5.理解者
教室に戻ってもやはり誰もいない。代わりに自分の机に一枚の手紙が貼り付けてある。
『今日の二〇時! 必ず食堂に来い!』
そう、でかでかと書かれた手紙が。
ファルステールの瞳に熱いものが込み上げてきた。
清掃用具を手に屋上へと向かう。
罰清掃に関しては何も言われなかった。それはこちらの気を汲んでのことだろう。
あえて言及しなかったのは、しなくてもいいということでもあり、同時に少しでも日常に戻るためにしてもいいということ。そう汲み取った。
(単に言い忘れただけかもしれないけど)
どれにせよ、ファルステールは少しでもいつものようにいたかった。
そのため屋上への鍵を取りに行こうと思ったが、何故かヴェントが持っていったとのこと。
理由は何となく分かる。
どういう名目かはさておき、教師陣にも当然ながら信頼され尽くしているヴェントが屋上を利用するわけはただ一つ。
(つまりこの扉の向こうで、告白が行われているということだな)
視界に入る、ここの薄暗さをより強める重い鉄扉。
幸いにも、この踊り場には備品が文字通り山積みだ。いざとなった時に隠れる場所はいくらでもある。
ファルステールは扉を開けて覗き見しようとしたが、少し動かしただけでも大きな音が立ってしまう。
故に耳をつけ、そばだてる。
『話って……?』
意外にも、外の音がはっきりと聞こえる。
どうやら、扉のすぐ先に立っているようだ。
(やっぱりヴェントだったな)
災難だなと思いつつもどこか羨ましく、そして少しだけ妬んでしまう。
それと、ほんの少し。僅かな罪悪感が生まれる。
ただそれも、すぐに興味が丸呑みしてしまった。
他人の告白を盗み聞きすることはあまりいい趣味とは言えないが、滅多にない機会であるが故に興味が勝ったのだ。
『……私』
先程までにやにや笑っていたファルステールの表情が、瞬時に強張った。
酷く後悔をする。
ヴェントの前にいるのが誰なのか。
声だけで容易に分かるから。
『私、ね……』
自分に、言い聞かせる。
何か二人で話さなければいけないことがあるだけ、だと。
決して。決して、頭の中に過ぎった最も考えたくはない事態ではなく……
分かっている。
この現実を受け入れたくはないだけ。
信じたくはないだけ。
それだけなのだと。
ここから逃げ出せばいいのに……
聞かなければいいのに……
身体が動かない。
傷つくのに。
終わってしまうのに。
より聞こえるようにと神経を尖らせる。
意識が扉の先へと、鮮明に伸びてく。
そして、答えが……
『ずっと前から、ヴェントくんのことが好き』
告白に胸中で、特に意味も含めずに呟く。
(ルノさん……)
愛を告げた者の、その名を。
いや、それの中には様々な感情は交じっている。なんのために言葉にしたのかがないだけで。
何故、聞いてしまったのだろうか。
わざわざ、傷つくと分かっていたのに……
『ファルステールくん達がああなったあとなのに、こう言う告白は不謹慎なのかもしれないけど……でもね、今言わなくっちゃ、駄目だと思ったの……怖いから……』
今、ルノはどんな顔をしているのだろうか。
『ヴェントくんとなら……戦える……力はないけど……覚悟ならできる』
今、ヴェントはどんな顔をしているだろうか。
『ヴェントくんは……『終界獣』殲滅戦に参加するつもりでしょう? だから、力になりたい……離れたくない……』
それなのに、二人がどんな顔をしているのか分からない。
分かるのは、鉄扉に映る自分の今にも泣きそうな、情けない顔。
静寂が三人を包む。
その長くとも短くとも取れる沈黙が、弾けるように消え去る。
『ごめん』
たった一言で。
ぽつり、と。
躊躇うように、逡巡したヴェントの一言で、終わる。
『ごめん。ルノには、その……誰よりも、幸せになって欲しいから……だから……』
彼の全てを聞き取る前に、逃げるように走り出していた。
ファルステールは。
(くそっ! 気づけよ馬鹿が!)
胸中で、親友に叫ぶ。
なんとなく、漠然と、理解したから。
優しすぎる言葉が、人を一番傷つけるということに。
自分が傷つくことが、優しさではないということに。
そして――
(気づけよ、大馬鹿野郎!)
ヴェントの気持ちを何も分かっていなかった、自分自身にも。




