1.敵対するモノ
(くそっ!)
ファルステールが搭乗する、全長三〇メートル強の人型兵器〈魔法少女ファルサコロソ〉。
赤の長髪に、どこかロリータファッションに似た骨色の奇妙な装甲を纏っているそれは、激しい攻防によって損傷が著しい。
一方、敵の姿はただただ黒く、まるで目の前に大きな穴でも空いているよう。
加え、これといって留まった容姿を持ち合わせていない。
その大きさを五〇メートルは優に超える姿に変化させるかと思えば、次の瞬間に五メートルにも満たない大きさになることも。
それどころか、個体数まで変えて見せる始末。
そんな芸当をやってのける理由は、元々この敵が一つの生命ではないため。
数億、数十億という羽虫が集まってできているのだ。
(相変わらず出鱈目だよな、『天吏』は。俺達の常識のことごとくを『拒絶』してくる)
羽虫の大群――『天吏』は、自らの身体で『拳』を形成する。
ファルステールが乗る骨色の巨人〈魔法少女ファルサコロソ〉を粉砕するため、自らの命を厭わない一撃を喰らわせるために。
(待ってやるかっての!)
〈魔法少女〉の力を駆使し、ファルステールは後方に跳ぶ――が、跳躍したはずの足は地面から離れず、何かに阻まれる。
見やれば、まるで地面の底に巨大な生物でも潜んでいたかのように、〈ファルサコロソ〉の右脚が土塊に噛まれていた。
(もう一群体いたのかよ!?)
恐らくは地面そのものが『天吏』なのだろう。
敵は世界そのものなのだ。姿に定まった形はない。
脱するために脚を抜こうとも、びくともしない。
生物の歯のようにしっかり噛まれ、引き剥がすことができななかった。
足掻き続けると脚部の骨色の魔導装甲がミシッ、ミシッと嫌な悲鳴を上げ始める。
ファルステールは唯一の武装たる、機体と同色の杖を地面に向けた。
「痺覆の――」
杖の先端が骨色に輝き、〈衝撃〉の魔法陣が浮かぶ。
それがバラバラに崩れると、魔法陣は別の形へと変異し始める。
望んだ力を開放する、その形へ。
敵を討つ白光へ。
〈衝撃〉の力が、地面目がけ解放されようとしていると同時。『拳』は強固なものへと完成され、振り下ろされた!――咄嗟に、杖の先端を自らの胸の辺りに変える。
「――白光!」
先端から発せられる球状の白光が〈魔法少女〉を中心に、羽虫の『拳』と地面を覆う。
光は名の通り、相手の動きを麻痺させるもの。
だがそれでも動きが緩慢になるだけで、『拳』は地面の『天吏』ごと貫いた。
(さすがに、駄目かと思ったぞ!)
――だけ。貫いただけ。
痺覆の白光によって多くの虫達が麻痺したお陰でその統率は散漫になり、振り下ろす勢いだけで解けてしまう。
もはや、『拳』とさえ呼び難い粗末なものに成り果てていた。
こちらのダメージはせいぜい、魔導装甲がわずかにくぼんだ程度。
しかも幸運なことに、麻痺させる光は地面の『天吏』にも効果を発揮していた。そのため、足はすんなりと抜ける。
態勢を整え、ただの羽虫の大群となった『天吏』にとどめを刺そうとした瞬間だった。
ズンッ!――降って来た衝撃とともに羽虫でできた『天吏』を両断し、勢いそのまま地面の『天吏』に刃を突き刺して一撃で絶命させたのは。
空から赤い軌跡とともに降ってきたのは、骨色。
同型機〈魔法少女ファルサコロソ〉だ。
肩に記された数字は『1』。
一番機を表すそれにはヴェント・デクナウが搭乗している。
(主役は遅れてやって来るってか?)
颯爽と現れたヴェント機に、ファルステールは思わず胸中で呟いた。
彼が搭乗する機体は、自分が乗っているものと変わりはない。
だがどうしてか。こちらとは違い、何か後光のようなものを発しているように見えてならない。
一番機が肩越しに振り返る。
こちらを心配してのことだろう。
ただ、いくら〈魔法少女〉が人の意思を召喚する〝魔石〟を介し、搭乗者の思考を寸分の狂いなくフィードバックする性質を持っているとはいえ、表情が変わるわけでもない。
そもそも、この〈ファルサコロソ〉にあるのはせいぜい、人間なら瞳に位置する場所にある濁った白光を放つ二本のスリット。鼻も口もない。
なので顔色や呼吸、微動などでは判断することはできない――もっと言うなら、〈魔法少女〉という総称であるが、女性的なシルエットはほとんどない。
(いや。心配しているのはもっと別か)
表情を伺わずとも、共感チャンネルを介さなくとも、彼の心の内はなんとなく分かる。
「いいよ。俺にかまわずやってくれ」
こくんと頷く一番機。
その間に真っ二つになった『天吏』は元の姿に再生(単に虫達が再集合しただけなのだが)する。
しかし、ヴェント機の二刀によってすぐさま刻まれた。
通常、圧倒的再生速度を誇る『天吏』に、斬撃など梨の飛礫であったはず。
が、ファルステールが放った痺覆の白光のお陰で、その速度は著しく緩慢になっていた。
それでも神速を誇るヴェントの剣技の方が要因は高いのは、敵の攻撃を一切寄せつけない様子から分かる。
再生速度を超す両刀の斬撃――確には切断ではなく、接触しただけで羽虫が消滅している――は、『天吏』の姿を見る見るうちに小さくしていく。
すると、『天吏』が再生ではなく分裂を始めた。
大小様々な『天吏』が生まれるが、どれ一つ反撃に転じる間もなく消えていく。
《とどめだ!》
ヴェントは二対の刀を羽虫の真下に突き立てた。
〈爆破〉の魔法陣が浮かび、崩れると刀身は熱を帯びて橙に染める。まるで内に秘める熱を閉じ込めるかのように。
(……あんな装備、あったっけ……?)
《――あっ、まずい》
ぽつりとヴェントが漏らすと、一瞬にしてその場を離脱する。
刹那、カッと刀身の橙光が膨れ上がり、機体はそこから異常熱量を感知する。
「へ?」
急な出来事にどうすることもできずファルステールが間抜けな声を上げた瞬間、機体ごと爆熱に包みこまれた。