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なまえのないうた  作者: pu-
第三章 恐らくは美しさを守るもの。恐らくは美しさを壊すもの。
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7.非情願望

 踵を返すファルステールとチェーロが乗る〈ファルサコロソ〉。

 拡張視覚でハイル教師が仕留め切れなかった怪獣型の『天吏(リフューゾ)』の動きを見やる。

 のっそり、のっそり。真っすぐこちらへ――〈星域〉へと進む。

 ワンドの先端を、敵へ。


 さわさわと聴こえる『風』の『音』。

 そよぐ『草木』。

『青』々とした『空』。

 流れる『雲』。

 どれもが次の瞬間に敵へと豹変する可能性を持つ。

 正直、一秒でも早く〈星域〉の中へ戻らなければ、精神がおかしくなりそうだ。


「目視間距離にしてあと二〇秒で、相互『拒絶』領域に入るよ」


 脆い精神を支えるように、チェーロは随時状況を報告する。


「五……四……三……」


 秒読みの声が僅かに震えていた。

 チェーロが緊張するという事態に、こちらまで伝播しそうになる。

 それを目の前の敵に集中することで、なんとか誤魔化す。


「……二……一……ゼロ!」

黒殲破(ニグラ・エクフラープ)!」


 ワンドに〈衝撃〉の魔法陣が浮かび、崩れ、閃光となって怪獣へと伸びる。

 黒殲破(ニグラ・エクフラープ)に抗うためか、怪獣は『顎門』を開くと口腔から真っ白な塊が吐き出された。

 黒い光と白い塊の衝突。

 無機質な激突音とともに『拒絶』のうねりの余波が、一帯を荒廃させていく。

 黒の閃光にぶつかるものが、真っ白な鳩であることは戦いのあとで気づくことになる。

 何せ、この時にはそれが心を塗り潰していたから……


(俺の最大技で無傷かよ!)


 相殺された事実に愕然とする。

 ただでさえチェーロが捉えられなかった別の、『天吏(リフューゾ)』がいるというのに。しかも、相互『拒絶』領域外から〔ツェンタウロ〕を退場させたと思わしき難敵が。

 そうだというのに、必殺の一撃が通じなかったという絶望。

 そこに追い打ちをかけるかのように、目の前の怪獣も姿を変え、分離を始める。


(どうする?)


『浄玻璃の鏡』は『離脱』を挙げている。

 電脳もチェーロも、ファルステール自身だってそれが正しいと分かっている。加えて、敵を引きつけることにも成功しているはずだ。


(でも、こんなやつから逃げ切れるのか……?)

《大丈夫か!?》


 恐怖で閉じかけた帳を斬り裂く、『4』の数字。


「――ヴェント!?」

《ああ! 増援が来るまでなんとか持たせる! それまで救援を頼む!》


 刀と剣を手に、目の前を横切る〈ファルサコロソ〉。進む先は決まっている。


「馬鹿野郎! お前一人で何ができるって言うんだよ!」

《何かだ!》


 止める術はない。

 何せもう、ヴェントは怪獣に駆けて行ってしまったから。速度はもはや、チェーロの補佐すら越えている。

 四群体に分かれた怪獣の内、最も近く、かつ大きな怪獣型『天吏(リフューゾ)』を二本の(つるぎ)で×字に切断する。

 武器を既に使いこなしているのだろう。

 刃の『拒絶』率はシミュレータ時よりも高く、その一太刀だけで完全消滅させた。


 が、すでに残り三群体は彼を包囲している。

 地を這い、空を舞い、正面で対峙する三つの怪獣。

 距離を取るため後方に跳ぶが、這う怪獣が触手のようなものを伸ばし――単に獣達が一斉に飛びかかっただけだが――、無理矢理地に引き込む。


 怪鳥はここぞとばかりに両肩を掴み、天へと引きずり込もうとする。

 正面には、今にも首を食い千切らんと間合いを測る怪獣。

 上下から引っ張られ身動きの取れないヴェントは、あろうことか左上腕を剣で突き刺した。

 自棄になったわけではないのは分かる。

 左手の刀を右に持ち替えたのだから。

 ヴェントは刀で左肩を切断すると、天へと放り投げる。怪鳥を構成する獣達の中心へ。

 剣に浮かんだ〈爆破〉が崩れ、橙色を帯びた途端、腕ごと爆発。


 拡散し、降り注ぐ腕と剣の破片一つ一つも、当然だが〝魔石〟(オクルタ・ユヴェール)製だ。

 飛び散る破片は時に刺さり、押し潰すことで『天吏(リフューゾ)』を『拒絶』する。

 最も被害を受けたのは、直撃を受けた怪鳥だ。

 上半身が解放されたのとほぼ同時、『拒絶』の雨中から顎門を開いて喉元を狙う『天吏(リフューゾ)』。

 その中へと右腕を突っ込み、再び刀を爆破させる。

 だが頭部を失ったところで、『天吏(リフューゾ)』は止まらない。

 地を這っていたもの達と結合し、また一つの巨大な『天吏(リフューゾ)』を構成する。


 あと何度、繰り返せば倒せる?

 あとどれほど血を流せば滅ぼせる?


 友が命を削ってまで戦う間も、『浄玻璃の鏡』は常に最善を伝える。

『離脱』を。


(できるかよ、んなこと!)


 それでも、親友を置いて逃げれば助かる。そう思っている自分がいるのは確かだ。

 頭を振り、別の最善を探す。

 分かっている。

 この状況を一変する力など、自分達が持ち合わせているわけがないということくらい。

 そんな奇跡さえも超越してしまう力など……


「……ある」


 助かる唯一を思い出すファルステール。

 どうして『浄玻璃の鏡』が、それを導き出さなかったのかは分からない。

 が、次の瞬間に起こったことに、ファルステールは全て把握する。


「嫌だ! やめて!」


 チェーロが叫ぶ。

 その青い瞳には、涙が滲んでいた。

 彼女はパイロットスーツの下に潜む、金鎖のネックレスを両手で覆う。

〝魔石〟(オクルタ・ユヴェール)を隠すように。守るように。

 今の今まで見てきた彼女の、どの表情にもなかった顔を浮かべる。

 だがファルステールは彼女の意志など構わず、ヘルメットを脱いで近づく。


「奪わないで! ボクの大切な人のために、ずっと取っておいたの! 誰にも穢されたくなんてない!」

「このままだと死ぬんだぞ! ヴェントも死んじまう!」

「それでもいい! 奪われるくらいなら死んでもいい!」

「ふざけんな! 俺はまだ死ぬ気なんてないんだ!」


 綺麗な歌を紡ぐその口で、喚き散らす。

 澄んだ青い瞳は、涙で歪む。

 彼女の頬を伝う大粒のそれは、ヘルメットの内側を濡らし続ける。

 どれほど大切なものなのか。ファルステールには想像できない。

 だが、とても大切なものだということは分かる。

 分かって(・・・・)しまっていた(・・・・・・)

 なのに、奪わなくてはいけない。


 どうして、こうしなければいけないのか。

 どうして、こんなことになってしまったのか。


 それら全てから、ファルステールは目を瞑る。

 

 望む。


 チェーロは暴れ回って拒絶するが、意志の前に物質の隔たりも、時間の障壁も意味をなくす。

 彼女の胸元の〝魔石〟(オクルタ・ユヴェール)から、複雑な魔法陣が浮かんだ。

 ファルステールとチェーロのどちらが望んだものか分からない、唯一無二の、二人だけの〈魔法少女(マギスティーノ)〉の魔法陣が。


 そして――


 チェーロはまるで、助けを求めるかのように……


 ファルステールはまるで、許しを請うかのように……


 その名を喚んだ。


『〈ノクタラメント〉!』

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