3.破壊者
過酷な戦いに、杖を地面に突き刺し、それに〈ノクタラメント〉の体重を預ける。
このような姿勢で〈魔法少女〉が休まるわけではないが、人の意志を反映するため自然と人間らしい動きをする。
共感チャンネルで繋がった、各機の《瞳》を介して状況を把握していく。
と、複数ある内、星軍の〈ファルサコロソ〉と繋がっていた《瞳》の景色が突然下がる。
その《瞳》の主が足元を見ると、ずるずると蟻地獄に似た形状の地面に呑み込まれていく。
《地中にも残っているぞ!》
《〈アクタコヌス〉が行きます!》
インスラルの宣言とともに、〈アクタコヌス〉の魔導装甲がスライドし、肢体の位置が変わる。
装甲の一部を強襲用に変更するため追加召喚し、〈アクタコヌス〉は人型から船に似た容姿に変形した。
先端にはひと際巨大なドリルが備えつけられている。
変形を終えた船舶型の〈アクタコヌス〉は、地面を掘削しながら潜行を始めた。
掘削する音が地の奥底から響いて数十秒。
地面から巨大な一枚岩が噴き出た。
いや、正確には幾本のドリルアンカーに貫かれ、突き上げられていた。
この岩(正確には砂粒の塊)こそが『天吏』なのだろう。
地を掻き分け飛び出た〈アクタコヌス〉の先端に装備されている鋭利なドリルが岩を貫き、粉々に砕いた。
残り三群体――〈星域〉からの情報を、共感チャンネル越しに知る。
《全〈魔法少女〉に告げる。今から〈クルエラフラム〉は〔ウゥルカヌス〕を換装召喚する。お前らは巻き込まれぬよう後退していろ》
宣言とともに、それこそ〈クルエラフラム〉から逃げるかのように、〈魔法少女〉は一斉に離れる。
同時、〈クルエラフラム〉の換装召喚が始まる。
両腕は〈ファルサコロソ〉の胴回りくらいの太さを持つ巨大な砲が二つ。
正面に長大な砲門。
その脇にはミサイルの発射口が無数。
肩にも砲が二門。
背中にはまるでスペースシャトルの発射台のような砲が一つ。
そこに格納されているのは、〝魔石〟でできたミサイル。
その他、全身隈なく凶悪な武器が吐き出せる顎門が、相手を屠るために口を開けてその時を待っている。
《敵を完全捕捉するのに三〇秒かかる。それまで堪えていろ》
モニターに映る無数の《瞳》。それとともに現れる魔法陣。
それらは『天吏』の捉え、逃すことはない――きっかり三〇秒。《瞳》は全ての敵を見据える。
裁きの雷を下すため。
《捕捉完了だよ》
《ああ――終われ》
崩れゆく無数の、意味を持つ魔法陣の光を受ける〈クルエラフラム=〔ウゥルカヌス〕〉から吐き出される、数百の鉄鎚と幾条もの浄化の光。
三千世界は終末に包まれ。
森羅万象の音は破滅音に喰らい尽され。
ただただ、天上天下の悲鳴しか響かせない。
恐らく捕捉時間よりも早い終結だった。
破滅の先にあったのは、虚無。
何もない。
光も影も。生物も自然も。
全ての生は終わり、世界の終焉だけがそこには在った。
理屈としては〝魔石〟のミサイルで重力異常を引き起こし、強引に空間を歪曲させ、光と時間を消滅させたというトンデモ科学だ。
が、それは〝魔石〟という万能の一歩手前を顕現させる魔法の石だからこそ、為せる技だった。
《油断するなよ! この予測外の襲来は、『御遣い』が関与している可能性が高い!》
それでも疲れを微塵も感じさせない彼の覇気のある声は、みなの緩みつつあった緊張の糸を強く硬く結び直す。
チェーロや他機の索敵には反応がない。
このまま五分が立てば撤収できる。
深い沈黙が始まる。
敵がいないことを祈りつつ、ファルステールはモニターを見つめる。
こういった作業はチェーロが主に行うため、ほとんど待機状態だ。
索敵開始から約四分。祈りの実りが触れられそうになる距離まで近づく。
と、共感チャンネルから強制的に、モニター上に他機から送られた《瞳》が現れた。
すると、そこには……
「……先生……まさか、あの奥にいるのって……」
確かに、今の今までの戦いは獣が狂い、天候が理を度外視する異常なものだった。
だがそれでも、自然摂理内での範囲での話だ。
しかし、目の前のものはもはや、それから大きく外れている。
何がどう起ころうとも、そんなものが自然環境の中で生まれるはずがない。
言うならば、人類の生理的不快と不安の全てを押し固めたような、悪夢の塊そのものだ。
《ああ……覚醒前の『終界獣』だ》
突然の『天吏』襲撃などとは比べないほどの緊張が漂う――それと、絶望も。
この感情はファルステールも、チェーロでさえ小さい棘のように抜けずに在る。
同様に教師や兵にさえ。
それらは望まなくとも共感チャンネルが伝えてしまう。
人の感情がなんの繋がりもなく分かってしまうのと酷似した感覚で。
《カルブ先生、〔ロキ〕への換装召喚はできそうですか?》
《〔ウゥルカヌス〕を使用したばかりだ。時間がかかりすぎる》
距離はだいぶ遠いのに加えて、動きもしない。それこそ二〇キロメートルはあるだろう。
それでも相互『拒絶』反応があるということは、つまり……
(敵の、『終界獣』の『拒絶』がよっぽど強いっていうことだよな……?)
〈星域〉の手前。距離にして八〇〇メートル前後。
そこに映るのは、小さな物体。
あまりの小ささに、それがなんなのか判断しかねる。
ただ、確実に小さな何か確実に〈星域〉に向かっている。
悠々と。何に『拒絶』されるわけでもなく、踏み躙られた大地を闊歩する……
「人間……?」
俄かには受け入れられない。
何せ、在りえないのだ。
この大地を、ただの人間が無防備な姿で歩むことなどできないのだから。
長い髪や瞳、唇。それに襟がこめかみに達し、スカートが引きずられる奇抜な服も全てが薄紫色。
何もかもが突飛な姿に、なんとも言い難い違和感を覚える。
それはまるで、どこか人間の姿をした、人間ではない、何か……
《『御遣い』だ……》
それが誰の呟きかは分からないが、その瞬間に歩いている何かをはっきりと認識できた。
そこにいるものは、人類を裏切り、『世界』に身を捧げた大罪者。
《いいか、やつだけは絶対に〈星域〉に近づけるな! 侵入されたら終わりだ!》
全機が『御遣い』に対して、戦闘態勢を取る。
――瞬間。
ファルステールの頭の中で、激痛を感じるほどの何かが弾けたのは。
「やめろおおおおおおおおおおおお!」
チェーロの絶叫が響き渡る。
すると、どういうことか。まるで彼女の言葉を聞くかのように、全〈魔法少女〉の動きが急停止してしまった。
《……が起……た!?》
《機体……御……止!》
《……喚が困難になっ……る模様……す!?》
共感チャンネルに齟齬が発生し、通信障害が起こっている。
一方の『御遣い』は〈魔法少女〉の間を縫い、悠々とその目的地へと向かう。
自分達に残されたことは、守るべき場所へ死を招かんとする悪魔の姿を、ただ指を咥えて眺めることのみ。
共感チャンネルから細切れに聴こえるのは、怒号か嘆きか。
その混乱も二分もかからずに回復し、〈魔法少女〉は再び動き始める。
が、もう遅った。
《『御遣い』が……消えた?》
それは、すなわち……
《〈星域〉に侵入された》
想定していた最悪の事態――
〈星域〉の破滅が起ころうとしていることだった。




