 責めるように。

 酒を呷っても無理だろう。むしろ悪夢となって襲いかかるかもしれない。

 陰鬱に染まる気分を少しでも紛らわすため、ラーフォはなんとはなしに呟いた。


「私は決めているんだ」

「? 何をですか?」

「私があいつらのために泣いてやるのは、もっと先ってさ」

「先、ですか?」

「ああ。あの馬鹿どもが大馬鹿さえしなければ迎える、約束された先だよ」


 そんなことを言っていたら、ふいに今の自分が何をすべきか思いついた。

 卑しい話だが、それをすれば少しでも自分の責が軽くなりそうな気がしたから。

 灰皿に煙草を押し潰し、それらを手に職員室に戻る。


「どこに行くんですか、ラーフォ先生?」

「放送室。二名、呼び出すからね」

「二名を? なんでまた?」

「一人にはぶっとい釘を刺す」

「もう一人は?」

「……どうしたものかね?」


 眉根を寄せ、ラーフォは自嘲気味な笑みを浮かべた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ